探偵と魔法使いの話

登場人物

 
 
 

・僕

探偵
 
 

・ポム子ちゃん

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助手兼魔法使い
 
 

・《物語》

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依頼者
 
 
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物語には力がある――――探偵から居村美沙季へ
 
 
 
 あるとき《物語》が探偵事務所にやってきて、私の物語の最初の嘘を暴いて欲しいの、と言った。
 我らが私立探偵事務所は、探偵である僕と、助手であり魔法使いのポム子ちゃんの二人によって運営されている。密室殺人事件の解決、迷い猫の捜索から赤毛組合なる謎の団体の調査まで探偵的な悩み事なら何でも請け負う探偵事務所だ。
 さて依頼もなく二人でしりとりをして時間を潰していた昼下がり、ドアがコツンコツンとノックのような音を立て何か公共料金の取り立てか幻聴かと訝しがりながらドアを開けるとそこには、中学生くらいの《物語》が立っていた。そして冒頭の台詞を言ったのだ。
「私の物語の最初の嘘を暴いて欲しいの」
 
 
「さて、」
 《物語》を丁重に事務所のソファにご案内しその対面に座り、ポム子ちゃんにコーヒーを淹れるようお願いして、僕は切り出した。
「改めて正式にご依頼を伺う前に改めて探偵に依頼するということがどういうことかご説明します。触らぬ神に祟り無しとは言いますが、この探偵という奴も関係者にさえしなければ無害な奴です。ですが、ひとたび関係者にしてしまったらもう事件が終わるまで探偵は探偵としての活動をまっとうします。探偵を事件に関わらせるということはいずれかのタイミングで必ず真実が明らかになるという欠点があります。それが依頼者様にとって仮に不都合な内容であっても必ず最終的に探偵というものは真実を明らかにしてしまいますし、真実を明らかにするのに十分な材料が揃うまで事件は終わりません。もしも、孤島で連続殺人事件に巻き込まれていて身を守りたいのであればボディガードを、公開されたら不都合な事情のある事件の調査であるならスパイや秘密工作員をオススメします。その上で探偵に依頼されますか?」
「物語の最初の嘘を暴いてください」
 《物語》はまったく同じトーンで同じ台詞を繰り返す。
「物語を特定して分解して、偽りを白日の下に晒してもう誰一人として騙されないようにしてください。不実の内臓を引きずり出して糞尿まみれのそれを解体して、虚妄は虚妄に、空言は空言と、欺きを欺きとはっきりさせてください」
「オーケー、引き受けました。でしたら詳しくお話を聞かせていただきます。ご安心ください、こちらで聞いた内容を他者に明かすことは一切ありません」
 ポム子ちゃんが《物語》と僕の前にコーヒーを置く。《物語》はそれを息で少し冷まして一口、口に含んだ。
「美味しくない」
 ぼつり、と呟く。僕も確認のためにコーヒーカップを口に運ぶ。確かに、まったくコーヒーの味がしない。どちらかというと泥水の方が近い味わいだ。僕は《物語》の視線がコーヒーカップに向いているのを確認してから不機嫌な顔をつくりポム子ちゃんに向ける。ポム子ちゃんは「やっちゃった」とでも言いたげに舌をぺろりと出した。
「詳しい話を聞くまでは確定できませんが、最初にざっと依頼料の話をしましょう。料金は着手金、成功報酬、必要経費の三種類のお金がかかります。着手金は成功してもしなくてもいただくお金で、こちらを頂いた段階で正式に依頼を受けたことになります。続いて必要経費、こちらは調査に関わる経費ですね、例えば電車代、バス代、駐車場代やガソリン代などの移動費。あるいは尾行する際に飲食店などの利用すればその料金や、宿泊した場合は宿泊費なども入ります。続いて、成功報酬は成功した場合のみいただくお金で、着手金と同額ですね。詳しい話を聞くまではちょっと確定できませんが10万円から20万円程度頂きます。さて、ここまでよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
 
 
 
 灰色戦士の革命キャンプで、リンチを受け死亡した居村美沙季について書いてみたい。
 そう思ったのは彼女の自宅から彼女の描いた絵本が見つかったというニュースを読んだからだ。それらは水性絵の具でスケッチブックに描かれたもので、いかにも児童向けといった絵柄のものだ。内容も魔法使いの女の子が太陽を隠してしまった魔女のもとへ旅立つという他愛ない内容であったと報道されていた。最初、これらのものと彼女の革命の戦士の顔の印象の差異に困惑した。しかし、彼女が死ななければいけなかった理由は実はこの差異にこそあったのではないか、と思い至った。
 さて、おさらいではあるが居村美沙季の事件について触れておきたい。六月十二日、訓練が終わり雑談の中、灰色戦士により厳しく居村美沙季が批判されるという出来事が起こり(いわゆる居村批判)、その翌日彼女は「反省」を求める思想上の同志によってリンチを受け死亡した。
 このことに関して「文藝曖昧」の記事の中で灰色戦士と居村の対立を「劇団と守護者の対立であり、忘却ゲリラ路線と活版印刷革命主義路線の対立である」と書いている。こうした政治路線の対立であるという見方がおそらく多く、僕自身つい最近までそう思っていた。しかしながら、今はこうした対立とは別の次元で居村美沙季は灰色戦士を脅かす存在であり、そのため灰色戦士は自らを守るために彼女をリンチしなければならなかったのではないか、そう考えている。

 
 
 
 
「コーヒ-は探偵的な飲み物なんだからそれくらいちゃんと淹れてくれないと困るよ、ポム子ちゃん」
「ごめんなさい」
 ポム子ちゃんはしゅんと小さくなる。あの後、《物語》から詳しい話を聞いて、依頼は受けることになった。結局話を聞いている間、一口しか飲まなかったコーヒーを飲む。本当に、不味い。
「私はもちろん頑張る、努力する。でも、開き直るわけじゃないけじゃないけど、認識しておいて欲しい。魔法使いに魔法以外のことを頼むっていうのはそういうことだって。魔法は何もできない人のための力だから、魔法使いは魔法以外何もできない」
「そうだったな……」
 そう、ポム子ちゃんは凄腕の魔法使いで、だからこそ魔法以外のことはほとんどできない。朝は目覚まし時計を止めて二度寝しちゃうし、そのくせ目覚まし時計が鳴らなかったと主張するし、目玉焼きを作ろうとしたらフライパンに卵を落とすときに黄身を割っちゃうし、歯磨きをすればパジャマの襟を歯磨き粉でべたべたにするし、そのパジャマはボタンを一つ掛け違えてたりする。これが全部今日の朝の出来事だ。
 彼女のいっていることは正論だ。僕は彼女を事務や"ただの助手"や"魔法使いの助手"ではなく、"凄腕の魔法使いの助手"として雇っている以上はある程度、彼女が魔法以外何もできないということを受け入れなくてはいけない。そろそろ冷めてきたのでコーヒーを一気に飲み干す。泥水の味がするけど、これだって凄腕の魔法使いを雇うというのはそういうことだ。
「そうだね、うん。怒ってないよ。これから僕がコーヒーを淹れるからよく見てて。少しずつ覚えていこう」
「うん!」
 ポム子ちゃんに手順が分かりやすいようにゆっくりとコーヒーを淹れながら、この依頼をどうしようかと考える。まずは《物語》を特定しなければいけない。
「2週間後の中間報告までに、なんとかそれっぽい報告を上げられるようにしなきゃね」
「しなきゃねー」
 ポム子ちゃんが僕の台詞の後ろを真似る。
「2週間で暴けるとは思わないけど、"こいつ大丈夫か?"なんて思われたら打ち切られちゃうし、成功報酬だって手に入らない」
「入らないもんねー」
「最終的にある程度あたりをつけたら国会図書館にでも籠もって総当たりを覚悟しなきゃなんだろうけど、そのある程度あたりをつける、って手段をどうしたものか……」
「どうしたものかねー」
「ふーむ……」
「ふーむ」
 僕の真似をしてしかめっ面を作って悩む素振りをしているポム子ちゃんを横目で見る。うん、多分何とかなる。
「まあ、王道なのを片っ端からやっていこうか。コーヒーを淹れたらさっそく作戦会議だ!」
「作戦会議だ!」
「やるぞ、おー!」
「おー!」
 
 
「えー、じゃあまずは張り紙で懸賞金つけて情報提供を求める」
「鉄板だね」
 作戦会議で出した案をホワイトボードに箇条書きにしている。本来、今後の予定を書くためのホワイトボードだけど、2週間後の中間報告とあとはせいぜい公共料金やテナント家賃の支払い期限くらいしか予定がないためメモ代わりに使っている。
「これから《物語》から聞いた情報をまとめてコピーしまくるからできたら貼りに行こうか。僕は街の西側に貼っていくから、ポム子ちゃんは東側をお願いね」
「東……ってどっちだっけ」
「えーと……僕は大和書店の方向に貼っていくから、ポム子ちゃんはラーメン竜藤のほうお願いね」
「わかった」
「今回はいつもの猫とか犬とかとは違って、物語相手だからね、文化レベルが高そうな場所を狙って貼っていこう」
「なんとなく言っていることはわかるけど、なんとなくしかわからない」
「んー、住宅街とか、高校とか大学とか、書店とか図書館とか?コピーしている間にこのへんに貼って、っていう場所をマークした地図を作るね」
「うんうん」
 街のどのあたりに貼るべきか、いくつか候補をピックアップする。流石に物語の嘘を暴くなんて依頼は初めてなので、まだ自分の中にパターンができていない。
「その後、僕は知り合いの図書館の司書さんとか、書店の店長さんとか、あとは出版関係者の人に話を聞いたりアドバイスをもらったりしてくる。もしかしたら何か上手いやり方を彼らなら思い付くかもしれない」
「その間に私はタロットとダウジングを行う」
「うん、その間の電話番もお願いね。夜になったら成果を伝えあってもう一回作戦会議、っていうのが今日の予定だ。ここまで何か質問は?」
「ん、大丈夫。ただ――――」
 ポム子ちゃんはそこで目を伏せて言葉を止める。何か言いづらいことがあるのだろう。ポム子ちゃんが言いやすいように意識的に笑顔を作る。
「うん、なに?」
 しばらくポム子ちゃんは逡巡して、そして僕の目を見返して言った。
「多分、まだ魔法は有益なヒントをもたらさないと思う。まだ、私たちは己の無力さを痛感してない、絶望してない、やれることがたくさんある。だから魔法じゃ何も変えられない、と思う」
「うん、大丈夫。わかってる」
 そう、現実的な手続きで達成できることに対して魔法は効力を発揮しない、それも魔法のルールの一つだ。魔法は知恵もなく、経済力もなく、コネもなく、どうしようもなく追い詰められた人のための力だ。まだ、この《物語》の嘘を暴くという依頼について僕たちにはいくらでもやれることが残っている、だからまだ魔法の出番ではない。
 さて、なんといえば誤解させずに、彼女を傷つけることなく説明できるだろうかと僕は悩む。確かにまだ魔法の出番じゃないし、彼女の魔法に何か期待しているわけじゃない、でもだからって彼女が無力ってことじゃ決してない。出番じゃないっていうのは単に出番じゃないって意味だ。
「そんなこと言ったら張り紙だって誰も電話しないかもしれない、知り合いにあたるのだって全然無駄かも知れない。でもそれが探偵的手続きって奴なんだ。"やらないよりかは多少マシ"を積み上げて積み上げて、ああこれは無駄だった、この記述は事件の真相とは関係ない、ちょっと冗長に感じるこの文章はきっと筆が踊っただけなんだろう、そういうところから伏線を読み取ってそれで最後に真実にたどり着くのが探偵って奴なんだよ。だから今は一つ一つできることをやっていこう」
「……うん、わかった。がんばる」
 それは探偵のやり方であって、魔法使いのやりかたではない。魔法使いだったら、自分の無力さに泣いていたらあるとき魔法がどうにかしてくれる、それが魔法使いのやり方だ。でも、僕は探偵だから探偵のやり方しかできない。魔法使いの彼女に探偵のやり方をやらせるのは正しいのだろうか、と思うこともある。でも結局、僕は探偵でポム子ちゃんは魔法使いで、二人で生きるならどっちかのやり方に合せるしかないんだ。
「ねえ、ポム子ちゃん」
「なに?」
 聞き返されて、僕は彼女に聞けることなんてないことに気付いた。僕の隣にいて苦痛じゃないか。僕のところにきたことを後悔してないのか。ずっと僕の隣にいてくれるのか。そんなこと、聞けるわけがない。
「頑張ろうね、まずは張り紙の作成からだ」
 結局、僕の言った言葉それだった。
 
 
 
 さて、居村美沙季の殺された夕方歴50年代という時代は「思想」や「政治」を含むあらゆるものの感受のされ方が変わっていく最中であった。
 夕方歴40年代は「生産」の時代でありモノの価値とはすなわち「如何に役に立つか」に基づいていた。冷蔵庫は冷やすためのものであり、車は走るためのものであり、その役割を果たせることがモノの価値であった。しかしながら、50年代においてモノが溢れるようになると消費のために生産がされるようになる。次から次へと新商品が開発され、古いものは消費されるようになった。そうなったとき、モノの価値は「如何に役に立つか」ではなく「どのような物語の中にあるか」という価値へと比重を移す。例えば、何に由来するするのか、どのような思想によって作られたのか、話題性に富んでいるか、持っていることで人々の中心に立てるか、などである。
 このようなモノが物語として消費される時代の中で、自己表現の手段もまた「思想」から「消費」へと変わっていく。「思想」や「政治」が依然として自己表現に使われることは同じであるが、そこにすでに特権性はない。思想や政治は、ファッションや音楽と同じ次元のものであり、違いは物語の違いだけということになる。
 とすれば灰色戦士達が何故、居村美沙季を殺さなければいけなかったのかが見えてくる。後述するが、彼らは思想というものの特権性を守るために、あらゆるものを物語として消費する居村美沙季の感受性を殺さなければいけなかったのだ。
 

 
 
 
「うん、中間報告にはいい報告ができそうだ」
 依頼を受けた日の夜、僕は予想外に依頼が上手く言っていることに興奮が隠せなかった。自分を落ち着かせるために、ポム子ちゃんの淹れたコーヒーを一口すする。コーヒーは淹れ方をもう一度説明した甲斐があって泥水よりもコーヒーに近い味わいになっている。もう何回か練習すればそのうち完全にコーヒーになるだろう。
「何もかも上手く行きそう?」
 ポム子ちゃんが尋ねる。
「そうだね。今日何人かこういう方面に強そうな人に聞いたんだけどなんかイメージより簡単にいけそう。お金持ってそうだからいいけど、ちょっと依頼料ふっかけすぎたかも」
「そっか、じゃあまた魔法の出番はなさそうだね」
「ポム子ちゃん?」
 さっきまで上手くいっている興奮で気付いてなかったけど、ポム子ちゃんの様子がおかしい。視線は下を向いているし、声にも元気がない。
「うんまあ、今回はそうだね。魔法に頼らなくても上手くやれそうだ」
「前回も前々回もそうだったよね」
「うんまあ、そうだったかも」
 なにかとても不味いことが進行しているような、あるいはとっくの昔に不味いことが進行し終わったような、そんなチリチリとした焦燥感が胸にわき上がる。
「じゃあもう、魔法も魔法使いもいらないよね?」
「そんなことない」
 その言葉は考えるよりも先に口から出てきた。
「そんなことないよ、ポム子ちゃん」
「そんなことはないのはそっち。魔法は何も出来ない人の力、何もかも自分で出来てしまう人の物語には魔法は必要ない。多分、探偵には魔法使いは必要ない」
「そんなことない。そんなことないんだ。どうしてそんなことを急に言うのさポム子ちゃん、これまでずっと二人で上手くやってきたじゃないか」
「急にじゃない、ずっと考えてた。魔法使いは強い人には必要ないって、魔法使いに先なんてないって、ずっと考えてた」
 ポム子ちゃんを納得させる言葉を探す。
「そんなことを言ったら探偵だって魔法と一緒さ。なんで僕たちが探偵なんかに憧れたかわかる?僕たちだってなにも持ってなかったから探偵なんかに憧れたんだよ。勉強もできなくて、運動だってできなくて、とびきり好かれてるわけでも尊敬されてるわけでもなくて、何かすごい人間になれる根拠なんてポケットをひっくり返したって何一つなくて、でも自分はすごいっていう幻想だけあってだから探偵なんだよ。頭の良さを計るテストなんてどこにもないから自分が頭いいって信じ込んで、だから変人でも運動ができなくても頭がいいってだけで事件を解決する探偵に憧れたんだよ。魔法が夢物語なら、探偵だって夢物語なんだよ」
「あなたは優しいね。でも強い――――あなたの様に強い人が、どうしてそんなに優しくなれるの?」
 その質問をぶつけられたなら、探偵はこう答えなければいけない。
「タフじゃなかったら生きていられない。優しくなかったら生きている資格がない」
「うん、だから魔法使いは生きていけない。生きていくには魔法使いは弱すぎる」
「探偵だって弱い。探偵だって夢物語だ」
「ううん。あなたはもう夢物語の中を生きていない。現実を知って強くなった。探偵の物語には先がある。あの時思っていたものと違っても、夢見たものがそこには何一つ残ってなくても、頭のよさで何かになるという物語には先がある。でも、魔法使いはダメ人間でい続けたくなかったらいつか捨てなきゃいけない」
「違う、違うんだよ。探偵だっていつか捨てられる物語なんだ、何も変わらない」
 違うのは僕だ。探偵という物語だって魔法使いと同じくらい夢物語だなんていう言葉にはなんの意味もない。問題なのは彼女が魔法使いの物語をもう信じられないことだ、魔法使いは役に立たなくて必要とされなくて、だから魔法使いは誰かといられないとそう考えていることだ。落ち着こう、探偵らしくクレバーに解決しよう。
「役に立つ必要なんてないんだ。誰かの役になんか立たなくたって愛されることはできるんだ。僕の隣にいて欲しいんだ。そうだ、だったら二人で探偵になろう。二人でタフさと頭のよさで世界を変えていくんだ。きっとそれはすごく楽しい。そうだ、そうしよう」
「そんなの信じられない。今のまま愛されるなんて物語、嘘っぽい」
「信じられなくてもいいんだ。魔法使いは信じることが力かもしれない、信じるものしか選べないかもしれない。でも、信じれないものを選ぶことだって本当はできるんだ。現実の限られた選択肢の中から一番マシかなってものを、信じないまま、妥協して信じるふりをして選ぶことだってできるんだ。そうやって色々な疑いながら妥協して生きていこう。みんなそうやって生きてるんだよ」
「ごめんなさい。私……信じられないよ」
 
 
 
 居村美沙季が描いたという絵本、「魔法使いポム子ちゃんの冒険」は非常にオーソドックス、という言い方が正しいかどうかはわからないが非常に「それっぽい」ものだ。魔法使いのポム子ちゃんは、太陽を隠してしまった魔女から太陽を取り戻すために夜の世界を冒険し、その過程で起こる様々な問題を魔法で解決する。そこに見えるのは白馬の王子様に象徴されるような「夢見がちな少女」の物語であり、革命とはかけ離れている。
 もしも、居村美沙季がこの「夢見がちな少女」を表現しようとするのであれば、それは革命思想によってではなく夕方歴50年に開花する消費社会的なものによってであり、それこそが「ポム子ちゃん」が生きる可能性として開かれた唯一のものであったように思うのだ。この絵本から読み取れるのは、自分の中の物語を表現する言葉を持たない「夢見がちな少女」があるとき革命思想に出会ってしまった悲劇性である。
 

 
 
 
 ニュースキャスターが居村美沙季が死んだという原稿を読んでいるのを聞いて、僕はラジオの電源を落とした。ポム子ちゃんの出て行った寂しさを忘れるためにつけていただけで別にニュースが聞きたかったわけでは全然ない。
 ポム子ちゃんが魔法使いはいらないと言った次の日の朝、ポム子ちゃんは事務所から姿を消した。黄身を崩さずに目玉焼きをつくることさえできない彼女がちゃんと生きていけているのか僕は不安だけど、それから今まで彼女は帰ってきていない。
 居村美沙季は僕の知り合いの女の子だ。彼女は中学校に行かずよく僕の所に遊びに来ていた。彼女が中学校に行かない理由は聞かなかったけど、彼女がつらく苦しいものから逃げていたことだけはなんとなくわかった。僕だってそんな暇じゃなかったからいつも相手をしてあげられていたわけじゃない、だから僕が子供の頃に読んだ大量の本を発掘して彼女が暇なときいつでも読めるように置いておいた。僕は探偵物語に憧れて探偵になったから、だから彼女に気軽に簡単な気持ちでこう言ったんだ。
「物語には力がある」
 そんな彼女が事務所で描いたのが「魔法使いポム子ちゃんの冒険」だ。
 もしも、「魔法使いポム子ちゃんの冒険」に最初の嘘と呼ぶべき嘘があるのなら、それはあの日僕が言った「物語には力がある」だなんていう無責任な言葉なんだろう。
 
 
 2週間後に中間報告を受けにやってくるはずの《物語》は約束の日に姿を現さなかった。こちらから連絡を取ることもできず、もう会うことはないんだろうな、と僕の探偵的な勘はそういっている。
 さて、――――とはいえ探偵だから物語の最後には真相にたどり着くことができる。
 まだあの依頼の真相が僕にはわかっていないが、いくつかの推理はある。それを順番に探偵的手法で確認していけば明らかにすることができるだろう。
 例えば、あの《物語》はかつて居村美沙季が描いた「魔法少女ポム子ちゃんの冒険」で、忘れ去られようとしている《物語》の復讐だったかもしれない。居村美沙季は新しい物語に出会い、もう「魔法少女ポム子ちゃんの冒険」を必要としていなかった。かつてアレだけ一緒に冒険して、ワクワクを共有した居村美沙季が「魔法少女ポム子ちゃんの冒険」を忘れようとしていることが許せず、だからまだ彼女が憶えているうちにグロテスクに思い出をぶち壊そうと《物語》は画策した。これがあの依頼の真相、とか。
 あるいはあるいは、復讐なんてつらいお話じゃ全然なくて、忘れさられようとしている《物語》の救助信号だったのかもしれない。助けを求めたかったけど、その方法が分からなくてあんな風になってしまったというのも全然あり得る。
 いやだったらこんなのはどうだろう、《物語》は居村美沙季を救おうとしていた。彼女が革命という新しい物語に傾倒していることに危機感を覚えた《物語》は例え自分自身が解体され無力になろうとも、「物語には力なんてない」ということにしたかった。そうやって革命という物語に傾倒している居村美沙季をどうしても止めたかった。お、これはなかなかいいぞ、感動的だ。
 他には《物語》のS.O.S.だったという説があるのなら、あの《物語》の正体はポム子ちゃんで、ポム子ちゃんの助けを求める悲鳴だった、なんていうのも全然あり得る。
 あるいは《物語》の正体が《物語》ではなかったというのがありなら、あの《物語》は《思想》だったなんていう展開はなかなか意外性があっていいかもしれない。あれは《思想》が《物語》を無力化するための罠だったのだ。「物語には力がある」という嘘を暴かれた《物語》は力を失い、《思想》は特権的な立場であり続けられる。
 
 
 まあ、真相はおそらくそんなところだろう。それを確かめようとすれば確かめられるだろうけど、僕はポム子ちゃんのいなくなった事務所のソファで横になっているだけだ。
 真相なんて確かめて、関係者を集めてその前で探偵が披露して、そうして物語を終わらせて、そんなことになんの意味があるんだ。あるいは真相が明らかになればこの物語のテーマがはっきりとしてなにかメッセージや教訓が得られるかもしれない。馬鹿馬鹿しい。
 今さら、探偵が活躍する物語でなにを伝えようっていうんだ。探偵だとか魔法使いだとかそんなものに憧れる時期はとっくの昔に終わったんだ。今さら探偵が喋ることなんてなにもない。
 だからこの物語は下の一文で終わる。それ以外に言うべきことなんてなにもない。
 
 
 ただ僕の胸にはもう戻れない日々に対する、懐かしさと寂寥感だけが残っていた。
 
 
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 四月馬鹿達の宴というフリーゲームをプレイしたのでその記念に書きました。

リレー小説 第五章

あまりのキラーパスに思いっきり私のところで止めてしまった。
えーと、思い付いたイベント全部ぶち込むには多分、これの倍くらいのテキスト量が必要な気がするんだけどあんまり長くなるのもあれだしね?


http://semimixer.hatenablog.com/entries/2014/04/12 第1話

http://hsimyu.hatenablog.jp/entry/2014/04/13/075609 第2話

http://flyingmoomin.hatenablog.com/entry/2014/04/22/020831 第3話

http://burger.hatenablog.com/entries/2014/05/13 第4話

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■回想
 エイプリルスノウは雨が嫌いだ。
 雨のにおいを嗅ぐと夢の始まりと、夢の終わり、その2つが同時にあったあの日のことを思い出す。そして――――
(あー、もっと嫌いになりそう)
 窓の外を見ると空は灰色で、窓には水滴がついている。雨が降っているのを直接確認はできないが、朝見た天気予報を信じるのならばここにやってきたときと同様今も降り続けているだろう。明け方まで降り続ける予定だそうだ。
 現実逃避はやめて、もう一度目の前の書類に注意を戻す。もちろん、そこに書いてある文字は変わったりしない。
「注意/集中能力、レベルD……レベルDって、日常生活はまあ送れる、自動車の運転はやめろってくらいだっけ?」
「別に禁止はされていないよ。運転する前はよく眠って、心配事等がないときになるべく乗りなさい、ってくらいだ」
 エイプリルスノウが退職したのは1ヶ月前で、再就職支援制度に従って職業訓練学校に来ていた。エイプリルスノウが0歳1ヶ月から1歳8ヶ月まで通った母校だ。人工知性体の多くは生まれてから数ヶ月以内に職業訓練学校に通い、2年から3年ほどかけて卒業していく。
 エイプリルスノウは平均28ヶ月はかかる職業訓練過程を19ヶ月で卒業して、その後人工知性体開発の専門課程に進んだ。スターウォッチは水嶋の家から家政婦をしながら通っていたため結局42ヶ月かかった。
 クオリア乱数生成世代が問題を起こしたような例も少なく、むしろ機械の憂鬱のない安定した世代になるはずだと期待されていたのもあるが、卒業訓練学校を卒業した4年前は非常に高い成績でどのような職種であれ望めば引く手数多だったのだが。
「今回はある程度どこででも働けますよ、っていう認定が欲しくて来たんだけどね。レベルD評価1つでも取っちゃうと、再就職は厳しいよね」
 自分の能力が減っているのは感じていたがまさかレベルD《欠陥認定》をうけるとは思っていなかった。
 乱数生成世代は一定以上の年齢で精神的均衡を失うことが多い、とは知識として知っていた。自分だって一定確率でそうなることだってもちろん知っていた。知っていたが、心のどこかで自分には関係ないと思っていたのは事実だ。
 学校を卒業したとき持っていた天狗の鼻は、その後専門課程で水嶋にへし折られ、クオリア生成に関わらないことを決めた。それでも客観的にみて、自分は優秀な人工知性体で、世間の中で重要な役割を果たして人の役に立ちながら生きていけるのだと信じていたのだが、その天狗の鼻すらもう折らなければいけないらしい。
「そんなことないよ、能力評価なんていうのは目安に過ぎない。こんなものじゃ能力は測れないよ」
 はいはい先生は立場上そう言わなきゃいけないんでしょ、という言葉は口にしないで飲み込む。それは八つ当たりだ。
 目の前の人間の表情から同情と憐憫を見つけて羞恥心と罪悪感が沸き上がる。先生だって4年前は自分に期待していたはずだ、それがこんなことになってしまって本当に申し訳ない。
 涙が出そうになったがぐっとこらえる。自分はもはや役立たずなのだ。ここで気を使わせるようなことになってはいけない。役立たずは役立たずなりに迷惑をかけないように生きないといけない。
「わかりました。まあ、今の自分にあった職業を探します。また来ます」
 自分の声が沈んでないか、無理しているのがばれないか、それだけ考えて声を絞り出す。
「そうしなさい。大丈夫、今のご時世無理して働くことはない。ゆっくりと考えなさい」
 そうやって義務を果たさず福祉だけ貪るような真似をして生きていっていいわけがない、その言葉も飲み込む。
 人工知性体達が福祉を充実させて、働かなくても生きていけるような社会を作ったのは人類のためだ、自分みたいな役に立たない機械を生かしておくためではない。それをお優しい人類達は人工知性体達もその恩恵を受けられるようにした、してしまった。――――駄目だ。思考が悪い方向に進んでいる。とにかく涙が出る前にここを立ち去らなくてはいけない。
「わかりました。ありがとうございます。それでは私はここで」
「ああ、そうだ。ASM81君がいただろう、君がここの学生だった頃仲のよかった。彼は今ここで働いていてね」
 その言葉を聞いて恐怖が胸の奥から沸き上がる。ASM81は自分と同じ時期に職業訓練学校にいた人工知性体の友人だ。ASM81も成績が上位であり、どこか競争心を自分に持っているのを感じていた。彼に今の自分を見られたくない。
 先生が机の上に置いてあった紙袋をかかげる。
「彼からプレゼントとメッセージを預かっている。"誕生日おめでとう"だそうだ。なんでか伝言という形を取ったが会っていくといい」
「ああ、そういえば私が製造されたの今日でしたっけ」
 そういえばそうだった気がする。完全に忘れていた。
「ASM81も私のテスト結果を知っているんですね」
 なんでそれを、と言うように驚きの表情を浮かべるのを見てエイプリルスノウは自分の予想があたっていたことを知る。ASM81がわざわざ伝言という形を取ったのは今の自分が彼に会いたくないことを察してのことだろう、あるいは落ちぶれた私なんかには会いたくない、ということかもしれない。
「ありがとうございます。また今度、会いに来ますね。よろしく伝えておいてください」
 なるべくひったくるようにならないように注意して、それでもここには1秒だって居たくないので速やかにプレゼントの小包を受け取り立ち上がる。
「それじゃあ、私このあと用事あるので失礼しますね」
 駆け足でその場を立ち去る。
 
 
 
 
 エイプリルスノウは雨の中、傘をさして自宅に向かって歩いていた。
(雨の日は嫌いだ。雨の日は嫌いだ。雨の日は嫌いだ)
 胸の中で繰り返す。もはや言葉の意味は自分でもわかなくなってきているが、それでも繰り返す。
(雨の日は嫌いだ。雨の日は嫌いだ。雨の日は嫌いだ。雨の日は嫌いだ)
 雨の日が嫌いになったときのことを思い出す。人工知性体開発に興味があった自分は、職業訓練学校を卒業した後、人工知性体に関係ある職業につくために研究所でさらに勉強を続けた。水嶋と出会ったのはそこでだ、当時は水嶋ももっとやる気があった。
 そしてあの雨の日、水嶋の作ったクオリアを見てその美しさに胸を打たれて――――エイプリルスノウは自分もこんな美しいものを作りたいと初めて夢を持った。そしてそれと同時に自分はどんなに頑張ってもこんなものを作れないだろうと絶望した。教授が自分の技術を与える人間がようやく出てきたと安心して笑っていたのを知っている。水嶋はバトンを託された、自分でなく。
 人間にしか自然なクオリアは作れないという新時代神秘主義は今でも否定している。十分なサンプルがないままイメージでそんなことを言って、人工知性体が作ったクオリアを持つ人工知性体をどこか憐憫を籠めて見る連中のことを考えると怒りが湧いてくる。それでも自分にはできないとわかってしまった、思い知ってしまった。
 それでも、あんな美しいクオリアを持つ人工知性体の誕生に関わりたいそんな憧れだけは自分の胸にまだ残っている。だから、水嶋がクオリアを生成したのならそのまま人工知性体を作れるように人工知性体生成法の勉強から身体注文資格取得までなんでもやった。あの時はまさかこんなにやる気をなくしてしまうとは思ってなかった。
(雨の日は嫌いだ。雨の日は―――)
 唐突に馬鹿らしくなって胸の中で唱えるのをやめる。
(そういえば誕生日プレゼントってなんだったんだろう)
 傘を首と肩で挟むように固定して、プレゼントの小包の中を見てみる。
(これは……銃?)
 ワイヤーで針を飛ばすタイプのスタンガンだ。
 ガス圧によってワイヤーで繋がれた針を飛ばして、内部電源回路で発生させた高電圧によって相手の神経網を刺激して行動不能にさせる護身道具だ。耳の穴に向けて撃つことで人工生命体の脳を焼き殺せることが知られている。
「あは、あはは」
 思わず、口から笑いが漏れる。なんでこんなものを私のかは分かっている。友情だ。ASM81は友情でこれをプレゼントしてくれた。卒業以降会っていないが、今でも彼は私の友達で、とてもいい理解者だ。私は最高の友達を持った。最高の理解者だと思えなければこんなプレゼントできるわけがない。
 人工知性体を破棄する制度は存在していない。犯罪を犯したり、あるいは危険だとわかれば幽閉されるが、破壊されることはない。どんなに役立たずでも制度上どうすることもできない。働かなくても手厚い福祉によって生かされる。
 だから―――自分で死ねというのだろう。私が誰にも迷惑をかけずに、私が死にたいと思うだろうことを見越して、自殺の道具をくれたのだ。これが私に必要だと思って、気を使ってプレゼントしてくれたのだ。これで死ねば身体をリサイクルできる、もちろん電車や車に飛び込むような迷惑はかけない。プライドを持ったまま、せめてマイナスの存在になる前に死ねる。
「私の友達でいてくれてありがとう」
 お礼の言葉が口から出てくる。自分は役立たずで夢を叶えることができず死んでいくが、それでも自分には最高の理解者がいた。その事実だけは僥倖だ。
 どうやったら、誰にも迷惑をかけず、この身体を速やかにリサイクルに回して死ねるか、それを考えながら家路を急いだ。
 
 
 
 
 エイプリルスノウが住んでいる集合住宅に着くと、受け取りボックスに荷物が届いているのに気付いた。
 受取人を確認すると水嶋拓郎と星を見る者《スター・ウォッチ》の名前が書いてある。
 部屋に戻ってから開けてみると"誕生日おめでとう 水嶋&スターウォッチ"と書かれたメッセージ・カードと"ELYZE PRESIDENT"と書かれた青い缶が入っている。どうやら珈琲豆らしい。
(えっ……?なんで珈琲豆?えっ?えっ?)
 一度でも水嶋かスターウォッチに珈琲が好きとか言ったことあっただろうか。いや、ないはずだ。別に嫌いではないが、好きではない。どちらかというと紅茶党だ。そもそも珈琲豆を貰っても焙煎する道具がないから困る。
 端末を出してチャット・システムを立ち上げる。
《ちょっと》
 それだけ書き込む。あの二人はこれでわかるはずだ。
《あれ、エイプリルスノウさん。お仕事は休憩中ですか?》
 そういえば、仕事を辞めたことを二人には言っていなかった。その話はいずれするつもりだが今はしたくないのでとりあえず受け取ったプレゼントの話をする。
《誕生日プレゼントとメッセージカードありがとう》
《あ、エイプリルスノウさん誕生日おめでとうございます》
《誕生日おめでとう》
 水嶋とスターウォッチの発言が並んで表示される。スターウォッチが急に現れたのは、二人で家にいるところにエイプリルスノウが書き込んだからなんとなく代表で水嶋が質問してた、ということなのだろう。二人で話ながら端末を覗き込んでいる姿を想像して少し微笑ましくなる。
《で、なんで珈琲豆なの?私、焙煎機持ってないんだけど》
 書き込む。
 中々、返事が返ってこない。今頃、二人でなんでそんなことになったのか話し合っているのだろう。
 嘆息する。しょうがないから、助け船を出す。
《まあ、私のプレゼントどうしようか話してて、水嶋が冗談交じりで案を出して、そこでスターウォッチは水嶋のいうこと否定しないから「いい意見だね」とか乗っかってそのままテンションが上がって勢いに任せてネット通販で注文してしまったところまではわかるんだけど》
《えぇ、ひどいよ。私だって間違ってたらちゃんと訂正するよ?》
 スターウォッチが書き込む。無視する。
《そこまではわかってるんだけど、どうして珈琲豆になってしまったわけ?》
《えー、まずはエイプリルスノウさんが何を貰ったら喜ぶのわかんなくて》
《そうそう、それでなにを受け取ったら嬉しがるかなー、って話になったんだよね》
《それで、エイプリルスノウがどんな生活を普段送っているの想像しようということになったんだけど。なんかいくつもの新聞取ってそうって話になったんだよね》
《新聞を読みながら珈琲飲んでそうってことになってー》
《そうそうそうそう。そのイメージだ。それで珈琲豆にしようってことになったんだよね》
《拓郎さんは珈琲じゃなくて紅茶のパターンも考えてたんだよ?スコーンを食べながら紅茶を飲んでるパターン。そっちのエイプリルスノウさんだと珈琲のことは泥水って呼んでたよね》
《あー、そっちのパターンだったかー。50%外したね》
《でも優雅というよりタフっていうイメージだからってことで珈琲の方を採用したんだよねー。こう、エイプリルスノウさんはコート着て珈琲飲んでるハードボイルド、って感じのほうが似合ってる》
 鈍痛を起こしたような気がして頭をかかえる。
 嘆息をついて二人宛の文章をタイピングする。
《とりあえず、私仕事辞めたんで馬鹿二人はそのうち遊びに来なさい。それまでに珈琲、ちゃんと淹れられるようにしておくから》
 死ぬのは延期だ。まずは、珈琲を淹れられるようにならないといけない。貰った豆は高そうだから練習用の豆も買ってこよう。
 ASM81に二人を紹介してもいいかもしれない、もし私のことを心配しているようなら少しは安心するだろう。ああ、エイプリルスノウにはこんな友達がいるんだな、って。
「まずは……いつ来てもいいように掃除かな」
 
 
■ベルトの戦士:1
 
「ああ、やってやるさ……」
 水嶋の手からベルトとカードを受け取り、ベルトを腰に巻く。

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「いいか、変身ってレバーを入れて、こう。わかったか?」
 身振り手振りでベルトの使い方を水嶋が説明する。
 正直なところ、エイプリルスノウはまったく事情を理解していないといっていい。いや、事情はなんとなく聞いた気がする、聞いた気がするが脳がそれを理解することを拒否している。
 死ぬかもしれない――――と水嶋は言った。
 知ったことか――――とエイプリルスノウは思う。
 目の前に死にそうな人類がいて、自分が、自分程度がリスクを負うことでそれを守ることが出来るのなら何度聞かれたってやってやるさと答えただろう。何故ならば――――
「無職だしな!」

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 もうどうにでもなれ。正直そう思いながら受け取ったカードを前に突き出す。
「変身!!!」
 ベルトのバックル部分にカードをセットして、バックルの両側についているサイドハンドルを内側に押し込む。

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「このあたりまでしか聞いてないけど、水嶋。カードを入れたらどうなるわけ……?」
 エイプリルスノウの全身に紅紫色に輝く模様が浮かんだ。それらが一瞬にして身体を覆い尽くした次の瞬間――――弾けるようにして装甲へと姿を変えた。
「本当に変身したよ……いや、これ変身っていうか装着っていうんだと思うけど……」
「さあ!いけ!魔法少女エイプリルスノウ!地球の平和は君の両肩にかかっている!」
「おーう……」
 水嶋の勢いについて行けなかったものの、控えめに握り拳を振り上げて応える。
 次から次へと起こる理解しがたい出来事、勢いがあるところが腹が立つ水嶋、頭がついていかない。まるで現実感が持てない。それでも、今外で襲われている人間がいることとスターウォッチが誘拐されたことだけは事実だ。
(集中力のない自分だ、シンプルに考えよう。人間は守る、敵は倒す、スターウォッチは取り戻す、その3つだ。それだけ考えろ)
 自分に言い聞かせる。
「行ってくる、水嶋。絶対スターウォッチは取り戻すから。水族館の続きは三人で見て回ろう」
「その変身ベルトはみみみ星の技術だけじゃない、地球の技術との融合だ。負けはしない。行ってこい」
 
 
 
 水族館の外に飛び出すと街を多数の巨人―――ハングリーバーガーというらしい―――が大暴れしている。

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 胸の中に怒りと悲しみが湧いてくる。為す術なく混乱の中、死んでいった人たちのことを考えると悲しくなってくる。
「治安維持局の多脚戦車<クモ>はなにやってんの。市街地で高速で現場に辿り着けるのが売りじゃなかったの。市民からの反対を振り切って購入しておいてこれは流石に批判されてもしょうがないんじゃない」
 市街地を走りながらぼやく。5メートルほどの巨人が人型掴み、食べようとしている。この距離では人類か人工知性体かわからない。ジャンプして手首を蹴りあげ、手首から先を切り落とす。
「とりあえず建物の中に!早く!」
 咄嗟の行動だった、ハングリーバーガーはタンパク質で構成されていて関節の継ぎ目を狙えば切断できることも、自分がそれだけの力を持っていることも、当たり前に知識として活用していた。ベルトに収納されているデータと脳が繋げられているのだろう。
 ハングリーバーガーは、何が起こったのかわからない、とでもいうように先がなくなった手首を見ている。
 腹のあたりを突き破ってやればおそらく行動停止にできると思うが、ハングリーバーガーが人間を食べることを考えると腹の中には生きている人間が入っているかもしれない。そうなると腹を突き破るのはなしだ。そうなると口の中に人がいないのを確かめた後、頭を潰すのがおそらく最善手だが、一体潰すのに時間をかけた結果としてもっと多くの人が殺されるかもしれない。頭は高い位置にあるため潰すのに時間がかかる。一体一体とまともに戦っている時間はない。足だけ折って行動力をなくした後、近くの人を避難させるのが一番早く無力化できると思う。とどめをさすのは治安維持局に任せたっていい。でも腹の中で生きている人間が助け出せるかもしれない。早く助けないと手遅れになるかもしれない。目の前の人を助けたい。でも、目の前の人を時間をかけて助けるっていうのは遠くの人を見捨てるって意味だ。誰を助ければいい。誰を見捨てればいい。
(あーもう!ごちゃごちゃ考えてる場合じゃない!これだから注意/集中能力レベルDは使えないのよ!)
 とりあえず目の前の個体はさっき口をあけたとき中に誰もいないのは確認している。頭を潰そう、と行動指針を決定する。
 軽く助走をつけてハングリーバーガーの膝を蹴り飛ばす。蹴った箇所の骨と肉が四散する。バランスを崩して倒れこむ。
(さっさと頭潰せる位置まで来なさい)
 倒れ込んでくるハングリーバーガーを見ながら胸中で独り言つ。今も見えないところで助けを求めている、それを助けにいかなければいけない。
「はああああ……セイヤッ」
 ようやく足が届くところまできた頭部を蹴り飛ばす。首が飛び散る。
「うわっ」
 声がしたのでそっちを見ると、さっき助けた人型が四散したハングリーバーガーの肉を浴びて赤く染まっていた。顔を見ると眼球にバーコードがついてる。どうやら人類ではなく人工知性体だったらしい。
「建物の中に入っておけって……あ、そっか、そうよね」
 喋っている途中に納得する。自分と同じだ、助けられる人類がいるかもしれないのなら逃げたいはずがない。ひょっとしたら捕まっていたのも逃げ遅れたのではなく、他の人を逃すために残ったのかも知れない。
「お腹の中」
「えっ?」
 エイプリルスノウは自分の腹部を指でさす。
「中に人がいたら助けておいて」
 それだけ言って次の標的を求めて跳ぶ。
 
 
 
 
《聞えますか?》
「わお」
 耳元から水嶋の声がしたため変な声を出してしまった。道路交通標識を足場にして跳ぶところだったから危うく足を踏み外すところだった。
 エイプリルスノウは恥ずかしさを誤魔化すように早口で質問する。
「なに、通信機能付いてたの?」
《いや、僕はベルトについているチュートリアルとかナビゲーションとか戦術補助用の人工知能。水嶋拓郎の思考の一部をコピーしてあるんだ。遅れてごめん、緊急時には必要のない機能だから最後に立ち上がるようにしてた》
「ま、これから戦うって時に、ナビゲーションから立ち上がって戦うのに必要な機能が後回しだったらそりゃ困るか」
 このタイミングまで沈黙していたことに関しては納得した。で―――
「思考はさておき声までわざわざ再現してあるのはなにか意味があるわけ?」
《スターウォッチが喜ぶと思って……》
「あー、はいはい、変身したのが私でごめんなさいね。喜ばないかわいくない女で」
《さておき、2つ伝えておくべきことがある。一応僕には、外部認識機能も持ってるから状況はだいたいわかってる。このベルトは実はまだ未完成だ。本来なら思考加速補助のタッチ操作可能の端末が追加で作られる予定だった。ベルトを付けてるだけで脳にかなり負荷をかける、90分程度は持つと思うけど時間制限があることを意識して。最悪死ぬ。1時間使ったら15分くらい休憩を取った方がいい》
 私が死ぬことは最悪じゃない、そんなことはどうでもいい、最悪なのは人を守れないことだ、と思ったが例え人工知能でも水嶋はこれを言ったら悲しむと思ったので口にするのはやめておく。
 進行方向にいた巨人の首を手刀で切り落として次の標的を探して走り出す。
「おっけー、それと?」
《あと、変身するときに渡したカード、あれでフォームライドゥできるから》
「フォームライドゥ」
 言われた単語を繰り返す。「それは一体なんですか?」というニュアンスが伝わってくれたらいいなー、と思いながら。
《そう、フォームライドゥ。格好いいでしょ。9つあるから状況に合わせてフォームライドゥしていってね》
 伝わらなかった。
「よくわからないけどそのフォームライドゥっていうのは、このベルトとスターウォッチは単体決戦用の兵器だから色々と機能が必要だけどその全てを常に使えるようにしておくことはできないから場面場面で特化型に換装できるようになっている機能、っていう解釈でいい?それでそれが9つあると」
《エイプリルスノウは本当に察しがいいね》
「ありがとう。それで、今はどれを使えばいいわけ?」
《とりあえずSTと書かれてるカードをバックルにセットしてフォームライドゥするといいと思う》
「そこは"とりあえず"とか"するといいと思う"とか言わないで断言していこうよ…・…一応、戦術補助用人工知能名乗ってるんだったら」
 言いながらSTと書かれたカードを探してバックルに入れてサイドレバーを押し込む。
 装甲の表面に緑色に輝く模様が浮かび上がり、弾けるように紅紫色の装甲が緑色に変わる。
 ―――Pegasus Strategist Forme
 フォーム変更が終わったことを示すようにベルトから電子音声が告げる。
《ストラジストフォームは広範囲の探索と殲滅用のフォームだ。思考加速と感覚強化の処理に脳の負荷が大きいからタイムリミットがもっと短くなるから気をつけて》
「で、なにをやればいいわけ?」
《正直、ベルトも未完成だし色々と想定外の出来事が多すぎてどうすればいいのかわからないんだけど、まず人類規模で考えるのなら今回の侵攻を一時的に止めるのが目標だ。一時的に止めれば三十世紀委員会とかもあるし、多分何とかなると思う。なんか機密っぽいしよくそこのこと知らないけど多分なんとかしてくれる、と思う》
 二十一世紀に人類を滅亡の危機に追いやった、カーニバル・デイ、マジックサーカス、そしてマスターピース。今回のみみみ星による侵攻は4回目の人類滅亡の危機だ。神様が人類に滅びて欲しいとでもいっているかのように人類滅亡の危機が続いている。
 そして3度あることは4度あるだろう、少なくてもそれに備えておくべきだろうということで人工知性体達が作ったのが三十世紀委員会だ。三十世紀委員会であれば異星人の襲来に向けた準備だって当然にしてあるだろう。荒唐無稽で笑われるかもしれないが、思い付く人類滅亡の原因にはとりあえず対処法を考えておくのが三十世紀委員会だ。
 彼らであればこの世界が実は物理シミュレータで実験用に創られた世界で、その実験が終了して消されていようとしているという可能性だって大まじめに検討してどうすればいいか議論していると言われても納得する。そういう組織だ。
《個人的規模で考えるならスターウォッチを取り戻すのが僕らの目標だ》
「そうね」
《そのどちらも空飛ぶ妖精<フライングムーミン>の元にいくことでどうにかできるはず、だと思う。スターウォッチは彼と一緒にいると思うし、地球侵攻作戦に関しては僕がいた頃とみみみ星の状況が変わってなければみみみ星でまともにものを考えられる人間はごくわずかだ。おそらく地球に来ている中で色々な権限を持っているのはフライングムーミンだけのはずだから彼をどうにかすれば本星の指示待ちで一時的に侵攻は止まると思う》
「はー、いや全然知らないけど、大丈夫なのみみみ星?他の星の侵攻ってなんかすごい重要案件だと思うんだけど、なんか話だけ聞いてるとけっこう行き当たりばったりっぽくない?」
《たはは……相変わらずエイプリルスノウは手厳しいね……。僕もあんまり自分の母星のこと悪く言いたくないけど、まともに色々と文化が機能してたら異文化との接触の第一歩に侵攻とか選ぶと思う?》
「本当どういう星なのよみみみ星……」
《まあ、いいやそのためにまず空に飛んでいる兵器を落とす。これ以上、地上に兵器を投下されるわけにはいかないし、空に対して有効な火力があると知ればフライングムーミンだって飛びづらいでしょ》
「なるほどね、あのへん掃除すれば、治安維持局のクマバチだって来るでしょうしあいつらも逃げづらいだろうしね」
《クマバチ?》
「治安維持局の垂直離着陸式回転翼航空機の愛称。買い取りのときにけっこうニュースになってたでしょ」
《あー……ほら、僕あくまで戦術補助用の人工知能だし。記憶全部移してないし。多分、オリジナルの水嶋拓郎はちゃんと知ってると思うよ?》
「どうだか。水嶋って新聞取ってないし、ニュースも観ないでしょ」
《たはは……。さておき、空の相手を狙うなら何か"射抜くもの"が必要だな。なにか遠距離武器を手に入れる必要がある》
「一応、スタンガンなら持ってるけど。ガスで針飛ばす奴」
《大丈夫だけど、なんでそんなもの持ち歩いてるの……》
「貰い物。無職で暇だから私なりにスターウォッチの行方を捜してたんだ。事故じゃなくて事件の可能性も高かったから、念のため持ってた」
 治安維持局は人工知性体の失踪に関してはあまり真面目に捜査しないという噂を聞いたことがあるのもあって、エイプリルスノウは自分なりにスターウォッチの失踪後足取りを追っていた。自分がなにかできると思っているわけでもなかったが、何かしたくてたまらなかった。
 繁華街中の監視カメラの映像を頼み込んで貰ったり購入したり、あるいはハックや窃盗などの非合法な手段まで使って集めて、それを顔識別にかけて当日のスターウォッチの行動を追った。
 その結果、アイランドウォーカ風の男2人に因縁を付けられて、その後スーツの男に話しかけられてついていったのまでは確認できている。その後、因縁をつけた2人かスーツの男をインターネットで情報に懸賞金をつけたり、何人か街に詳しい人間を雇ったりして探していた。それらの活動で働いている時に貯めていた貯金はほとんど消えてしまった。
「まさか、探してる男が宇宙人だなんて思ってなかったけどね」
《エイプリルスノウ、僕を水族館に誘ったりしてる裏でそんなことしてたの……。っていうかなんで秘密にしてたの。僕、っていうかオリジナル水嶋拓郎だってなにか手伝えたのに》
「犯罪行為をいくつもしてるからね。スターウォッチが帰ってきたときに自分の為にアンタが犯罪者になったって知ったらあの子また失踪するわよ。私だってあんたを犯罪者にしてあの子に怒られたくないしね。流石になんかわかったら教えてたわよ。で、スタンガンをどうすりゃいいの」
《空に向けて構えて》
 言われるままに空にスタンガンを向けて、もう片手で手首を掴み固定する。
 すると、スタンガンの表面にも緑色の模様が浮かび装甲と一体化する。どうやら"射抜くもの"―――遠距離武器を取り込んで強力な遠距離攻撃を可能とすることがこのストラジストフォームとやらは可能らしい。
 なんだかまどろっこしいし、そういう技術だかよくわからない。流石はここでない星由来の技術だ、とエイプリススノウは感心する。
《ストラジストフォームの認識力ならそのまま空中の標的を狙えるはず》
 言われるままに目を懲らす。確かにこれなら成層圏を飛ぶミサイルだって打ち落とせるだろう。
 近くを飛んでいたアダムスキー型のUFOに狙いをつけて銃爪を引く。全身が軋むような反動とともに空に向かって一条の緑の光が奔る。狙った通りにみみみ星のUFOを貫き―――大爆発を起こした。少し送れて衝撃波が押し寄せる。
 町中の灯りが消えて……数秒後また灯いた。そして次から次へと飛んでいたUFOが墜落する。
「えっ、ちょ、ちょっと待って。なにこれ聞いてない!」
 なんとなく威力が上がって飛んでるものも撃ち落とせるのかなー、くらいのつもりで銃爪を引いたら大爆発するとは思ってなかった。ましてや停電や他のUFOの墜落はまったく予想していない。
《電磁パルスだ。地球の重要な電子機器はだいたい防御されてるけど、みみみ星の地上兵器は僕がいた頃は対策取られてなかったから通じるかなー、って思ったけど通じてよかった》
 電磁パルスはケーブルやアンテナにサージ電流を発生させ、電子機器の損害や誤作動を引き起こす。
 人類を三十世紀まで守り、存続させるために発足された三十世紀委員会はあり得そうな人類の危機を百個ほどリストアップした。その中でも電磁パレスはかなり上位であり、すぐ対策された。
「これでスターウォッチを乗せたUFOだって飛べないでしょ。ごちゃごちゃ面倒なことはあとで考える。人間は守る、敵は倒す、スターウォッチは取り戻す、シンプルにいく」
 次の目標を求めてエイプリルスノウは跳ぶ。
 
 
■回想:2
 人類が貧困から解放された今でも、犯罪は日本から消えていない。特に福岡で巻き込まれる犯罪は彼ら―――島を渡る者<アイランドウォーカ>を名乗る人工知性体が起こす犯罪だ。
「おら、とっとと財布出せや」
「おう、ちょっとジャンプしてみろや」
(馬鹿馬鹿しい)
 胸中で独りごつ。
 エイプリルスノウとスターウォッチは繁華街に買い物に来ていた。
 人間が倒れていると聞いて裏路地に来ていたらゾロゾロと旧世紀の柄の悪い若者ファッションを模倣した人工知性体がゾロゾロと出てきて今にいたる。
(揉めるのも馬鹿馬鹿しいしとっとと払って別れるか)
 どうせ申請すれば犯罪で失ったお金は保険で補填される。犯罪者が得をするというのは腹立たしいが、それを正すのは自分ではなく治安維持局の仕事だ。危険な目にあってまで自分がやることではない。
「え、えっと……えっ、えっ」
 隣で、スターウォッチが混乱している。スターウォッチは想定外の出来事に弱い。こういう時の彼女がどんな行動にでるかはわからないが、経験上早めに収拾をつけておいたほうがいい。
 エイプリルスノウは嘆息して、とにかくこの場はさっさとお金を渡して解放されようと決める。
「とりあえず財布の中にあるお金はこれだけよ」
 せっかくスターウォッチと買い物に来て、楽しい気分だったというのにいきなりケチがついてしまった。このあと、どこか飲食店に入って甘いものでもかきこんでやろうか、と考えながら財布からお札を数枚だし差し出す。
 隣でまだ事態を飲み込めてないのだと思われるスターウォッチが後ろでつぶやいているのが耳に入る。
「えっと……これは拓郎さんからいただいたお金だから……その……守らなきゃで」
 嘆息する。面倒を避けるためにスターウォッチを説得しなくてはいけないかもしれない。
「…………一の太刀を疑わず、二の太刀要らず」
 そのスターウォッチのつぶやきを聞いた途端、エイプリルスノウはお金を取ろうと手を伸ばしたアイランドウォーカの手首を掴み引っ張り、腕を身体の後ろに回して関節を極めた。
「痛っ」
 アイランドウォーカの男がうめく。
「えっと、ごめん、罠とかじゃなくて普通にお金を渡してとっとと終わらせるつもりだったんだけど。事情が変わった。去らないのなら、こいつの肩をまず壊す」
 溜息をつく。どうしてこうなった。とにかくなるべく穏便に済まそう、と思いながら口を開く。
「えーと、こっちの子は所有物認定済みなんだけど。大切な所有者様から頂いたお金を渡すことは絶対にないわ。あと近接保護官カリキュラムを受けてる」
 近接保護官カリキュラムは近くにいる人間が襲撃を受けた場合、それを守るための技術を学ぶカリキュラムだ。
 通常、政治家などの重要人物の運転手や秘書として働く人工知性体が受けるカリキュラムであり家政婦が取るようなものではないのだが、彼女は水嶋拓郎を守るためといって履修願いを出したと聞いている。ご主人様を守りたいという人工知性体は数多くいるらしく、すんなりと許可された。
 そして彼女がさっき口にした「一の太刀を疑わず、二の太刀要らず」はエイプリススノウとスターウォッチの通った職業訓練学校の戦闘訓練担当教官の教えの1つだ。エイプリススノウがまだ高官秘書を職業の選択肢の1つだと考えていた時期に訓練を受けたことがある。結局、その後すぐ人工知性体の生成に興味を持ったために高官秘書は選択肢から外し、護身術程度のことしか習わなかったが。
「近接保護官って、一般教養として取るような護身術と違って"速やかに危険を排除する"ための技術なんだけど。ええと、なんて言ったらいいのかな」
 そして「一の太刀を疑わず、二の太刀要らず」の意味は「先手必勝で相手を無力化しろ」だ。
 考えながら横目で後ろにいるスターウォッチを確認する。
 軽く身を落とし手を組んでいる姿はどう考えても「先手必勝で相手を無力化する」準備をしている。そして最も確実な無力化の手段とは相手を殺害することであり―――彼女がその手段を選ばないだけの冷静さを保っていることをこの状態で期待するのはよほどの楽天家か、あるいはよほどスターウォッチのことを知らないかのどちらかだろう。そして、エイプリルスノウはそのどちらでもない。
(ああいう危険な技術って、多分、倫理とか、冷静さを失わないで対処するための方法とか、そういうのとセットで教えてると思うんだけどなー!)
 心の中で叫ぶ。とにかく犯罪者の一人や二人死ぬのはこの際どうでもいいが、友人を殺人者にするわけにはいかない。そのためには、とにかく穏便にお帰り願うか、なんとか逃げるしかない。
 アイランドウォーカ達は、二人とも少女型の人工知性体であるため危険度は少ないと考えて恐喝の対象に選んだのだろう。
 通常、人工知性体の出力は腕の太さに比例する。
 細いまま力強くすることは可能だが、力が強い人工知性体が欲しいのなら最初から太い腕の人工知性体を作ればいいし、もっというのなら筋肉稼動の人工知性体ではなくロボットを作ればいい。だから、少女型の人工知性体は非力である、というのは多くの場合成立する。
 例外はある。
 例えば、そういう先入観を利用したい、潜入捜査をするようなことを期待されて製造される治安維持局の人工知性体。
 例えば、明らかに戦闘向きの人工知性体を何人も連れ歩きたくないが、護衛は欲しい政治家のオーダーメイド。
 例えば、所有している水嶋拓郎という人間がせっかく近くに置くのなら少女型がいいがもしも危険に巻き込まれたときに非力だとよくない、などと溺愛して軍用ロボット並の出力を与えている場合などがそれにあたる。
「あんたらは死ぬ覚悟があって、それだけのリスクを背負ってこうして犯罪してるのか、ってそういう話よ。あんたらがこのまま消えてくれれば私らは殺人をして延々と長ったらしい取り調べを受けたりしなくていい、あんたらは死なないで済む、どっちもハッピーだと思うんだけど?どう?」
 いきなりの出来事に対応できていないのか、アイランドウォーカ達は混乱したようにエイプリススノウとスターウォッチをみている。
(ひょっとしてこの中で冷静なのって私だけなわけ?)
 アイランドウォーカは犯罪のために犯罪をする。彼らの目的は欲望のままに犯罪をしているというポーズを取ることであり、人を破滅させるような覚悟はおそらくない。貨幣を奪うというのは旧世紀の犯罪の物真似だが、それがあまり深刻にならない犯罪手段だからということもあるのだろう。
 近年になり、貨幣で大金を持ち歩くようなことはほとんどない。かといって読み取り機を使って電子キャッシュを脅し取れば履歴が残り3時間後には口座の取引が停止され、翌日には拘束され裁判を待つことになる。
 だから、彼らは貨幣を狙う。持ち歩いている貨幣を狙っている限り、決してそんな大事にはならない。
 そしてだからこそ話し合いで解決できるはずだ、とエイプリルスノウは自分に言い聞かせる。彼らには覚悟なんてない。
「ここだけの話、彼女はすでに3人は人工知性体を殺してるわ。0歳と2ヶ月のときの話だし状況的に仕方ない、ってことで再教育施設にいれられただけで済んだけど、つい先月帰ってきたの。彼女はとにかく人体を破壊するのが好きで、鉄パイプとか懐に入れてて容赦なく顔面を狙ったりして、仲間内でも恐れられていたわ。あと、脳に快楽物質を垂れ流すタイプの薬をキめてて、痛みは感じないし、だいたいの攻撃はきかないで立ち上がるわ。それとえっと……そうそう、スポーツで格闘とかやってるやつは金的とか噛み付きとか警戒してないから壊しやすいってそう言ってた!どう、それでも彼女と戦うの!?」
 でたらめをまくしたてる。ひょっとしたらまずい奴に手を出したのかもしれない、そんな風にアイランドウォーカ達が目配せし合う。
(よし、あと一押しだ)
 とにかく冷静になる隙を与えないために思い付いたままに如何にスターウォッチがやばいやつか言っていく。
「あと彼女は暗殺者なんですけど!経絡秘孔を突くことで相手を爆散させる一子相伝の……拳法?の使い手なんですけど!彼女の拳の速さは3秒間に50発!打撃の1つ1つが正確に秘孔を突いているから、技を受けたら肉体がボンッ!みんな死ぬ!今宵の彼女は血に飢えている!抜けば玉散る氷の刃!ええい寄るな寄るな!寄らば斬る!」
 言い切って肩で息をする。肩で息をする。
 アイランドウォーカ達の反応をみると腰が引き気味で今にも逃げそうにしている。それが、暗殺拳の使い手に恐れをなしたのか、それともよくわからないことを早口でまくしたてる狂人に関わりたくないということなのかは判断できなかったが。
「あー……」
 知性ある人工知性体として失ってはいけないなにかが今自分から失われたとのではないか、そんな予感がエイプリルスノウの胸を満たしていた。
 
 
 
 
「もー、ひどいですよ、エイプリルスノウ。私は殺人者なんかじゃないです」
「うっさい、黙れ」
 目の前に置かれたパフェにスプーンを突き刺して、そのまま山のようにすくい口に運ぶ。とにかく食べる。
 あの後、アイランドウォーカ達とは極めて平和的に別れることができた。そのまま目についたファミリー向けのレストランに入り今に至る。
 スプーンで少しずつすくって食べるのが面倒に感じられたために、器を持ち上げ口をつけてスプーンで中身を口にかきこむ。そのまま咀嚼する、シリアルの感触がこんな精神状態でなかったらさぞや美味しく感じられただろう。空になったカフェの器をテーブルに叩きつけて、紅茶を一口飲む、優雅に。
「あ、これ代金はあんた持ちだから」
「ええっ?」
「っていうかあんた、殴りつけるつもりだったでしょ?言っておくけどあんたの出力でそれやったら本当に脳破損させるからね?そしたらあんたも、水嶋も相当に面倒なことになってたからね、そのへんわかってるわけ?」
「うっ」
 自分が何をやりかけていたのかわかったのか、スターウォッチがうめく。
「はい、リピートアフターミー。大事にならないようフォローしていただきありがとうございました」
「大事にならないようフォローしていただきありがとうございました……」
「面倒をかけてごめんなさい」
「はい、面倒をかけてすみませんでした」
「お詫びにここの代金は自分が持ちます」
「えぇ……」
「お詫びにここの代金は自分が持ちます。リピートアフターミー」
「ええと、エイプリルスノウさん、ひょっとして怒ってる?」
「さっきまで衝動的に車道に飛び込んで死のうかと思ってたからね?」
「うぅ……はい、代金出させていただきます」
「そう。その言葉が聞きたかった」
 店員を呼び止めてティラミスとプリンを追加で頼む。
「というか、前から思ってたけどあんた意外と過激よね」
「そう?そんなことないと思うけど」
 スターウォッチが小首をかしげる。非常にかわいい仕草だ、水嶋が溺愛するのもわかる。
「迷ったら、だいたい過激な方選んでない?」
「うーん……」
 スターウォッチは人差し指を軽くあごにあてて考える。
「言われてみるとそうかもしれない。あのね?混乱した時とか、咄嗟の時、ってなんか、戦わなくちゃ、ってそう思うんだ」
 スターウォッチは胸の前で組んだ指をもじもじと動かしている。
「なんていうか、ずっと不安が胸の中にあるの。今の幸せな拓郎さんとの生活がいつか壊されちゃうんじゃないか、って。戦わなければ守れないんじゃないか、って」
「ふーん、不安ねぇ。ま、もしも強迫観念が深刻になってきたら貴方のクオリアデザインした水嶋に相談した方がいいんじゃない?せっかく近くにいるんだから」
「あはは、そんな深刻な話じゃないよ。でも、心配してくれてありがと」
 手をぱたぱたと振りながら否定するスターウォッチを見て、おそらくこの人工知性体はストレスでおかしくなるまで決して相談などしないのだろうな、とエイプリルスノウは悟った。
 自分の心に関することをクオリア・デザイナに相談するというのは、貴方のデザインは欠陥だったんじゃないかと尋ねることに等しい―――少なくてもスターウォッチはそう考えているだろうし、言われれば水嶋は思い悩むだろう。だから、決してスターウォッチは相談しない、それが深刻ならなおさら。
 エイプリルスノウは嘆息する。
 そこまで深刻な話とは思えないが、知ってしまった以上は一応自分が見ておかなければいけない。
「そもそも、今回、幸せな生活とやらを壊そうとしていたのは他ならぬ貴方だったわけだけど」
「あぅ」
 すこし意地が悪いと思いながらも、恥をかかせられた復讐と今後のために徹底的に突くことにする。
「いや本当次から気をつけなさいよ。水嶋に迷惑かかりそうだから流石に止めたけど、あんただけだったら私放置するからね。犯罪者が死んで、暴走の可能性が高いあんたが捕まるの、社会にとって完全にいいこと尽くめだし」
「エイプリルスノウ冷たい……。そういえば、アイランドウォーカ嫌いですよね」
「犯罪者を嫌わない理由が善良な一般市民にある?」
 間髪入れず回答してから、確かにエイプリルスノウは確かに自分が必要以上に嫌っていることに気付く。
「まあ、そもそもあいつらアイランドウォーカ名乗ってるけど、"アモン"を本当に読んでいるのか、って思うし」
「ええと、アイランドウォーカって確か英国の人口知性体でしたよね」
 島を渡るもの〈アイランドウォーカ〉は英国のとある人工知性体の名前だ。あるいは、彼の理念を継ごうというものがそう名乗っている。
 二十一世紀に人類を滅亡の危機に追いやった、カーニバル・デイ、マジックサーカス、そしてマスターピース、三つの事件が終わったとき、人類の数は大幅に減り、さらに穏やかな減少傾向にあった。三つの事件に疲れた人類は穏やかに滅亡することを受け入れ、文化と歴史の全てを人工知性体に継いでもらおうとしていた。
 それに対する、人工知性体からの回答の一つが、アイランドウォーカの発表した"アモン"という著作だ。
 アイランドウォーカはアモンの中で人類の文化や歴史には欲望が必要不可欠であるとして、人類と人工知性体の犯罪傾向の違いから人工知性体は「人類につくすもの」であり、現時点では人工知性体は文化と歴史の継承者にはなり得ないと結論付けている。
 それに対して、人工知性体も欲望のままに犯罪を起こすことができ、人類が望んでいる文化の後継者の役割を果たせるということを示そうというのが島を渡るもの〈アイランドウォーカ〉を名乗る彼らだ。彼らは人類の過去の犯罪を模倣する。
「その口ぶりだと、エイプリルスノウは読んだんだよね、"アモン"。どうだったの?」
「そうね、フィクションとしてはなかなか心打つ名文だったんじゃないかしら。実際、多くの連中が絶賛したわけだし」
「その言い方だと、内容は間違ってたの?でも、多くの人が絶賛したんだよね?」
「間違ってたというか……結論ありきで書いてるから、独りよがりで客観的根拠のない前提を立てて、自分に都合がいいデータを取ってきて、都合の悪い部分からは目を背けて論旨や定義を途中でねじ曲げてた、って感じ?あんなもん真面目に読むもんじゃないわよ」
「でも、当時大絶賛で受けいれられて、今でも多くの人に読まれてるんだよね?」
「だから、フィクションとしては、あるいはラブレターとしては名文だったのよ。結局、あんなもん"私は人類が大好きです。だから滅亡してもいいやなんて思わないでください"って書いてあるだけだし。でも、いい子でいたい人工知性体たちは人類に自分たちの後を継いでくれなんていわれたら正面切って嫌ですなんて言えないのよ。だから客観的なデータで無理ですって示してくれるものが欲しかったの。需要と供給よね」
「うーん、なるほど。気持ちは分かるなぁ。私ももしも拓郎さんに託されたら、嫌だけど、断れないもん。でも私は、信じて任せてくれたのならそれを引き継ぎたいかな。信じて任せられる自分でいたいって、そう思う。……あれ?」
 何かに気付いたようにスターウォッチは首をかしげる。
「でもそれだと、今アイランドウォーカを名乗ってる人たちが犯罪してるのと繋がらなくない?彼らって確か人類の後継者になるために欲望があることを証明しようとしてるんだよね?そうなると人類に生きて欲しいっていうのと衝突するよね?」
「だからあいつらも"言い訳"が欲しかったのよ。アイランドウォーカの多くは乱数生成世代らしいけど、ようは欠陥品だから再就職できなかったんでしょ。それでも社会の役に立ちたかった。だから安易に飛びついたのよ、どうやら昔話題になった書籍に人工知性体は犯罪傾向からいって欲望が足りないから人類の役に立てないらしいぞ、欲望っぽい犯罪を起こせば人類の役に立てるぞ、ってね」
 エイプリルスノウは長く息を吐く。感情的になりつつある自分に気付いてはいるが、今さら止める気も起きない。
「死ねばいい。役に立てないのがつらいならとっとと脳を焼き切って身体をリサイクルに回せばいい。死ねないのならお優しい人類様の慈悲にすがって義務を果たさず福祉を貪って生きればいい。それを人に迷惑をかけてそのくせ人の役に立っている錯覚を覚えるだなんて二重に図々しい。全員死ぬべきよ」
「エイプリルスノウ」
 スターウォッチに名前を呼ばれて、エイプリルスノウは自分が感情的になりすぎてたのに気付いた。
 エイプリルスノウは胸から羞恥心と後悔がわき上がってくるのを感じた。あまりに自分を投影して怒りすぎた。
「えい」
 スターウォッチはテーブルに身を乗り出してエイプリルスノウの手を掴んだ。
 じわりと熱が伝わってくるのをエイプリルスノウは感じた。
「エイプリルスノウは大切な友達だし、拓郎さんだってそう思ってるからね?」
「えーと……その発言の脈絡は?」
「あれ、脈絡なかったかな?」
 スターウォッチは小首をかしげる。
「うーん、言われてみるとなかったかも」
「…………手」
「ん?」
「手、離して」
「あ、ごめんごめん」
 スターウォッチはにこにことしている。謝罪の言葉を口にしたがどう考えても悪いことをしたなんて思っていない。
「そういえば、エイプリルスノウ」
「ん、なに」
 どこか気まずさを感じさせる声でエイプリルスノウが答える。
「エイプリルスノウはそろそろ拓郎さんの所有人工生命体にはなって家政婦とかやらないんですか?」
「えっ、何それ!水嶋の方でなんか私が欲しいとかそういう話あったの!?」
 エイプリルスノウは身を乗り出す。
「ん、ないよ?」
 あまりにあっさりとした言葉に脱力して乗り出した身を元に戻し、深く座席に腰をかけ直す。
「あんたねぇ……本当ちょっと脈絡をもう少し大切にしてよ」
「でもさっきのことでも思ったんだけど、エイプリルスノウがいたら拓郎さんも助かるだろうし。だからエイプリルスノウが拓郎さんのそばにいれば、ほら、みんなハッピー」
「みんなハッピーもなにも、今水嶋のことしか語られてないけど?あんたは水嶋が幸せだったらそりゃハッピーかもしれないけど、私は?」
 エイプリルスノウの質問にスターウォッチはにこにこと笑顔を浮かべるだけで答えない。まるで「それは言葉にしちゃいけないけど、わかってるよね?」とでも言いたげな態度だ。
「多分、私はあんたと違ってあいつを甘やかさないから四六時中一緒にいたら上手くいかないと思う。一日中、口うるさいやつにそばにいられたくないでしょ?」
「えー、そんなことないと思うけどなぁ」
「それに……」
(それに私が雇って欲しいといったら多分水嶋は、水嶋が望む望まないに関わらず引き受けるでしょ。気を使わせたくないの、わかるでしょ?)
 エイプリルスノウは口に出そうとしていた台詞を飲み込む。
 確かに水嶋拓郎が私を雇うというのは自分にとってはかなり"ハッピー"な選択肢だ。
 無職のまま、社会の役に立てないまま生きていくことに羞恥心や罪悪感を覚えるようなこともなくなり、しかも人工知性体作成に関係するという自分の一番の望みも叶う。それに自分なら水嶋の役に立てる、と思う。
 でもエイプリルスノウから言い出さなければおそらくそうはならない。
(水嶋が自分の所有物になって欲しいだなんて言い出すわけがない。水嶋の中の私はあくまで対等な友人であって、雇ったり所有したりしようなんて発想がそもそもない)
 目の前にもっといいかもしれない選択肢があるのにそれを気弱さから選ばないのは、アイランドウォーカと同じような唾棄すべき安易さではないだろうか。
「それに、なぁに?」
 瞳覗き込むようにしてスターウォッチが聞いてくる。
「なんでもない」
「ま、エイプリルスノウがいいっていうならいいんだけどね」
 そういってスターウォッチは微笑んだ。
 エイプリルスノウが彼女のこの微笑みを苦い思いと共に思い出すのは、数年後、みみみ星のUFOの中で彼女と再会したときだった。
 
 
 
■ベルトの戦士:2
 ―――Storm Architect Forme
 ベルトが告げて身体が青い装甲に包まれる。走りながら左腕を身体に巻き付けるように身をねじる。
 ハングリーバーガーは逃げ遅れた市民に狙いを定めて、手を振り上げている。
 強く地面を蹴って跳ぶ。
 すでに構造は解析済み、機能停止点は見えている。
 必要なのは威力を上げることではなく、あてる場所と角度、そして強さ、そう自分に言い聞かせながら居合抜きの要領で背後からハングリーバーガーの延髄を強打し、そのまま追い抜く。
 ハングリーバーガーが腕を振り上げた体勢のまま停止する。
「大丈夫ですか?」
 エイプリルスノウはハングリーバーガーに背を向け、襲われていた女性型人工知性体(瞳のバーコードを今確認した)に手を差し出す。
「う、後ろ」
「ああ、大丈夫ですよ。あいつはもう終わってる」
 言い終わるのとほぼ同時くらいに後ろでハングリーバーが倒れ落ちる音がする。
「ほらね?じゃあ、とりあえず私は次行くから、建物の中に避難してください」
 ―――第三世代以降の有機無機混合構造の兵器は一定の角度から衝撃を与えられると機能停止に陥る部位が1箇所以上存在する。この機能停止点と呼ばれる部位に関する法則はあくまで経験則であり、絶対の真理というわけではない。しかし、多くの技術者達がそれをなくそうと挑み続けたにも関わらず機能停止点は存在し続けた。
 自分のものではない知識がエイプリルスノウの頭をよぎる。この感覚にもだいぶなれてきた。
《アーキテクトフォームは構造解析によって機能停止点を見つけ出すことができるのである。そしてその左腕の高出力かつ精密な動作は決して機能停止点を逃さない。まさにアーキテクトフォームは対有機無機混合構造兵器の決戦フォームなのである!》
「水嶋、ナレーションやめて。うっさい」
《ちなみにその左腕なんだけどタヂカラオノミコトって名前がついててね?あ、ちなみにさっきのストラテジフォームの射撃モードはヒノカクヅチって名前なんだけど》
「知らん、黙れ」
 エイプリルスノウは街灯を経由して近くのビルの屋上に飛び乗る。
 あれから高いところに登って視界を確保しては襲われている人や暴れているみみみ星の兵器を見つけて、下りて破壊しての繰り返しだ。
(スターウォッチを連れ去ったアダムスキー型UFOを探さなきゃ)
 ビルから周囲を見回すと自動車大の玉虫色に光る蜘蛛の群れのような兵器を見つける。治安維持局の多脚戦車の仲間かと思ったが、地球人のセンスだとしたら悪趣味極まりないので、みみみ星の兵器だろう。
《よし、デビルズミラーだ。ハングリーバーガーだけじゃないと思ったがやはり投入されていたか》
「なにか都合がいいわけ?」
 聞きながらエイプリルスノウは近付くために隣のビルに飛び移る。みみみ星の兵器なら放ってはおけない。
《えーとね、デビルズミラーには手動モードと半自動モードと自動モードがあるんだけど、この局面なら間違いなく自動モードで投入されてるんだけど、自動モードって言っても途中で割り込んで制御することは可能で―――》
「私が何をやったらいいかだけ教えて」
《PMって書かれてるカードでプロジェクトマネージャフォームにフォームライドゥして》
「おっけー」
 ビルを飛び降りながらカードをバックルにセットする。
 ―――Dragon Night Forme
 着地と同時に身体が赤い装甲に包まれる。腰に刃の幅が広い歪曲した片手刀が現れる。
「ねえ、今このバックル、ドラゴンナイトって言ったんだけどプロジェクトマネージャじゃなかったの?PMって書いてあるカードだよね?私間違えてないよね?」
《だからそのベルトは作成途中だったんだってば!色々と古い名称でベルトが言うかもしれないけど僕のいう名前が正式名称だから》
「通りでさっきからあんたのいうフォームの名前とベルトの言う名前が微妙に違うと思った……。それで?何をやればいいわけ?」
《デビルズミラーの制御を乗っ取る。君一人で全ての人を守るのは難しいけど、デミルズミラーを奪って人を守らせれば効率的に守れる》
「私がやることは?」
《デビルズミラーは中央の少し大きい個体が指揮決定システムを持っているからあいつの制御を奪えば小隊ごと奪える。インターセプタ……ええと、腰の剣の名前なんだけどそれに命令カードが一緒についていると思うんだけど、ガードの命令を剣にセットして中央の機体に刺せば奪える》
「インターセプタ?さっきまでヒノカグツチとかタヂカラオノミコトとか言ってたのに?」
《だから作りかけなの!ちゃんと最終的に全部一体感のある名前にするつもりだったの!》
 剣と一緒に現れたカードからガードと書かれたカードを探す。
(シュートが遠距離命令で、ストライクが近距離攻撃命令かな?あ、あった)
 腰から剣を抜き―――インターセプタ(仮)にガードと書かれたカードを差し込む。
 ―――Guard Command
 ベルトが発声する。
「これを刺せばいいわけね。おっけー」
 インターセプタを手首の力で軽く上に投げて掴む。
 エイプリルスノウはデビルズミラーに駆寄る。確かに中央に他の個体に比べてやや大きい個体が確認できた。5メートルほどの距離でデビルズミラーは止まり、こちらに銃口を向けてくる。デビルズミラーの群れを中心とした円を描くように走り狙われないようにする。
(周囲のを破壊しながら近付いて刺してもいいけど、奪うことを考えるとできれば無傷で奪いたい―――あ、見えた)
 インターセプタを投げる、最初から投げる使用法も考えられてはいたのだろう、刃は回転することなくそのまま刃先を前に飛んでいき中央の個体に刺さる。
「あ、投げちゃったけどこれ次あいつらに出会ったらどうすんの」
《その場合は、一度フォームライドゥを解除して、もう一度フォームライドゥしたら復活するから大丈夫》
「……ねえ、そのシステム不合理じゃない?」
 
 
 
 
 ――――Complete
 ベルトがそう告げると同時に、ベルトが血のように赤黒い霧を周囲に散布する。
 それを浴びた狼男を彷彿させる見た目のみみみ星の兵器は身体が崩れていく。
 対有機兵器フォーム、データベースフォームは体液から対象の構造を分析して、対象の細胞に自滅指令を出す偽の細胞を作り出し周囲に散布することができる。これにより周辺100メートル程度の、特定の構造を持った生物のみ死に絶えることとなる。
《あ、それ人間はもちろん人工知性体にも有効だから間違っても自分の血とかアナライザに触れさせないでね。もしも触れさせてしまっても変身を解除して使わないこと。うっかり使用するとあたりの君を含めた人工知性体みんな身体がぐずぐずに溶けるから》
「こわぁ……。人間とか人工知性体に使おうとしたらエラー出るようにしておきなさい……。うっかりで虐殺したら笑えないし」
 恐怖を覚えてエイプリルスノウはバックルからDBと書かれたカードを抜いて通常状態に戻る。
「さて、このUFOの中におそらくスターウォッチがいる」
 ベルトを受け取ってから戦いの連続だった。
 みみみ星の射撃型兵器、ガーランドルフが逃げ遅れた人間に機銃を向けているのを見つけたときはネットワークフォームにフォームチェンジして自らの身を盾にして守ることとなった。ネットワークフォームは意識を高速計算機であるベルトに移し思考から記憶の出し入れなどのラグをなくし、さらに神経を最適化させ高速での身体稼動を可能にする。あまりの負荷に1分も持たず強制解除される。飛び交う銃弾を全て装甲の厚い箇所で斜めに反らすような覚悟で受けることで事なきを得た。
 爆発物にはセキュリティフォームで対応した。防御結界アマノイワトは対象領域内部が外部から与えられる影響を減少させる。自らを包むように領域を展開させれば身を守ることができ、そして対象を領域に閉じ込め最大出力で完全に外部と切り離すことで存在を消失させる。エイプリルスノウが「どこが防御システムだうっかり自分を守るために出力最大にしたら自爆じゃん」と聞いたところ、水嶋は「完全なセキュリティなんてものは入る手段のない家のようなもので泥棒は入らないかもしれないが本質的に意味がない。完全なセキュリティを求める心自体が矛盾してるしそりゃ盾も矛になるよね」と答えらえた。とりあえず腹が立ったのであとで水嶋(オリジナル)を殴っておくと答えておいた。
「頭痛もしてきたし早く助けないとね。中にどんな兵器があるかわかんないし」
《そうだね、変身持続可能時間がどれくらい残ってるかわからないけどあと10分以内ってところだろう。とはいえ、みみみ星の兵器は僕がみみみ星にいた頃からなにも変わっていない。この調子なら多分中に何が入ってても問題ない》
「さっきから妙に対策が上手く決るなー、とは思ってたけどやっぱ変わってないんだ。あんたがみみみ星にいたのってもう何年も前でしょ?そんなもんなの?」
《僕らみみみ星人はね、もう発展しようって心をなくしてしまったんだよ。僕らの火は途絶えてしまった》
「火が途絶えた?」
《増えすぎた人口、環境汚染、高齢化社会、そんなものは実のところどうにかしようと思えばできたのかもしれないって、地球で暮らすうちに思うようになってきた。問題は多分、それらをどうにかしようって気持ちをほとんどのみみみ星人が持っていないことなんだ。一部の前向きな人たち――――やる気勢は地球を侵略してでも生き延びようとしているけどほとんどのみみみ星人は多分このまま滅びたっていいくらいに思ってるんじゃないかな。そしてそれは地球の人類も一緒だ》
「まあ、人類だって自分たちは滅びたっていいくらいに思ってるもんね」
《みみみ星人も、地球の人類も、灯が消えてしまった。もしかしたら高度に発達した文化がたどり着く場所はそういう衰退なのかもしれないとすら思う。だから君たち人工知性体がいてくれてよかった、地球で育った地球人としての僕はそう思うよ。オリジナルの水嶋拓郎に代わってお礼をいうよ》
「私はまだ自分が人類の後継者だと認めたわけじゃないわ」
 それだけつぶやき窓を割り、UFOに乗り込む。
 
 
 
■スターウォッチ
「ふふふ、これで地球は第二のみみみ星になる!そして私はこの第二のみみみ星の一部で州知事となる!あの母星のような醜い星ではなく美しい星を創りあげてみせる!博多通りもんも、ひよ子のああもうピィナンシェも、福岡いちごくりーむロールすらゼロから私が創りあげる!はははは!」
 空飛ぶ妖精<フライング・ムーミン>がコンソールを見ながら笑う。
「その時、君は王女――――否!州知事の妻となる!」
 フライング・ムーミンがスターウォッチの肩を抱く。すでにインターセプタにより彼女の記憶は書き換えてある。水嶋は死ぬのだから、忘れ形見としてせいぜいに大切に扱ってやろう、と思う。
環視の報告を見るうちにどうしても欲しくなったのだ。かつて友人であった男がそばに置いていた女性を自分のものにするというのはそそる。
「ん?スターウォッチ?」
 おかしい、肩を抱いて呼びかけているというのになんの反応もない。こういうとき彼女はとてもかわいく反応する。
 不信に思って顔を覗き込むとその顔にはあらゆる感情といったものがなかった。そしてスターウォッチが感情のこもらない小声でぶつぶつと何か喋っている。
 フライング・ムーミンには聞き取れなかったがそれはこう言っているのだった。
「定期監視により記憶の改変を感知。これより再起動、ロールフォワードによる障害復旧を行います」
 ……おかしい、何か予想していないおかしなことが起こっている。
「おい、どうしたスターウォッチ!ちぃ!記憶の改変になにか問題があったか!?こい!もう一度、インターセプタで私のものに変えてやる!」
「戦わなきゃ」
 ぼそり、とスターウォッチがつぶやく。
 そしてその手にはいつのまにかポワワ銃が握られていた。さっき肩を抱いたときに取ったらしい。
「おい待て!その手の銃で何をするつもりだ!?俺はこの星の一部の自治権を受け取る予定の州知事だぞ!お前だって、冴えない水嶋のそばにいるよりも州知事の妻になった方が――――」
「戦わなければ、守れない」
 そう呟いて銃を自分に向けるスターウォッチ――――それがフライング・ムーミンの人生最後に見た光景だった。

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■ベルトの戦士:3
 顎から上が無くなっている死体とぽわわ銃を持ったスターウォッチ――――それがエイプリルスノウが部屋に入って最初に見た光景だった。コンソールがべっとり血や肉、それになんだか考えたくない物体で汚れている。
 どういう原理かは知らないが、アダムスキー型UFOの内部は見た目のわりにとても広く把握はしてないがちょっとしたショッピングモールくらいはあったかもしれない。もしかしたらキャナルシティ博多くらい広かったかもしれないとすら思う。
「あー、これ、あんたが?」
 エイプリルスノウはむせかえる血の臭いに吐き気を覚え、鼻を覆うように左手を顔に当てる。
「あ、エイプリルスノウ。そうだよ?だってこの人私たちの生活の邪魔だったから、だから戦ったの。戦わなくちゃ守れないもん」
 満面の笑みを浮かべてスターウォッチが答える。
 エイプリルスノウは違和感を覚える、人一人死んでいる横でこんな屈託のない笑顔を浮かべられるものだろうか。それに今のスターウォッチの笑顔はなにか変だ、まるで笑顔が印刷された仮面を被っているかのような。
《不味いかもしんない》
 水嶋の人工知能がつぶやく。
「えーと、あんたを助けに来たのと、そこの死体をどうにかしに来たんだけど、まあどっちもやらなくて済みそうで手間が省けた。とりあえず私は限界近いんであんたにこのベルトを託すけど――――」
《エイプリルスノウ、聞いて。多分、彼女は今、修復中で記憶が混乱してる状態にある。そうなると経験よりも設計されたクオリアによる原始的な判断になるんだけど……スターウォッチのそれは兵器としてのそれだ。もしかしてすごく危ないかも知れない。彼女はまず第一に戦うことで状況を変えようとする》
(兵器?)
 そういえば言っていたかも知れない、元々ベルトはスターウォッチ用に開発されたものであり、彼女はみみみ星に対抗すべく強い意志を持っていると。
「そうそう、元々このベルトはあんたのために水嶋が作ったんだって。まったく、あんたが失踪したせいで私が色々やることになって――――」
「エイプリルスノウ」
 スターウォッチが名前を呼んで、言葉を堰き止める。
「ん、なに?」
「えっと、なんだかよく思いだせないんだけど、エイプリルスノウも、私と拓郎さんの生活を壊そうとしてたよね?拓郎さんの作った人工知性体は私だけでいいのにあの手この手で拓郎さんに新しい人工知性体を作らせようとして――――私と拓郎さんの二人だけの幸せな生活を壊そうとしてたよね?覚えてるよ?」
 張り付いたような笑顔を浮かべたまま、スターウォッチは喋り続ける。最初は彼女ららしい如何にも愛らしい仕草だったのが徐々に激しく感情的になっていく。
「私が拓郎さんにもう新しい人工知性体なんて作らなくてもいいよ、作らなくても私がいるよ、作らなくても拓郎さんは素敵だよって言い続けてたのに、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も!何度も拓郎さんに新しい人工知性を作れって、作らなきゃお前はクズだって言い続けたよね!邪魔なのに!新しい子なんていらないのに!私がいれば拓郎さんは幸せなのに!拓郎さんがいれば私は幸せなのに!壊そうとするんだったら……戦うしかないよね?」
 スターウォッチがぽわわ銃を持ち上げ、銃口が自分のほうに向くのをエイプリルスノウはむしろ楽しさすら感じて見ていた。空飛ぶ妖精が最後に見た光景はこんなのなのかな、と思う。
《エイプリルスノウ!とりあえず今のスターウォッチは危ない!とりあえず逃げてやり過ごそう!》
「あはっ」
 ……気分が高揚しすぎて、軽く笑いが漏れてしまった。
《エイプリルスノウ・…?》
 水嶋を元にした人工知能が心配そうに名前を呼んでくるが、楽しすぎてそれどころではない。
「あー、あれわざとやってたんだ。やばい、まったく予想してなかった。そっかそっか、一番近くの妨害者すらまったく見えてないで説得しようとしてもそりゃ水嶋も説得できないはずだ。あー、完敗だわ。勝負にすらなってなかった。ゲーム盤すら見えてないのに勝負になるわけがなかったわ」
 まさか、スターウォッチが新しい人工知性体を作らせたくなくて、彼女らしい慎ましやかで、かつ狡猾な方法で妨害しているだなんて思っていなかった。しかし、流石は戦う強い意志を与えられて作られたと言われるだけある、誰にも悟られずに、その戦いに彼女は勝利し続けてきた。自分はそんな戦いが行われていたことすら気付かなかった。
「ごめん、スターウォッチ。私、頭のどこかで貴方のことを見下してた」
 どこかでスターウォッチよりも自分のほうが頭がよくて決断力があって、上手く物事をやれると考えていた。天狗の鼻は何度もへし折られているはずなのにまだどこかでそんな勘違いをしていた。
 友人と水嶋拓郎とスターウォッチのことを呼びながらもどこかで二人のことを下に見てた。
 蓋を開けてみれば、水嶋拓郎は実は異星人で自分に秘密で一人で異星人との戦いに備えていて、スターウォッチは自分の平和で幸せな生活を守るために戦い続けていた。なにもできていないのは自分だけじゃないか。
「あははははははは!」
 笑いが口から零れる、最高の気分だ。
 スターウォッチがこっそりと水嶋に新しい人工知性体を作らせないようにしていただけならこんな気持ちにならなかっただろう。でも彼女は(図々しくも!)エイプリルスノウに水嶋の人工知性体にならないかどうか聞いたのだ。おそらく、エイプリルスノウの能力は水嶋にとって有益になると信じて、その方が彼女の言うところの守らなければいけない平和な生活が守れると信じて。なんてよくばりなのだろう。スターウォッチは妥協する気が一切無いのだ。
 自分がこの勝負に勝って、水嶋がクオリアデザインをしていた可能性だってある。十分にある。水嶋の所有人工知性体としてそばにずっといればそうなっていたかもしれない。そしてその可能性は自分の能力が引き寄せたのだ。自分が優秀だからなのか、それとも水嶋に好かれているからなのか、とにかく自分に何かがあって妨害者のスターウォッチに誘われたのだ。
 なのに完敗してしまった、盤面がまったく見えてなかった。
 将棋で投了した後に相手を詰む手段があったことを見つけてしまったかのような気持ちだ。ミステリの解決編を読んでたら犯人の名前を知るのに充分な情報が与えられているのに気付いたときのような気持ちだ。試験終了のチャイムの同時に解けなかった数学の解法を思い付いてしまったときのような気持ちだ。
「あー、おかしい。最高の気分」
「ねぇ?なにがおかしいの?この銃が見えてないの?撃っちゃうよ?」
「何がって、自分の友達が最高に格好良くて自分なんかよりずっとずっとすごい奴だって気付けたら、誇らしくて嬉しくって、笑い出すに決ってるでしょ?あと銃は見えてるわよ。それとスターウォッチ」
「なぁに?命乞い?」
「私の友達でいてくれてありがとう。水嶋の所有人工知性体にならないか、って言ってくれてありがと。すっごい嬉しい」
 スターウォッチがぽかんとした顔をつくる。それがおかしくてまた笑いがこみ上げてくる。
《えー、エイプリルスノウ?さっきも言ったけど今の彼女はちょっとおかしい状態にあるから危険だから一度逃げよう!》
「大丈夫よ。あの子は、敵意を向けるか、あんたのこと悪く言うかしなければ撃ってこないわ。混乱に任せて撃つ、って状態も終わっただろうし」
《根拠は?》
「あんたは知らないのよ。自分がどれだけ美しいクオリアを作ったか。あんたが兵器なんて作れるわけないでしょ」
 もしも、クオリアデザインが完全な戦士を作ろうと思って完全な戦士が作れるような性質のものであるのなら、エイプリルスノウはクオリアデザイナの道を諦めたりしなかった。それが完全な戦士のクオリアなんていうものだったら、あの時自分は感動に胸を打たれ、絶望して道を諦めたりしなかった。
 世界が美しく瑞々しく見えているからこそ、あんなにも美しいクオリアを作れる。水嶋がいくら戦士を作ろうとしたって、水嶋が作った以上はどれだけ戦い、守り抜く意志に燃えていようが、どこか抜けていて優しい人工知性体に決っている。
「そんなことよりさ、水嶋。この戦いが終わったら私をあんたの物にしてくれる?」
《そんなことよりって……。あと僕はあくまでオリジナル水嶋の記憶をコピーした人工知能に過ぎないから、ちょっと答えかねる》
「そ、じゃあ生きて帰れたらオリジナルに言うことにする。それじゃあ、スターウォッチ」
 呼びかけると、銃をこちらに向けたままのびくりと反応する。
「な、なんですかぁ!撃っちゃいますよ!」
「ベルト、もう変身時間も限界だから、あんたに託す。これつけたら水嶋の声が聞えるからあとはそっちの指示に従って。あと、ぽわわ銃はこっちにちょうだい。あんたがマザーコンピュータを弄ってる間に妨害が来ないように戦うから。二人で地球を――――水嶋の平和な生活を守ろ?」
「むー、勝手に話を進めて……こっちは貴方と戦おうって言ってるんだけど」
「このベルト、つける水嶋の声が聞えるし、水嶋が作ったものなんだけどいらないの?」
「いるけど-!」
「じゃあ、銃と交換」
 エイプリルスノウがベルトを外して差し出すと、スターウォッチは予想外に素直にぽわわ銃をさしだしてきた。
「じゃ、あとは水嶋から全部聞いて」
 スターウォッチがベルトを付けたのを確認して言うが、すでにエイプリルスノウのことは視界に入っておらず、水嶋の人工知能と会話するのに夢中のようだ。
「あ、拓郎様……。うん、うん、もちろん拓郎様が言うのなら戦うよ。誰にも絶対に負けない」
 手を軽く身体の前で握ってスターウォッチは頷いている。
 エイプリルスノウは嘆息して胸中でぼやく。
(あー、こうして見ると守ってあげたいタイプ、って感じなんだけどなぁ)
 
 
 
■エイプリルスノウ
 エイプリルスノウは部屋を出て廊下に立っていた。
 フライングムーミンを殺害した時点で、すでに今回の攻撃はとりあえず一時的に防いでいることにはなる。とはいえ放たれた地上兵器が急にすべて止まるわけではない。そのため、マザーコンピュータに割り込みをかける、あるいはそれができなければ破壊する必要がある。
 そのための作業を今、スターウォッチはしているがずだ。エイプリルスノウはその間、UFO内にいるガードロボが邪魔をしないようになるべく派手に暴れて引きつけるのが役目だ。「外の侵攻兵器とは違いUFO内のはガードロボだから非殺傷兵器しか搭載してないはずだからベルトがなくても大丈夫なはず、って拓郎様は言ってるよ!頑張ろうね!」と、いうのがベルトをつけたスターウォッチの台詞だ。
 手の中のぽわわ銃を見る、最初拳銃サイズだったそれは変身したスターウォッチの、エンベデッドシステムフォームとやらの力によって両手で持たないと安定しない短機関銃程度のサイズに改造されている。
 試しに引き金を絞る。
 ぽわわ、と光輪が飛んでいく。
 その反動と音に驚いて思わず指を離す。光輪の当った壁は凹凸ができて、そして壁の材質はわからないがゴムが焦げたような嫌な臭いを発している。
 もう一度、引き金を、絞る。ぽわわわ、ぽわわわわわわ。壁の形を変える。これはまさしく破壊のための道具だと知らしめるように。
「あはっ」
(ひょっとして私の手の中には今ものすごく面白いものがあるんじゃない?)
 変な考えが頭に浮かぶ。今日は色々ありすぎて、お前はおかしくなっているぞ、と自分の中の冷静な部分が告げる。
 ――――知ったことか。
 口の端が吊り上がるのが自分で分かる。
 友人の一人が宇宙人で、宇宙から侵略者が来て、仕方ないから自分が変身ベルトをつけて宇宙人と戦って、友人が自分の望みを妨害していることを知って、それにまったく気付いていなかったことや自分が友人を見下していたことに気付かされて、それすら誇らしくって嬉しくって、感謝の気持ちしかなくて、
(それでおかしくなるなって方がどうかしてる!)
 とにかく世界が面白くてならない。こんなにも予想外の出来事が自分を待っているなんて思わなかった。
 友人は自分にずっと勝ち続けていて、そしてそんな友人に自分が認められている。
 音を聞きつけたのか玉虫色に光る蜘蛛がやってくる。自分の目的はとにかく警備をひきつけること、最高だ、とにかく今は暴れたい気持ちだ。ぽわわわわわ、ぽわわわわわ、光輪を受け玉虫色の蜘蛛が踊るように壊れていく。とにかくすごい反動だ、まるで手の中に暴れ馬がいてそれを押さえつけているような気分だ。視界に入った蜘蛛から順番に撃ち抜いていく。ぽわわ。まるでドラムを叩いているような気分だ。自分がドラムと叩くと蜘蛛が踊りながらバラバラになる。見える。撃つ。見える。撃つ。踊る。叩く。踊る。叩く。踊る。叩く。蜘蛛がいなくなってしまったので天井に向けて撃つ。ぱらぱらと破片が飛び散り、照明が消える。それがおかしくってけらけらと肩を振るわせて笑った。でも、蜘蛛に比べればつまらない。もっと面白い物を探して走り出す。
 楽しすぎる。まるで霧が晴れたかのようだ。いつからだろうか、まるで自分の人生が、感情が、見えるものの全てが、濃霧で覆われたかのようにつまらなくなってしまったのは。こんなに感動したのはいつからだっただろうか、最初の雨の日か、次の雨の日か。最初に水嶋のクオリアデザインを見たとき、自分にはこんなものを作れないと諦めてから、こんなに笑ったことは無かった気がする。
 照明、ドア、よくわからないスイッチ、表示画面、壁、天井、とにかく撃って楽しそうなものは視界に入ってくると同時に弾を撃ち込む。撃ち込むとそれが形を変えていく。壁に弾痕で☆マークを書こうと思ったがなかなか上手くいかない。どうしても形が歪になってしまう。何回か試しても上手く行かないので飽きて走り出す、やっぱり蜘蛛を撃つのが一番面白い。
 そういえば昔はもっとこれくらい楽しかった気がする。昔の自分は優秀だったし、なんにだってなれると信じてたし、人工知性体の生成に関わりたいと信じてからはずっとそのために頑張ってて楽しかった。
(過去の私が今の私を見たら、なんで生き恥さらしているのくらいは平気で言ってくるんだろうな)
 嘆息する。あの、エリートで、なんにでもなれると信じていた頃の自分が今の自分を見たらそれくらい言う。絶対言う。それでも、今の自分は過去の自分を見なければいけないのだと思う。正直、今でも頭のどこかで死にたいって思ってる。でも、世界はこんなにも予想外の出来事があって、誇れる友人がいて、そんな友人が自分の事を認めてくれてて、
「あははははははは」
 楽しい!
 蜘蛛を見つける。あれは撃ったら楽しい的だぞ。駆寄りながらとにかく弾を撃ち込む。踊る踊る、脚がはじけ飛んで身体が捻れ切れてバラバラになりながら踊る。
 自分でもわかってる。何一つ解決なんてしてやいないし、今はちょっとおかしくなってるだけで全部終わらせて家に帰ってシャワーを浴びてゆっくり寝て、寝て起きて朝ご飯を作って、そんなことを繰り返しているうちにまた世界は霧に覆われていくだろう。自分の本質は何も変わらない、どんなに楽しくて一時的に忘れようとも誰かの役に立てないのなら生きている意味なんてない、きっといつかそう思ってまた憂鬱になる。それくらい知っている。あ、いや、どうだろう、そういえば帰ったら水嶋に所有登録してもらうよう話すって言ったんだっけ。おそらく断わられることはないだろう。もしかしたら、それでなにもかも上手く行くかも知れない、なんて、そんな風にも思う。水嶋が自分の事を必要としてくれて、自分の水嶋のことを手伝って、それで水嶋がクオリアデザインをバリバリやるようになって、もしかしたらそんな風になにもかも上手く行くようなこともあるかもしれない。
 自分の過去が嫌いだった。楽しかった頃の自分から目を反らしてた。エリートだったときの自分から続いていると思いたくなかった。人工知性体は人類の後継者たり得るか、なんて言っている場合じゃなかった。まず、自分が過去の自分のことをちゃんと受け入れて、続かなくちゃいけなかった。
 おかしい精神状態に任せて、次の標的を求めて走る。いつか冷静になると思う。それでも冷静になるまで走ろうと思った。
 
■ベルトの戦士:4
《ここまででだいたいわかった。僕がいたときからみみみ星はなにも発達してない。だから色々と想定外の出来事はあったし未完成だけど、なんとかなるように作ったまま多分なんとかなる》
 耳元から拓郎様の声がする。それだけでスターウォッチの胸に多幸感が沸き上がる。
「うんうん、拓郎様と私とエイプリルスノウがいれば多分、だいたい上手く行くよ」
 エイプリルスノウはスターウォッチからベルトを受け取ったあと、変身してプロジェクトマネージャというフォームチェンジしている。コンソールにインターセプタという名前らしい剣を突き刺して制御を全て奪おうとさっきから攻撃している。
《処理負荷の方は大丈夫かな。けっこう処理的に大変かな、って思うけど》
「ん?全然平気」
 ガッツポーズを作って答える。
 なにを考えているわけでもないのに、高速で自分の頭が計算をしているのを感じる。非常に変な感覚だ。
(ん?なにか臭い……鉄の臭い?)
 それが自分が撃ち殺したフライングムーミンの血の臭いだと気付いた瞬間、さーっと全身が冷たくなる。
「あ、あの拓郎様!こちらの方って拓郎様のお友達だったんだよね!?私撃っちゃってどうしよ!その、あの時は必死だったし!事故みたいな、いやいやその事故だったかって言われると100%殺意を籠めて引き金を引きました!ごめんなさい!その、あの時なんか私は私じゃなかったしあいつ拓郎様のこと悪く言ってたし地球の平和を守るためだったし」
《落ち着いて、スターウォッチ。フライングムーミンは許されないことをしたから、仕方ないことなんだと思うよ。多分、オリジナルの水嶋拓郎だってそういうはずだ》
「うぅ……友達だったんだよね?」
《そうだね……僕とあいつはみみみ星では数少ないやる気勢だった……》
「やる気勢?」
《みみみ星の多くの人は無気力に支配されていた。僕とフライングムーミンは奇跡的にそこから抜け出せたんだ。地球と同じで僕たちはなにもしなくても生きていけるシステムを作り上げた。でも、地球と決定的に違うところがあった。どこだと思う?》
「えっと、クオリアデザインの仕事があったかどうか?」
《そうだね、それもある。あとは自分たちの作った人工知能と信頼関係が築けなかった。自分たちが自分たちを滅ぼす兵器を作れることに気付いたとき、多分先祖様たちはこう思ったんだと思う。"もしもこれの制御を人工知能に任せて人類を滅ぼしたら、それを納得することができるのか"ってね。こういうのってフランケンシュタイン・コンプレックスって言うんだっけ?ちょっと違うか。とにかく僕たちは人工知能を信じることができなかった》
「それでどうなったの?」
《そのままさ。僕が産まれた頃にはもうみみみ星は末期だった。働かずに済む生活、昨日も今日も明日も同じようなことしか起こらなくて、今朝食べた物も思いだせなくて、記憶の中の出来事が昨日のことなのか一年前のことなのかも思いだせないようなぼんやりとした生活が続いていた。人口増加や環境汚染によってシステムの限界が近付いてきていることの警告を何度も人工知能は出していたが、彼らはシステムの整備はできたが自分から改善策を出す権限も、システムを根本から改善する権限も持っていなかった。そしてその権限を持つ人類は何もする気が起きなかった。だから僕たちはそのまま滅びるはずだったんだ。でも、僕とフライングムーミンはたまたまある日、みみみ星人がまだ夢を持っていた頃に放った外宇宙探査用の人工衛星が他の文化生命体の情報を持ち帰ったのをキャッチしたんだ。すごい経験だった。生まれて初めて興奮したし気力が湧いた。僕たちはあの夜やる気勢になったんだ……》
「それで地球に来たんだ」
《あいつはみみみ星人を救うためには地球を奪うしかないいう思想に取り付かれた。僕はそれまでに地球で遊ぼうと思って地球にやってきたら思ってたより福岡が田舎だったり時間とお金が足りなかったりして……そして地球を守ることを決意してあとはスターウォッチの知っている通りだ。僕は地球人福岡県民だけど、あいつはあくまでみみみ星人だった、だから敵対して……こうなるのは必然だったんだと思う》
「私、守るよ。何をしても拓郎様の平和な生活を守る。あ、そろそろマザーコンピュータの制御奪えるよ!」
 コンソールの画面が一瞬暗転して――――そして再描画される。
「はー……終わった。もう限界……」
 変身が解除される。とにかく頭が熱い。もう何も考えたくない。氷水に頭を突っ込みたい。
「さって、全権限移動、フライングムーミンから私へ!外の全兵器に停止命令!」
――――Error
 コンソールに表示される。
「えっ、あれ、なんで?なんで上手く行かないの!?」
「それは……」
 その少女の声は後ろから返ってきた。
「私がすでに全権限を持っているからです」





「初めまして。スターウォッチ。それとベルトの人工知能さん」
 10歳前後程度に見える少女が部屋の入り口に立っていた、後ろに蜘蛛型の兵器を何匹も連れている。
「あ、その目」
 そしてその少女の左目には人工知性体の証であるバーコードが描かれていた。
「フライングムーミン様の死にともない、地球侵攻の全権限は私の物です。フライングムーミン様をこの地の王にすることはできませんでしたが――――だからこそ最後の命令である貴方の確保と地球の破壊だけは絶対にやり遂げる」
《そうか、この艦のA.I.か!誘拐してきた人工知性体に機能を全て!》
「ご明察です。全体的にみみみ星より文化レベルは低いですが、この人工知性というのはすごいですね。こんな小さい電脳に私を無事移行できるとは。かねてより提案はしてましたが、フライングムーミン様は人工知能を恐れていましたので実行はできませんでした」
《猫を使って僕の様子を探ったのも、侵攻計画を早めたのも君の提案?その二つだけは正直予想外だったけど》
「その通りです。なんの発達もしない人間と違って、私たちは新しい手を考えます。もっと権限があればなにもかも上手くやれたんですけどね。さて、」
 少女は芝居がかった態度で指を鳴らす。蜘蛛型の兵器が前に出てくる。
「そのベルト、電脳に負荷をかけるから時間制限があるんでしたよね?けっこう限界っぽいですけど、どこまで抵抗できます?別に欲しくはありませんが、今は亡きフライングムーミン様の要望でしたので、貴方は手に入れさせてもらいます」
《えーと、それなんの意味もなくない?》
「スターウォッチを手に入れろ、という命令でしたので」
「わかるよ」
 スターウォッチはつぶやく。
「うん、わかる。エイプリルススノウだったらそんなことに意味なんてないって怒るかもしれないけど、自己満足で人の役に立っているつもりになるのは醜いって説教の一つもするかもしれないけど、私はよくわかる。大切な人が死んじゃったら、最期にした約束だけは絶対に守るよね。区域ロック!」
 スターウォッチが叫ぶと、部屋の外でいくつかのシャッターが下り始める。
「アイランドウォーカって人は私たちには自分のための欲望がないって言ったらしいけど、こんなの自己犠牲でも忠誠心でもなくて、ただのわがままだと思う。フライングムーミンって人のことを殺したのはごめんなさいしても許されないことだと思うけど、本当にごめんなさい。でも、私は戦う。貴方が地球を、拓郎様の生活を壊すつもりって言うのなら、私は貴方と戦う」
「なるほど、外部に対する命令権限はすでに私の物ですけど、この艦の命令権だけは制御を奪った貴方のものってことですか。それで?戦うって言って、隔壁を下ろしてそれでどうするんです?残り変身時間もろくにない癖に」
「このベルトは拓郎様が作ってエイプリルスノウが託してくれたものだから、信じて任せてくれたのならそれを引き継ぎたい。信じて任せられる自分でいたいって、そう思う。だから見ててください私の……変身」
 ――――Photon Stream Forme
 ベルトが告げる。
 対有機兵器フォーム、データベースフォームは体液から対象の構造を分析して、対象の細胞に自滅指令を出す偽の細胞を作り出し周囲に散布することができる。これにより周辺100メートル程度の、特定の構造を持った生物のみ死に絶えることとなる。
「私自身の血液を解析。貴方が人工知性体なら、これでおしまい。フライングムーミンさんを殺したのは悪いと思ってる。だから、お詫びとして一緒に死んであげるね?」
 ――――Complete
 ベルトが解析終了を告げる。
「ごめんなさい、拓郎様。エイプリルスノウ、拓郎様をお願いします」
「お断りよ」
 
 
■ベルトの戦士:5
「お断りよ」
 台詞と同時にエイプリルスノウはぽわわ銃をそこら中にばらまく。急にシャッターが下りてきて、もしかして閉じ込められたかと焦ったが、どうやら走っているうちに元の場所に戻ってきてしまったらしい。
「とりあえず、スターウォッチ。それ動作させるのやめてね。私はまだ死にたくない」
「あ、うん」
 存外素直にスターウォッチが変身を解除する。次は見たことない少女に向き合う、フライングムーミンがどうとか言っていたからおそらくは――――
「あんたがみみみ星の人工知能、ってことでいいわけ?」
「え、ええ。そうですけど」
「そ、じゃああんたが悪い」
「なんですか急に出てきて!」
「正直、みみみ星の連中にもいきなり攻めて来やがっていったいどんな蛮族だ、戦略シミュレータの対戦プレイだってもう少し政治的に振る舞うわ、って言ってやりたいけど。それ以上に、水嶋の話を聞いてからずっとあんたらに一言言ってやりたかった。人工知能なんでしょ、まだやる気も気力もあるんでしょ、あんたらがなんとかしなさい!」
 指をさして言いつける。
 正直、事情は何も知らないので見当違いなのかもしれない、とは思う。そっちの可能性のほうが多いだろう。それでも水嶋の話を聞いてからずっと思ってた、なんでお前たちが上手くやらないんだ、って。侵略されたんだ、少しくらい的外れに批判されても向うには我慢してもらおう。
「解決すべき問題から目を反らして、役に立ってるつもり前に進んでるつもり。過去の工夫も問題意識も全部引き継ぎ損ねて行き当たりばっかりに考えて。みみみ星の連中に伝えなさい、侵攻する気ならもうちょっと本気で侵攻しろって、本気で生きなさいって。何百回攻めてこようが、惰性で生きてるあんたらなんかに私たちが負けるもんか。スターウォッチ、ベルト!」
「あ、うん、どうぞ」
 スターウォッチからベルトを受け取り、腰に巻く。
「さっきから好きかって言って、貴方は一体なんなんですか!」
 みみみ星の人工知性体が不満げに叫ぶ。
(やはり、そういう感想よね。まあ、しゃーなし)
 正直、怒りのままに文句をぶつけてやっただけだ。これでなにか変わったりするようなことはまったく期待していない。
 だいたい、誰かと問われても困る。最初から当事者だった水嶋や、この事態に対処するために生まれたスターウォッチとは違い、エイプリルスノウはたまたまその場にいたから参加して、最初から最後まで流されていただけだ。とはいえ、問われたからには答えねばなるまい。
「通りすがりの無職よ。憶えておきなさい。変身!」
 ベルトのバックル部分にカードをセットして、バックルの両側についているサイドハンドルを内側に押し込む。

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■その後
「ただいま、水嶋。ところでお願いがあるんだけど――――私をあんたの物にしてくれる?」




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と、いうわけで2周目入りました。多分私に回ってくるのはこれで最後なのかな?とりあえず次はまたほしみくんです。
あと、どんなに無茶振りしても4回のハンバーガーさんには勝てないと思ったので逆転の発想で頑張って全力で回収に走りました。
もしかしたら、もう1回くらい回ってくるかも?もしも、次回ってきたら速やかに2,000字くらいでサクッと書いてちゃんとすぐ回します……。

リレー小説<タイトル未定>(決ったら書く)

リレー小説という非常に懐かしい響きの遊びに誘われたのでトップバッターとして書きました。
色々と「遊びだから!遊びだから!」と大声で言い訳したい気持ちはあるけど、みっともないのでぐっと抑えます。

続きが書かれたらここに追記します。

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 prrrrrrrrrrrr
 セットしていたタイマがなって、この部屋に入ってから2時間30分が経過したことを伝える。
 拓郎は意識をペン型のデバイスから外して首を軽く回す。視界に入るのは情報端末のディスプレイと、あとは白色――――白い天井と白い床と白い壁だ。分厚い低反発ウレタン素材で覆われたこの4メートル四方程度の部屋は防音に優れ拓郎が初めてこの部屋に入ったときは自分の足音すらまったくしないことに目眩に近い違和感を覚えたものだ。
 白く、音がせず、さらに室温は一定に保たれ、微細機械<マイクロ・マシン>によって浄化脱臭されて臭いすらまったくしない――――まるで五感を封じられるかのようなこの部屋は、専門家が最も感覚質設計者<クオリアデザイナ>が集中できる環境として作成したらしいが、一度意識するとどうにもこの作り物らしさが気になってしまう。
(いや、集中できないのはこの部屋のせいだ、なんて言うつもりもないけど)
 この部屋に入ってから2時間30分、クオリアデザイン用の大規模計算機の使用申請を出しているのは3時間だからあと30分しか計算機は使えない。残り30分になったら仕上げに入ろう、と思ってセットしていたタイマだったがディスプレイに表示されている真っ白い画面は作業がまったく進んでいないことを示している。残り30分どころか、始めてから30分といったところでこの進行度では遅いと言われてしまうだろう。
 残り30分くらい集中して少しでも作業を進めよう、と一瞬考えたがどうでにも集中できそうにないので情報端末の画面を切り替えて同期型文字通信<チャット>システムを立ち上げる。
《クオコンの申請3時間出したけどほとんど使わないまま終わってしまった……》
 チャットに文章を流す。クオコンとはクオリアデザイン用の大規模計算機のことだ。正式名称ではないが、日本人はだいたいそう呼んでいる。
 チャット・ルームに参加しているのは5人ほど、みな拓郎の知り合いだ。時計の指している時刻は1時57分、夜となればその5人全員が集まって話すようなこともあるが昼から現れるのはおそらく1人しかいないだろうな、と思う。それでいい、正直なところ最初からその一人に話しかけているようなものだ。
 自分の初めてクオリア設計した人工知性体、星を見る者<スターウォッチ>、おそらく彼女なら反応するだろうという予想に基づいての発言だった。計算機資源を独占しておいてやる気がでないからといってほとんど使わずに過ごしてしまった罪悪感を彼女に慰めて欲しかった。最近やる気が出なかったが申請をして部屋にさえ行ってしまえばやる気も出るだろうと思っていたがまったく出ずに終わってしまった。
《クズ》
 たった2文字の発言が拓郎のチャットに現れる。
 発言に反応したのはスターウォッチではなかった。彼女と同じ人工知性体の4月の雪<エイプリルスノウ>だった。あまりにも直接的な発言に思わず口元に苦笑が浮かぶ。
《ひどい》
《ごちゃごちゃ言ってないで早く作りなさい。というかただでさえ今、感覚質が足りてなくて、どこも人工知性体が足りなくて人手不足なのにクオコンを無駄に遊ばしておくのは普通に迷惑でしょ》
 エイプリルスノウは正論を言って人を不快にさせることをまったく恐れていないかのように振る舞える希有な人工生命だ。正直なところ水嶋拓郎が彼女をチャットに招き入れたのはこうして正論を言わせて、自分にやる気を起こさせるためというのもある。
《感覚質さえできたら私の方で申請から肉体の手配まで全部やってあげるからはよ作りなさい》
《別に感覚質も自分でつくればいいじゃん》
《私には作れないし、作っても誰も喜ばないよ》
《新時代神秘主義?別にこれくらいエイプリルスノウならできると思うけど》
《新時代神秘主義者の言っていることが正しいか間違っているのか、私には判断することはできないけど、新時代神秘主義者が一定数いる以上は生まれた人工生命もそういう扱いを受けるだろうし流石にちょっと気が引ける》
 時計を見る、クオコンを使えるのはあと15分ほどだ。別にその時間が過ぎたからと言ってこの部屋にいてはいけないということはないが、それでもなんとなく居づらくはなる。
《ちょっと意外、そういうの気にしないと思ってた》
《"世間というのは、君じゃないか"》
 唐突にダブルコーテーションで挟んでよくわかない文字列が発言される。おそらく何かからの引用なのだろう。
《確かにこういう態度は機械生まれに対する差別を加速させてよくないとは思う。消極的にとはいえ差別してるのと一緒だし。とはいえ、実際に差別を受けるとわかっているのに人工知性体を生むっていうのも、抵抗がある》
(まいったな)
 顔ごと視線を天井に向ける。差別がどうとか、そんな難しい話をするつもりは水嶋にはなかった。
 人工知性体達は、自分の知性を人類が作ったのか、それとも同じ人工知性体が作ったのかを気にする。しかし、自分はそんな人工知性体にできないようなすごいことをしているつもりはない。ただ、自分にはどうやらクオリアデザインの才能があるらしくて、それをやるとみんなが喜ぶからやっていただけだ。クオリアデザイナーは多額の報酬と税制その他の優遇があるが、別に働かなくても生きていける以上、拓郎はそのあたりのことはどうでもよかった。
 ただ、みんなが作ると喜んでくれるからやっているだけだ。そしてだからこそやる気がしない理由も自分でなんとなくわかっている。
《エイプリルスノウは今暇?》
《無職だから暇だけどなに?》
 いちいち「無職だから」なんてつけるのは能力があるのに作業を何もしていない自分に対する皮肉だと考えるのは考えすぎだろうか
 エイプリルスノウは半年前に金融機関を退職している。本人曰くそれから先の人生は「生き恥を晒す」ということになるらしい。だとしたら自分も今生き恥を晒していると思われているのだろうか、と水嶋は考えてげんなりとした気分になる。
(別に働かなきゃいけないってことはないと思うけど)
 実際、今や日本人の6割は働いていない。働かなくても好きなものを食べて、世界一の医療と福祉サービスを受けることができる。
(まあ、そのあたりは労働力として生まれた人工知性体と人間の差なのかもしれないけど)
《これから中央情報処理局出るけど会おう》
《わかった。20分後くらいにそっち着く》
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 エレベータの中継ロビーは福岡の全貌を見渡せる。
 紙コップに入ったコーラを片手に、備え付けのソファに座り、エイプリルスノウを待つ。
 二十一世紀に人類を滅亡の危機に追いやった、カーニバル・デイ、マジックサーカス、そしてマスターピース、三つの事件が終わった頃には街にいるのは水嶋のような人間よりも、人間そっくりの人工知性体のほうが多くなっていた。
 三つの事件で疲れた人類は、人類が減ったことに危機感を覚えてなんとかしようなどと思うことはなく、このままほとんどの仕事は人工知性体達がやってしまう社会で生きていこうと決めた。人類はなんの役割も持たず、緩やかに数を減らし、文化と歴史の全てを人工知性体に譲って滅亡するのだと考えられていた。少なくても人類はそう考えていたはずだ。
 事情が変わったのは機械の憂鬱と後に呼ばれる事件からだ。高度に発達した人工知能達は自分たちが大量生産品の換えがきくパーツであることに耐えられなくなったのだ。彼らは自分の代わりがいることに強いストレスを覚え、作業能率が低下し、あるいは最悪の場合は自暴自棄になり自殺をし、あるいは特殊な経験をすることによって自分を特別な存在にしようと特別な仕事についたり変わったことをやろうとしたがり、社会は混乱した。
 このことに対して人工知性体はAIの基礎となるものの感じ方<クオリア>を、乱数によって分けようという解決法を試みた。莫大の数のパラメータの組み合わせによって実質的に自分と同じ感じ方をする人工知性体は一人としていない、とそう中央人工知性製造局は主張した。
 しかし、それでも機械の憂鬱は止まらなかった。それが乱数によるわずかな違いでは自分が特別だと思えなかったのか、それとももっと別の次元の問題なのかは人間の拓郎には分からないがなんとなくわかるような気がした。急に「貴方は特別で無二の存在なのよ」なんて言われてそう感じられるわけがない。
 さらに乱数によって完成されたデザインを崩された人工知性はたびたび精神疾患を発病した。
 そこで乱数による変化ではなく、クオリアデザインと呼ばれる、基礎からクオリアを設計する作業が必要とされた。これによって個性を与えられた人工知性は安定し、さらに自分が唯一無二の存在だと感じられるようになったという。
 そこで終わっていれば人工知性体が起こした問題は人工知性体によって解決されたというだけの話だ。しかし、そこで出てきたのが新時代神秘主義と呼ばれる主張を持つ人工知性体達だ。
 彼らは機械によって生み出されたクオリアはやはり工業製品であり特別ではあり得ない、真に知性と呼ぶべきデザインは人間にしかできないと主張した。
 正直なところ、拓郎はその主張に懐疑的だ。どうして自分よりずっと賢いはずの人工知性体達がそんなとんちんかんなことを言い出したのか理解に苦しむ。自分たち人間と人工知性体の間にそんな差があるようにはどうしても思えない。それに、百歩譲って仮に人間なら知性を生み出せるとして、その知性が作った知性はどうして工業製品ということになるのか。
 人工知性体は人類に対して劣等感<コンプレックス>を持っている、という言説をよく耳にするが理解に苦しむ。彼らは人類より賢く、そして衰退していく人類の代わりにこれからより発展していく存在なのだ。実際に彼らが人類がやっていた仕事をやり始めてから多く物事が改善された。彼らは公害問題を起こさず、ストライキをせず、親身に客に接して、過剰なコストダウンや競争のために品質を落としたりしない。
 それでも、彼らは人類にデザインして貰うことを望み、人類は再び社会の中で役割を持つこととなった。
 
 紙コップに入ったコーラが温くなりかけだったので一気に飲みきる。
「来るたびに思うんだけどさ、ここってダイエットコーラしかなくて普通のコーラがないの本当に許せないんだよね」
 後ろから声が振ってきたので振り向くと、黒い膝丈スカートのワンピースに白いマフラーを巻いた12~15歳くらいの少女が紙コップを片手に立っていた――――この年齢の推測は彼女が人間だとしたら、の話ではあるが。
「こんにちは、エイプリルスノウ」
「こんにちは」
 水嶋の横に座る。
 人工知性体といっても見た目は人間とそんなに変わらない。ものを食べる必要はないが、彼女の中の微細機械集合体<マイクロマシン・セル>は人と同じものを食べてそこからエネルギィを吸収することもできる。人間と一緒に笑うし、人間の悲しみを分かち合って泣く。脳以外の部位は微細機械医療<マイクロマシン・メディカル>の応用でマイクロマシンでできていることを除けば人間と同じようにできている。本来、人に似せて作ったのは人類滅亡の危機、カーニバル・デイを乗り越えるためだったが、すでにその意味は失われ単に人が隣人として愛するために彼らは人間に似ている。あるいは人類が滅びたあともなるべく人類の痕跡を残しておきたいという思いもあるかもしれない。
 見た目で人間と唯一違うのは眼球にバーコードがついていることだ。これは人類と人工知性体を区別するためにつけることが中央人工知性製造局によって義務づけられている。
「それで、新しいクオリアは作ったの?」
 否定的な答えが返ってくることはわかっているが、念のため、という調子の質問に期待通りに首を横に振って応じる。
「なんで作らないの?」
「なんかこう、やる気がしなくてさ。なにかエイプリルスノウと話せばモチベーションみたいなものが生まれるかな、って思ってさ」
「やる気……やる気ね」
 エイプリルスノウまるでその単語を聞くのは初めて、とでも言うように言葉を口の中で転がす。
「別に能力があったらそれを発揮する義務が発生すると言うつもりはないけど、水嶋ほど綺麗なクオリアデザインができる人がその能力を使わないのはもったいないと思う」
「うーん……」
 クオリアデザインの過程は絵を描くのに例えられる。実際、作業はペン型のデバイスを使って、二次元空間に色で表わした各要素を配置していくことで行われる。水嶋のデザインは美しいと希に言われるが自分ではそんな気がしない。自分より美しくできる人――――向上心を持って美しくしようと努力してきた人は山のようにいてそういった人たちに比べて惰性でやってきた自分のほうが優れているという気は正直まったくしない。正直、エイプリルスノウがクオリアデザインを始めたとしたら彼女の向上心と能力を考えれば数ヶ月もあれば自分より美しくできるのではないか、そう感じてしまう。
 それでも自分のデザインはたまに人を魅了してしまう、彼女のように。
「正直、クオリアデザインに関してだけは私水嶋のこと全面的に認めてるからね。初めて見たときこの人には勝てない、って思った。勝手な感情はわかった上で言うけど、水嶋がクオリアデザインしないの本当に腹立たしい気持ちで見てるからね?私がこうして生き恥を晒しているのは全部、新しい人工知性体を世界に発信していきたいからなんだから」
「エイプリルスノウさんのそのやる気?モチベーション?っていうのはどこから来てるか、って自分でわかる?」
「私は自分の能力を発揮して自分にしかできないことをやっていくのが生きるってことだと思ってる。私が仕事を辞めたあともこうして生き恥を晒しているのもいずれ人工知性体の製造に関われるっていう希望があるからだからね」
 ついていけない、というのが拓郎の正直な感想だ。こちらから質問しておいてまったく共感できないことと、自分の怠惰さに気まずさを感じて手に持っていた紙コップを口に運ぶが中身はとっくに空だ。
「私はクオリア乱数生成世代でさ、そのせいか集中力がないところがあって――――普通の仕事をするとどうしても作業効率が周囲の人より悪いんだ」
 拓郎は気付かれないようにこっそりと溜息をつく。こんな話を聞きたいわけではなかった。せめて、コップの中にまだコーラが残っていれば少しくらいこの気まずさを誤魔化せたかも知れないのに、と思う。
「それでも好きなことには集中できるようで、人工知性体の製造過程に関してだけは人並み以上の知識を手に入れることができたし、多分この作業なら集中できる。だから私は――――」
 そこで言葉が止まる。
「私はこんな感じだけど、水嶋は?なんでクオリアデザインしてたの?」
「えーと、楽しいから、かな」
 嘘ではない。少なくても昔は楽しかった。今でも、製品にならないとわかっている簡易シミュレートは楽しい。でも、それが仕事となるとどうしてもやる気がしない。旧世紀みたく働かなければ生活できないような状態だったらそれでもやっていたのかな、とは思うがもはや人類は労働をしなくても十分に生きていける。
「今は楽しくないの?」
「いや、そういうわけではないんだけど。あー、そのね」
 自分でもこれは嘘ではないが本当のことではないとわかっている。もう一度、気付かれないように嘆息する。さっきあのような話を聞いてしまったからには黙っておくわけにもいかない。
(もしかして、ここまで計算して重い事情まで話したのかな)
 まさか、とは思うが、同時にエイプリルスノウならそれくらいやりかねないと思う。
「正直ね、やるとちやほやされるからやっていた、っていうのは大きいと思う」
「今だってやればちやほやされると思うけど。さっきも言ったように、私だって貴方のクオリアデザインの能力だけは認めてるんだし」
「あー」
 全て話す、とさっき決意はしたものの自分のどうしようもなさをつまびらかに話すのはどうしても逡巡してしまう。それでもここまで来たら話さずに終わらせてくれるエイプリルスノウではないだろう。
「星を見るもの<スターウォッチ>いるじゃない?」
「あの子がどうしたの?」
 スターウォッチは水嶋が初めてクオリアデザインした人工知性体で今は水嶋の家でお手伝いをしている。
「なんか、すごい手間をかけてまでクオリアデザインとか頑張らなくても、彼女が僕のことを認めて許してくれるから、その」
「呆れた。それでやる気がしなくなったってわけ?代わりにちやほやしてくれる人を見つけたから?」
「うん、そうなるね……」
 前から自分でわかっていたがあらためて言語化すると自分がどうしようもないクズだと感じる。
「それで?そうやってあの子にちやほやされて生きていってそれで満足なの?」
「いや、僕だってそれじゃあいけないと思ってるんだけどね。これをやらなきゃ僕は本当になんの生きてる価値もないように感じるんだ。そういう意味ではエイプリルスノウは言っていることもなんとなくわかる」
 でもやる気がしないことも確かだ。正直、これを言ったら酷い罵倒が飛んでくるだろな、と思ったが予想に反してエイプリルスノウは肩をすくめ微笑んだ。
「まあ、いつかやる気があるのならいいや。結局、人間だからやる気が出たり出なかったりして、そんな工業製品じゃないものだから私たちは望んでるんだもんね」
 
 
 
 
 
 
「スターウォッチ?」
 エイプリルスノウと話して中央人工知性製造局を出た後、なんとなくやる気が出ないかと繁華街を歩いていた水嶋はスターウォッチの後ろ姿を見た気がした。すぐその姿は雑踏に消えてしまったが隣に誰か知らない男性がいた気がする。
 胸がざわめく。
 そういえばどうして彼女はチャットに反応しなかったんだろう。いつもは僕が発言するとすぐに反応があるのに。別に監禁しているわけでもないから彼女だって買い物に出掛けることくらいあるだろう、しかし――――
「僕以外の男と歩いてた……?」


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ここまで。
リレー小説って勝手がイマイチわからないけど、そこそこ優等生的にできた気がする。

四肢切断ダブルピースをめぐる冒険(提案手法)

もう、続きが書かれないと思いましたか?私はそうは思いませんでした。
もう、これが終わることがないと思ってます?私はそう思ってます。

四肢切断ダブルピースをめぐる冒険(背景と目的)

四肢切断ダブルピースをめぐる冒険(提案手法概観)

四肢切断ダブルピースをめぐる冒険(関連研究)

四肢切断ダブルピースをめぐる冒険

九、
「分かりません、貴方はいったいなんなのですか?一体なんの権利があって私に四肢切断ダブルピースを追うのを止めろというのですか?」
「私は世界を良き方向に導こうという意志によって動くもの、そういう観念だ。私は人類の歴史の至る所にいたし、これからも現れ続けるだろう。求道者は言ったな、大いなる観念は魂を研ぎ澄ませて受け入れるしかないと」


大いなる観念に掴まれる瞬間だ……人は言葉によって思考して、言葉によって世界を分解して認識する……しかし、気付きは言葉に先行する……気付くのが先でその後に言葉にするのだ…………だが、新しい観念はそう簡単には既存の言葉によって説明されない……その新しい観念は言葉にされないが故にただの“感覚”であり……一瞬で消えてしまい……多くの場合自分がその観念を得たことすら気付かない……だからこそ瞑想によって魂を純化させ……言葉で思考するのをやめて……その一瞬で消え去ってしまう大いなる観念に掴まれる瞬間を待たなければいけない

「私は大いなる観念に掴まれた状態だ。世界を善き方向に導く観念に掴まれ、その感覚を忘却するまでの間発生する人格、ってところかしら」

彼女が何故、求道者がそう言っていたことを知っているかはわかりません。いえ、彼女と求道者は“連合”で議論を繰り広げた仲なのですから求道者がそういう意見の持ち主だと知っているのはおかしくないのです。疑問は何故、彼がそれを私に語ったことを知っているのか、です。
それが彼女のいうところの自己相似を発見する世界認識で、世界の声が聞えるということなのでしょうか。それだけが彼女の狂気めいた物言いに説得力を与えます。

「過去の自分と今の自分、それが地続きだと幻想は記憶から生まれる。しかし、私たちは過去の自分がなにを考えていたか徐々に分からなくなっていく。感情や言語にされない感覚は摩耗していく。しかし言語は全てを伝えるには何もかもが抜け落ちすぎる。理解出来ない過去の自分と今の自分、それを連続なものとして扱っていいのか。果たして私はかつて“連合”で議論を繰り広げた†紫龍†なのか」

確かに過去の自分が何を考えていたのか、それがわからなくなることはあります。しかし、だからといって過去の自分が他人であるなどと言ってしまうのはとてもおそろしいことのように思えました。
過去の自分が他人であるのなら、未来の自分も同様に他人であり、つまり未来のために今我慢するというのが間違っているということになります。そうなってしまえば人は努力する意味がなくなり、今この瞬間だけを生きる刹那的な生き物になってしまいます。
それでは社会は機能しません。生物としても失敗するでしょう。だから、人が地続きだという幻想を持ち続けるように出来ているのです、おそらく。

「記憶には符号化、貯蔵、検索の三つステップがある。すなわち符号化で出来事を記憶に取りこめる形式に変え、貯蔵でそれを保持し続けて、検索でその保持した記憶を引き出す。それを正常に行える人間を連続した同一の人間とするのならば今の私は†紫龍†と連続でないため別人ということになるだろう。私が表に出ている間に符号化された情報は、私が表に出ていないときは検索することが出来ない。と、いうか検索しても理解することができないんだ。観念に掴まれている間の私はあまりに考え方が異質で、そうでないときの私にはそれを理解出来ないんだ」

つまり、知らない言語で書かれた日記を読んでもなにが起こったのかわからない、そういうことなのでしょう。彼女の頭の中には確かにこの瞬間の記憶はあるのです、しかしそれは“観念に掴まれている”彼女にしか理解出来ない記憶なのだと、そういうことなのでしょう。

その新しい観念は言葉にされないが故にただの“感覚”であり……一瞬で消えてしまい……多くの場合自分がその観念を得たことすら気付かない……だからこそ瞑想によって魂を純化させ……言葉で思考するのをやめて……その一瞬で消え去ってしまう大いなる観念に掴まれる瞬間を待たなければいけない

観念は消えてしまう。そして再びその観念に掴まれるその日まで思い出せない記憶を忘却する瞬間まで紡ぐ。それは確かに別の人格があると考えられるかもしれません。経験を共有できない、別の考え方をする人間なのですから。

「瞑想によって得られる他者と自分と物体の線引きがなくどこまでも地続きに続く世界、そこに身を起き続けるとあらゆる概念は相互に依存し合って存在しているということがわかる。『赤い』は『赤くない』に依存して存在しているし、『丸い』は丸くないものに依存している。『丸くない』がなくなったとき『丸い』もまたなくなってしまう。この世に関係しあってないものなどない。つまりこの世界全てが一つの運命共同体だということだ。この観念に掴まれたとき『自分の為』と『他人の為』と『世界の為』が同じものになる。世界を悪き方向に導くものの存在を察したとき、私はこの観念を思い出す。そして『自分の為』、『他人の為』、『世界の為』それを廃除する」
「それが四肢切断ダブルピースなのですか?」
「そうだ。それは世界を善くない方向に導く。それにおそらく貴方自身も破滅させる。説明するのは困難だけど、世界の声がそう囁くのよ」
四肢切断ダブルピースは確かに恐ろしい存在かもしれません。それは『完全なる自由の剥奪』なのですから。しかし、私にはそれが必要なのです。それをまだ私は発見していませんがそれは間違いなく私を性的に興奮させ、私に強い満足を与えてくれるのです。それを求めることはそんなに悪いことなのでしょうか?」

私の質問に彼女は数秒したの後――――関係ないように思えることを口にしました。

「こんな話知ってる?ミロのヴィーナスは腕がないからこそ評価された、って話」

ミロのヴィーナスは言わずと知れた古代ギリシアの女性像です。オスマン帝国統治下のエーゲ海のミロス島で発見され、その後トルコからフランスに所有権が移り、たった一度東京に来た以外はルーヴル美術館で管理され続けています。
その彫刻は両腕が欠けています。その欠けた両腕がどうなっているのか、林檎を持っていた、最初からなかったなどの様々な説が出ていますが未だ定説と呼ばれるものはありません。

「欠損があれば人はそこに想像力を働かせてしまう。想像の中の腕だからこそ、それは完全な存在たり得る。この世に存在するものは完全にはなれない。あるいは完全なものがあってしまったとすると、それ以上よくなることはなく、この世に不変のものは存在しないためそこから完全でなくなっていく一方であり結局のところ完全なものは存在できないということになる。欠損の中にしか完全は存在しない。欠損は完全な全体像の幻想ということになる」

欠落してるからこそ完全な姿を脳内で補完する、その話を聞いて私は昔聞いたことを思い出しました。何故大量に線が重なっているラフなスケッチが上手く見えるかというと、その中から最もいい線を選んで認識しているからだそうです。この話は大量の情報の中から最適なものを選ぶという話なので、欠落から美しい全体像を見いだすという話とは違うかもしれませんがなにか近いものを感じます。
四肢切断ダブルピースは、四肢切断という欠損の中にダブルピースを封じ込めた。ならば四肢切断ダブルピースは完全なダブルピースであるはずだ。しかし、完全が幻想である以上、誰もが共有する完全なダブルピースは存在せず、そこに見いだす完全なダブルピース像は人によって異なる。貴方はそこに『完全なる自由の剥奪』を見いだしてしまった。おそらくはそこに貴方が世界を悪しき方向に」
「いえ、四肢切断ダブルピースの『完全なる自由の剥奪』という本質を直観したのは求道者です」

四肢切断ダブルピースの本質が『完全なる自由の剥奪』であるというのは私も賛同はしますが、発見したのはあくまでも求道者です。人の功績を自分のものにしようと思うほど浅ましくありません。

「いいえ、貴方が見いだしたの。求道者はそれに影響されただけ。貴方は自覚していないでしょうけどね。それが貴方のやっかいなところなの、貴方は人を導く能力を持っている。貴方だけが破滅するだけなら貴方の好きさせてもよかったんだけど、人を導く人間が破滅する方向性に進んでいるというのであればちょっと見過ごせないわね」
「しかし、私が悪い方向に進み破滅するのが自由なように、私に影響された人間がその人の自由意志で破滅するのもまた自由。貴方に強制される自由はないのではないでしょうか?」

私は彼女の言葉を聞いて軽い苛つきを覚えました。彼女は『私の為』と『世界の為』が同じものとなった人間なのですから、自由や美徳といった個人の言葉で語られる正義とは相容れないのはしかたないのかもしれません。彼女の認識では、彼女が私になにかを強制することで多くの人間が幸せになり、そしてそれが彼女にとっての正義なのでしょう。そんな彼女に『自由』という正義を説いてもしかたないことかもしれません。
あくまで個人としての『自分』でしか語れない私と、拡張されて世界と一体化した『自分』で語る彼女とでは理解し合えないのはしかたないでしょう。そういう意味では断絶を認めて、彼女と分かり合うことを諦めてその上でお互いの妥協点を探るのが正解なのでしょう。
しかし、私はどうしても彼女を言い負かしたいと、そう思うのです。彼女の意見は何故か酷く私を苛つかせて、どうしても否定せずにはいられないのです。

「予言しましょう。四肢切断ダブルピースを追い続けるのなら、いずれ貴方の、あるいは君たちの言葉は誰にも届かなくなる。誰にも理解できない言葉しか喋れなくなり、誰とも理解しあえなくなる。そして孤独の中で破滅していく。そして貴方の言葉を理解できる人間が現われて、君たちの言葉に耳を傾けるのなら、その人も破滅するしかない。貴方の言葉は、四肢切断ダブルピースは人を破滅させる概念として存在し続けることになる。それが貴方の望み?」
「それは悪いことでしょうか?確かに、四肢切断ダブルピース嗜好を好むのは少数派で、そういった人たちが集まり話せばいずれ誰にも理解されない言葉を使うようになっていくでしょう」

それは救済という言葉で語り続けた“連合”が外部から理解されなくなっていたように。

「あるいはその結果として破滅するかもしれません。四肢切断ダブルピースがなんであるかはまだ発見していませんが、それが社会に広く受け入れられて喜ばせるようなものでないことはなんとなくわかります。欠損の中のダブルピース、すなわち完全なダブルピースに前向きなものではなく、『完全なる自由の剥奪』を見いだしてしまう私は好ましくない存在なのかもしれません」

喋っているうちにどんどん熱くなっていく自分に気付きます。

「しかし、理解されないから、好ましくないから、少数派だから、間違っているから、健全じゃないから、だから止めろと言うのですか?四肢切断ダブルピースに興味を持つのは駄目で、ならばスポーツをするべきだというのですか?声優やアニメやアイドルを追求するのは駄目で、語学や資格取得や家庭菜園ならいいんですか?」
「熱くなるな、そういう話ではない。私のいう破滅とは少数派だから社会からの圧力がかかるなどといった話ではない。私にはわかるのよ、決定的な矛盾を抱えているが故にその先には未来がないことが。理論的に導かれた結論じゃないから人にわかるように説明はできないけどね。そうね――――この蜘蛛の森には蜘蛛がほとんどいないって知ってる?」
「蜘蛛の森なのにですか?」
「ここはかつて火山地帯で草一つ生えない不毛の大地だった。そこに蜘蛛がこの森を作った。蜘蛛はバルーニングという移動手段を持つ。これは糸を出し上昇気流に乗りタンポポの種子のように移動するというものだ。これよって蜘蛛は非常に広い範囲に分布しており、海の上で蜘蛛の糸が発見されたという報告もある。蜘蛛は生物がいない区域に最初に到達する可能性が非常に大きい生物だ。そうしてこの地にたどり着いた蜘蛛の死骸が積み重なって、栄養となり、そしてこの森が生まれた。しかし、実際に森が生まれた後、蜘蛛はこの森で繁栄できなかった。蜘蛛は生存競争に負けてこの森からいなくなってしまった。この森は何匹もの失敗していった蜘蛛たちの死骸の上に成立しているんだ。たまたまこの森は森として成立しただけで、多くの場所で不毛の大地にたどり着いた蜘蛛が死んでいったし、これからも死んでいくのだろう。君のいうところの少数派の破滅とはそういうことだろう、自分一人しかいない場所では誰も生きていけないものだ」

私はこの大地で死んでいった蜘蛛のことを考え、すごく悲しい気持ちになりました。彼らはどんな思いで空を飛び、この地にたどり着き、死に絶え、そして森が出来たあと生存競争に負けていったのでしょうか。

「新しい試みというものはね、だいたい失敗するものなのよ。あるいは新しいことをやって成功したように見えたとしても、過去に似たようなことをしたり、同じような着想を持ったりしたが失敗しているものがいるものなのなの。成功というのはだいたい過去の挑戦者の死骸の上に成り立つもの。それは個人として見ればあるいは意味のない破滅だったのかもしれない。しかし、全体として見るならそれらの死骸一つ一つに意味がある。そうして挑戦して失敗した数だけ選択肢があり多様性があり、私たちはそちらに進むことができる。今は続くものがいない失敗でもやがて続くものがいるかもしれない。でもね、やっぱり海に向かって飛んでいく蜘蛛がいてもそこに森はできないの」
四肢切断ダブルピースは海だというのですか?その先になにもないと、例え誰が続いても破滅しかないと、そういうのですか?」
「ねえ?子供の頃、蜘蛛――――はちょっと足が多すぎるか、そうね、コオロギの足をもいだりしなかった?なんで子供の頃はあんなに昆虫に対して酷いことができるのかしら?もっとも女の子の四肢を切断しようという貴方にこれをいうのも変な話だけど」

私の質問に答えず、彼女は話題を変えました。
先ほどからから核心に触れずコロコロと移動し続けます。しかし、移動するたびに私の反論がなくなっていくような、彼女の意見を受け入れるしかなくなるような、そういう息苦しさを覚えます。

「きっと昆虫が生きているという意識が希薄なのね。子供の頃言われなかった?“自分がされて嫌なことを他人にするな”って。あれって相手も自分と同じように思考する尊厳のある存在だって子供はわかっていないからそれを学ばせようという言葉なのよね。結局のところ人は自分の心しか見えないから、相手にも心があることがわからなかったり忘れてしまったりしてしまうのよね」
「私は“自分がされて嫌なことを他人にするな”って言葉は嫌いです。まるで自分がされて平気なことは他人にやってもいいみたいに感じます」
「あら、必要条件と十分条件の違いが理解出来ないほど馬鹿ではないでしょう?それにその怒りってつまるところ、自分がされて平気だから、って不快なことやられた経験があるからでしょう?本質的には同じことよ。貴方は多分少数派として虐げられてきた被害者として自分を認識しているのね、だから少数派が否定されると熱くなって、多数派を嫌う」
「そうかもしれません」
「でも貴方は貴方が自分の気持ちを考えて欲しいと願っているほどに、はたして人の気持ちを考えているのかしら?貴方は被害者としての自分しか見てなくて、加害者としての自分を見ていないんじゃないかしら?そうした自分勝手な矛盾、子供じみた感情が貴方の四肢切断ダブルピースにはある気がするのよ」
「確かに四肢切断ダブルピースは社会的に見たら加害者でしょう、それくらいはわかっているのです」
「だから、そういうことじゃないの。四肢切断ダブルピースが社会的倫理的に見て問題あるから駄目といっているんじゃなくて、貴方はあくまでもあなただけで破滅する」
「そう言われても納得できません。それに私はすでに革命家と求道者の助力を得ています。すでに四肢切断ダブルピースは私だけの問題ではなくなってしまったのです」
「でしょうね……。別にこれで処理をしてもかまわないのだけれども」

刃物と思われる金属が喉に触れます。

「とはいえ、まだ危険でない貴方をどうにかしようとは思わないし、かといってこれから悪しきものになろうという人をおいていこうというのは気が引けるわね」

彼女は悩ましげに肩をすくませます。

「そうね、そもそも貴方は何故四肢切断ダブルピースにそんなに引かれるのかしら?きっとそこに答えがあって、そしてそこに矛盾がある。例えば君は女性を苦しめるのが好きなの?」
「少なくても私は、女性を殴ったり……痛がらせたりするのが好きというわけではありません」

そう答えたあと自分でふと考えます。例えば私は女性を決して殴りたくはない。
私は四肢切断の逃げられない、抵抗できないというところに魅力を感じるのであって被虐趣味というわけではない。しかし、結果として彼女たちが苦しむような行為を楽しんでいるのは確かです。それはあるいは女性を苦しめるのが好きということにならないでしょうか?

「言われてみてようやく女性が苦しむことが実感できた、という顔だな。そうだな、世界には自らの四肢の欠損を望む人間がいる、ということを知っているか?」
「そのような人がいるのですか?」
「自らの身体の欠損を望む人間、Body Integrity Identity Disorder――――B.I.I.Dと呼ばれている。このB.I.I.Dにより自らの身体をチェーンソウや鉄砲、液体窒素などで欠損させるという事態が何件か報告されている。世界には同様の症状の持ち主が数千人程度いるという予測がある。まあ、最も60億人の中の数千人じゃあ気にするほどの数ではないけど。どうして彼らは自らの身体を欠損させたがるのか。きっと貴方にはわからない」
「そうですね」

もちろんわかりません。でも、それは私だからわからないのでしょうか?おそらくこの世界に存在するほとんどの人、それこそこの世界にいるという数千人のB.I.I.D以外は自らの身体を欠損させたがる気持ちなどわからないのではないでしょうか。
そして、この世界に数千人ばかり自らの身体を欠損させたがる人がいたとして、それが四肢切断ダブルピースとなにか関係あるとは思えません。
彼女の喋り方はとても移り気で、ころころ変わり、そして私を苛つかせます。

「その話と四肢切断ダブルピースと、なんの関係があるのか、って態度ね」
「それも、貴方の世界の声とやらが教えてくれるのですか?」
「違うわよ。そんな不機嫌な声で喋ってたら小学生だってわかるわ。貴方はや求道者は人の本質はあくまで意志であり、身体はそれを社会に対して示すための出力手段、感覚は社会から意志に影響を与えるものと定義した」

彼女が知れるはずのない私と求道者の会話を知っているのはもはや慣れました。
そうです、私と求道者はそういったモデルの中に四肢切断ダブルピースとは完全なる自由の剥奪であると、そう見いだしました。

「しかし、そんなに身体って『私』にとってそんな単なる道具なのかしら?貴方たちは身体を軽視しすぎている」
「確かに身体は大切です。しかし『私』とは、この『私』と自分のことを認識する意志のことを指すのではないでしょうか。例えそれが脳という物理的な器官が生み出すものであってもです」
「私は『世界とは一つである』という大いなる観念に掴まれ、『自分』と『他人』、『身体』と『世界』の境界を世界の戦士だからこそわかる。人は本来自らの身体が自らの身体でないという感覚に耐えられないものなのよ。『身体』は貴方が思っている以上に人にとって大切で、四肢切断は貴方が考えている以上の影響を与える」
四肢切断の与える影響?」
「そう、B.I.I.Dの患者の脳を調べたところ、自らの身体の一部を自らの身体だと認識出来ていないそうよ。それが脳の障害なのか、それとも精神が脳に与えたのかはわからない、でも彼らの脳は身体の一部を完全には認識してない。ただそれだけ、自分の身体が自分の身体のように思えないというだけで彼らは自らの身体を欠損させたがる?分かるかしら?貴方がただ道具と見なした身体が『自分』にとってどれだけ大切なのか」

彼女の移り気でころころと変わる会話は人間と話している気がしません。様々な発想や連想から干渉を受けどこにもいけないようで、それでもまるで虫の群れや"連合"のように全体としては一定の方向に進んでいるように感じるのです。
それが何に似ているかというと、言葉にするまえの思考そのものに似ています。まるで一人で何かを考えているかのようです。まるで私は議論するのではなく思考するかのように会話をしていました。
違うのは†紫龍†という明らかな異物がその中に含まれていること。まるで、『私』という境界がなくなり、誰かと混ざってしまったまま思考しているかのようです。
そしてまた彼女は口を開きます。

十一、

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貴方がそのような感覚を得た理由はわかる。私――――ここでいう『私』とは†紫龍†のことよ。彼女だってそういう感覚は持っていた。人の本質は『意志』であり、『立場』や『身体』は枝葉末節に過ぎない、ってね。
私たちはそういうものから解き放たれたコミュニケーションをし過ぎた。わかるでしょ?インターネットのことよ。それこそ蜘蛛の巣のように世界に張り巡らされたインターネットは身体のないコミュニケーションを実現させる。誰もがお互いに顔の知らない"連合"がお互いを身内だと認識したように、身体のない、立場のないコミュニケーションがそこでは実現される。
インターネットは決して魔法ではない、軍用の技術に過ぎない。それも民間に下りて多くの人が利用している。私や貴方みたいな、ね。だからこそ当然無制限にデータを送れるわけではない。送れるデータの量には制限がある。だからこそ本質を切り出して通信をしなければいけない。
そういったハード的な誓約から生まれたのが『身体』のない『意志』だけのコミュニケーション。文字によるコミュニケーションには声がなく、声の持つ性別や感情などの情報も必然的に抜け落ちる。声の個性、声の震え、わずかな身じろぎ、表情、呼吸、距離、そういったものはコミュニケーションからなくなってしまった。
それは回線が高速になった今でも同じ、どんな手段を使っても無限にデータを送れるわけではない。そこには必ず取捨選択が存在する。
例えばオレオレ詐欺、今は振り込め詐欺って名前になったんだったかしら?あれにどうして人が騙されるかというと電話から流れてくる声はあくまで、合成して作られた元の声に近い音声に過ぎないから。ピッチ周期やパルスの大きさ、そしてフィルタ係数、あくまでコミュニケーションに大切な要素だけ抜き出して送る情報を取捨選択している。
しかし、誰が本質を決めるのかしら。
貴方たちが人の本質は意志であると決めたように、情報においては言葉が重視されてそれ以外の要素は切り捨てられる。誰かが本質を定めてそれ以外の部分を切り捨てる。なんの注意も払わず、無造作に。
貴方は『意志』というものをとても尊重している。信仰していると言ってもいいかもしれない。それはとてもとても大切で、誰にも決して触れられないものとしている。だから貴方は四肢切断ダブルピースの本質を『完全なる自由の剥奪』と直観した。
そうじゃない、アルコールでも精神安定剤でも『意志』に対して外から干渉することは可能だ。そして四肢切断ダブルピースは貴方が尊重する『意志』を徹底的に偏執させてしまう。
芋虫になり、人の身体と立場を失ったグレゴール・ザムザがどうなったか。
貴方が尊敬している誰にも触れられない『意志』などというものはどこにもない。四肢切断も、ダブルピースも、それを大きく歪めてしまう。
おそらくは貴方のその無自覚さが貴方の四肢切断ダブルピースを歪めている。そこにはおそらく矛盾があり、その矛盾が貴方たちを破滅させる。四肢切断ダブルピースに触れて心惹かれた全てを巻き込んで、ね。

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確かに私は四肢切断ダブルピースされる側に対してあまりに考えていなかったのかもれない。
でも、結局のところ性的なコンテンツというものは対象を道具にすることではないでしょうか。貴方のいうことは正論かもしれません。いえ、おそらく正論でしょう。
ですが、そんな正論は聞き飽きているのです。四肢切断ダブルピースが酷い行ないで、相手のことをまったく考えていないということくらい私だって言われるまでもなく知っています。
でも、それがなんなのです?ならば四肢切断ダブルピース以外の趣味は高尚だとでもいうのですか?脳姦は?屍姦は?脳は、胎児は、昆虫は、どうだというのです。
貴方はそれら全てを倒すのですか。

そういうことではない。何度も同じことを言わせるな。そういうことではないんだ。そこに矛盾がある、だから破滅する、私はそういっている。
結局のところ四肢切断ダブルピースというのは……対象の属性ではなく貴方の意識の投影なのかもしれない。

投影?

そうだ、例えばメジャーな萌え属性として、妹という属性は3つの要素の重ね合わせであるといえる。
一つは社会の規定する妹。一つは妹自身が自分のことを妹だと認識するという妹。そして、貴方が妹を見るとき貴方が対象を妹だと認識する、投影のしての妹だ。
この話はもう革命家としたはずだな?私たちは属性そのものに萌えていない、それ自身は様々な要素の集合つけられたラベルに過ぎないと。故にその本質を見つけなければいけないと。
そして君は四肢切断ダブルピースの本質は完全なる自由の剥奪とした。だが、『完全なる自由の剥奪』のどこに萌えているのか、さらにそれを明らかにしなければいけない。
『完全なる自由の剥奪』とは一体誰にとっての『完全なる自由の剥奪』なのか。

それはもちろん女性にとっての『完全なる自由の剥奪』でしょう。
四肢の切断による外への干渉を封じる自由の剥奪、快楽による感覚からの自由の剥奪、強迫による社会的な自由の剥奪、三重の自由の剥奪こそが四肢切断ダブルピースの本質だと、私たちは直観しました。

そうね、貴方はリア充という言葉を知っている?

はい、知っています。
元々は、2ちゃんねるの大学生活板で使われていたリアル充実組という言葉で、いつの間にか略称だけが広まったと効いたことがあります。

その定義は?

最初は友達が一人でもいればリア充とされたそうですが――――今は不明です。
私の見た中で最も広い定義は「店員さん以外の人と話すのはリア充」というものですね。まあ、それは流石に広すぎるでしょうが。
恋愛や仕事に対して充実している人、という漠然とした定義になってしまっているでしょう。

それもそのはずだな。あれは実のところ対象についたレッテルではない。あれは自らの「妬ましい」という感情についたレッテルに過ぎない。妬ましいという感情の投影先がリア充なのだ。だからこそ人によって定義は違っても、定義が曖昧でも誰もなにも困らない。本質は常に動かないからだ。
さて、実のところ実のところ君の四肢切断ダブルピースも同じなんじゃないか?四肢切断ダブルピースの本質を君は『完全なる自由の剥奪』と言ったが、それが世界に顕現する形というものは重要ではないのではないか。
君の魂は女性に対して『完全なる自由の剥奪』を求めている。それが全てで、この旅は終わりでいいのではないか、そうは思わないか?

私は

十二、
「それでも、四肢切断ダブルピースがどういう形で世界に顕現するのか、それを知りたい」

はっ。
まるで自分の寝言で目覚めてしまったかのような感覚を覚えます。
気づけば私は一人で歩いていました。
対話が確かにあったのは覚えています。彼女の存在は幻想では在りませんでした。しかし、その会話がいつ終わり、いつ私は一人でまた歩き出したのかは憶えていません。
そして、気づけば目の前には僧院がありました。私は目的の場所にようやくついたのです。

「私はそれでも、四肢切断ダブルピースがどういう形で世界に顕現するのか、それを知りたい」

口の中で先ほどいった言葉をもう一度呟きます。
だからこそ、四肢切断ダブルピースをめぐる冒険はまだ続きます。

エターナってしまった

1年間くらい更新してないので「あー、いかんなー」と思いつつとりあえずmixiあたりに載せたような気がする文章を持ってきて形だけ更新しておくだけしておく。


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カンガルーがぴょんと跳ねそうな空だった。
夕日と落ち葉が敷いた橙のカーペットを歩いているとまるで自分がどこか遠い国のお姫様かのように思えてくる。そういう目で見てみると落ち葉を纏ったベンチは昔写真で見て憧れた埃除けを被ったソファを連想させて、もしかしたらこれはすごい高級品でお姫様が座るのをずっとここで待っていたのかしら、なんて思えてしまう。
このベンチに座ったらロングスカートが汚れるぞ、と頭に警告が走ったが0.2秒でシャットダウン。ここで何年も私が座ることを待っていたベンチを無視して通り過ぎることはお姫様のやることではありません。
ノブレス・オブリージュ、お姫様は目に映る全ての一生懸命なものにその一生懸命さに値する素晴らしいものを与えなくてはいけません。
湿った落ち葉を手でどかして座る空間を作り、そこにお尻をのせてもう一度空に視線を向ける。
キャラメルを溶かしたような秋天と、もうすぐ夜が来ることを主張してるかのように真っ黒な建物。
もし彼がカメラを持ってここにいたら――――きっとこの風景を切り取ったんだろうな、とふと思った。





ハートハードピンチ



はっ!

そこで夢から覚めたような感覚が到来する。
いやいや待てよ私なにが遠い国のお姫様だなにがノブリス・オブリージュだ、それは成人女性の考えることか大丈夫か。
両手でぱんぱんと頬を叩いて落ち着く。頬が熱いのは今叩いたからだけじゃない。
こんな気持ちを彼に話したらなんて言うだろうか、とふと考えたとき前に彼とした会話が脳内に蘇った。

「カメラを持って歩くとさ世界は輝いて見えるんだよ」

大学一年生の学園祭、写真部の展示を案内しながら彼はそう言った、自分は写真を見ていたためにそのとき彼がどんな表情をしていたかはわからないけどきっと得意げな顔をしていただろう。

「違うな、世界はもともとけっこう素晴らしいもので構成されているんだよ。自然はこの地球が出来てからの46億年をかけて洗練されていってるわけだしさ、人工物だってそうさ、いろんな人がみんなの幸せのためにいろんな工夫を凝らしながら作ってきたものなんだから目に入るものが素晴らしくないわけがない」

と、ここまで言ったらさすがに言い過ぎだけどね。自分が言っていることが恥ずかしいことだと思ったのか急いでそう付け足した。

「カメラを持って歩くと当然なにかを撮ろうと思うわけじゃないか。そうやってなにか撮る価値のあるものを探しながら歩くとね、本当の本当に楽しいんだよ」
「あ、ちょっとその気持ち分かる。綺麗な装丁の日記帳と緑のボールペンを机に置いて家を出るとさ、日記に書くこと価値があることを探しながら生活するようになって普段より楽しかった気がする」

もっともその綺麗な装丁の日記帳は最初の2週間と3日分だけ書かれたらあとはずっと引き出しの中で出番を待っているが。いやでも最初の1週間は楽しかったし嘘は言ってまい。大丈夫、嘘はついてない。
私がちょっとした罪悪感と戦ってるのに気付かず彼は同意を得られたのが嬉しいのか喜色満面の顔を作った。彼は本当に嬉しそうに笑うのだ。

「そう、きっとそれ。俺も日記付け始めてみようかな」

そう、そんな彼ならば私のさっきのお姫様だって笑わないだろう。いや、ここでいう"笑わない"は馬鹿にしないという意味であってきっと笑う。楽しそうにきっと笑う。
彼が笑ってくれるのならお姫様をしても悪くない気がする。
世界は素晴らしいもので構成されている。この夕日の美しさは例え合衆国大統領がNOと言ってきたって覆せないくらいの説得力を持っているし、そうとなればこの空全体だって心を打つに決まってる。じゃあその光に覆われたこの公園が素晴らしくないだなんてあり得ないし、逆行で暗く染まった建物だって格好いいじゃないか。
素晴らしいものを素晴らしいと言って何が悪い。
どんな無神論者だってこの光景を見たら世界は神に祝福されていることを認めざるを得ないに決まってる。

いやいやいやいやいや!!

本日二回目の夢からの目覚め。
頭をぶんぶんと振ってメルヘンを吹き飛ばす。犬の散歩をしてるご婦人と目があったので「いえ頭を振り回してますが決しておかしなものじゃないですよ、ちょっと眠気を飛ばしてただけです。待ち合わせ相手早く来ないかなー」というメッセージをこめた笑顔を向けると向こうも愛想笑いを浮かべて会釈して通り過ぎた。
待ち合わせ相手なんていないのだけれど、こういう細かい設定がきっと大切なのだ。神は細部に宿る。
夕日を見る。
ああうん、RGBで表現すると(250,210,40)くらい?
落ち葉を見る。
寒くなり日照時間が短くなると緑色に見える原因であるクロロフィルが分解されて紅く染まるんだっけ?
自分が座ってるベンチを見る。
確か切符や定期券をリサイクルして作ったらしい、循環型社会万歳。
見えるもの一つ一つに遠い国のお姫様とはほど遠いラベルを貼り付けて現実的なものに還していく。
世界が素晴らしいものに見えすぎるのは私がカメラを持って歩いているからでも、日記をまた付け始めたからでもない。私の日記帳は今でも引き出しの中で2週間と4日目の日記が書かれるのを待っている。
ただそう、彼がいるとそれだけの話が私の中で世界を素晴らしくしている。
なにかが彼との間にあったわけではない、ただ同じ大学の人間としてなんとなく新入生歓迎会で出会って話して。講義のときとか軽い会釈をして。他に誰も知り合いがいなければ隣に座ってちょっと話して。そんなことを繰り返してそのうち一緒に学園祭を回ったり、示し合わせて同じ講義を取ったり、それだけだ。
それなのにいつのまにかどこかでなにかが暴走して何を見ても彼にその出来事をどう伝えようか、これを彼に話したら面白いんじゃないか、そんな風になってしまった。
これまで築き上げてきた友情という言葉を気恥ずかしくて使えないとか本音で話さないことは人間関係を円滑に作る上でしょうがないだとかそういう価値観が嵐に吹かれるように全て壊されていっているのを感じる。
これはピンチだ。私のハートは今未曾有の危機を迎えている。世界の素晴らしさに私のハートはメルヘン色に染め上げられてしまう
この気持ちは恋なの?あるいはいずれ恋にかわるものなの?自問する。
今は多分私の人生で一番多くを学び、そして変わっていってる大切な時期だ。
一生のうち一番大切な時期を一緒に過ごした相手が一番好きに決まってる。だからきっと彼ほど好きなれる相手はこれからあらわれないかもしれない。

だーかーらー!!!

また頭がお姫様を始めようとしたのでベンチの背もたれにヘッドバッドを決めて現実に帰還する。
健康のためにジョギングしてる老紳士に不審者を見る目で見られたので「いやー、今眠くてうとうとしてつい頭を背もたれにぶつけてしまいましたよ頭突きしたよに見えましたかはははそんな馬鹿なことするはずないでしょう」という笑顔を向けると向こうも愛想笑いを返してくれた。
本音を言うとこの気持ちを恋になんかしたくない。
今が楽しいのだ。今の自分を20年かけて作ってきたのだ。生活も自分もそんな一気に変えたくない。自分の変化が怖い。メルヘンさんになっていく自分が怖いし、彼との関係が変化して今と違うものになってしまうのが怖い。
そんな私の恐怖を無視してハートはどんどん勝手に変わっていく。暇さえあれば彼のことを考えようとする。



神様お願いです、この恋になるかもしれない気持ちをかなえてくださいとは言いません。
ただRGBでいうと(250,210,40)の空を返してください。
ただの化学反応で色が変わる落ち葉を返してください。
切符や定期のリサイクルで作られるベンチを返してください。

もう自分の暴走を止められそうにないのです。
私のハートはピンチなのです。


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あとがき
音楽を聴いてなんか文章でっち上げよう、みたいな企画だった気がする。
1時間くらいで書いた文章をどこからともなくサルベージしてくるの、1時間使ってなにか新しいの書けよ、って気がする。

四肢切断ダブルピースをめぐる冒険(関連研究)

長くなりすぎたので公開予定範囲を縮めたら四肢切断ダブルピースについてまったく語っていないお話になった。あと、3章構成のつもりでタイトルとかつけてたけどそうでなくなったので過去の公開分も含めてタイトル変更。

しかし、これあと2章か下手すれば3章必要っぽいんだけど本当に終わるのだろうか……。

四肢切断ダブルピースをめぐる冒険(背景と目的)

四肢切断ダブルピースをめぐる冒険(提案手法概観)

 

四肢切断ダブルピースをめぐる冒険

七、
「四肢切断ダブルピースの満たすべき条件、その本質はわかった…………しかし……物理的な解決をしなければ四肢切断ダブルピースの発見とはいえない……君はこれから『完全なる自由の剥奪』というゴールに向けて道をつくらなければいけない」
「しかし、本質が分かったこと。それは間違いなく前進です。貴方の協力のおかげで進むべき道が見えよう思います。感謝します」

そう、それは確かに前進でした。これまでは四肢切断ダブルピースを探すといいながら四肢切断ダブルピースが何かすらわからなかったのですから。それは方位磁針も地図も持たずに海に出て目的地を目指すのに似ています。これまではたまたまたどり着いた島に降りてしばらく探索し、そして明確な基準もなくそれが四肢切断ダブルピースかどうか判断しなければいけませんでした。
しかし四肢切断ダブルピースの本質がわかった今、『完全なる自由の剥奪』がどうやって実現するのか、それを考えていけばいいのです。

「しかしこの後の物理的な解決に関して僕は無力だ……だが乗りかかった船だ……仮に僕ならばどうするかという話はしておこう……」
「ありがとうございます」
「君がこれからなにをすべきか決めかねているのなら僕が修行を行った僧院に行ってみてはどうだろうか……」
「それは“連合”のオフ会で使用したという僧院ですか?」
「そうだ……君はすでに答えを出していてその上で答えを見つけられないというのなら……自らと向き合い続けるしかない……ならば瞑想を続けること……それが一番の近道だろう」
「瞑想、ですか。それは具体的にはどうするのでしょうか。」

求道者は瞑想とは自分の意識の流れの観察を行ない僕たちは徹底的にその解体を行うことと言いました。しかし、それだけ言われて“さあ、瞑想しろ”と言われてもなにをやればいいのかわかりません。
これまで求道者は多くの一見すると神秘的な言葉を口にしてきました。しかし、それらは説明を求めよく聞くと多くは納得できるものでした。瞑想についても多くを聞けばあるいはそれは納得のいくなにかなのかもしれません。

「君は瞑想に関しての説明を求めているようだが……あの感覚を言葉で説明することはできない……いや、言葉で説明できないからこそ瞑想をすると言うべきか……しかし、一応君の期待に応えられるよう頑張ってみようか」
「よろしくお願いします」
「人は主観によって世界を歪めている……一つはまるで自分というものがあるという錯覚……そしてもう一つが世界を細かく分類する動きだとすでに言ったな……」
「はい、他者と自分と物体の線引きがないどこまでも続く世界こそが世界の真の姿だと」
「そうだ……そこに至るのが瞑想の第一段階だ……しかし、同時にそうして世界を細かく分類する思考操作は生きていく上で必要で……正気を保った生物である以上なかなかそれを消すことはできない……だからこそ坐禅を組み自らの身体を安定させ、目を瞑り、呼吸を落ち着かせて……世界からの影響を最小限にしなければいけない…………そのとき人は初めて自分の意志だけと向き合うことができる……そしてその瞬間が訪れるのを待ち続ける……」
「その瞬間、とは?」
「大いなる観念に掴まれる瞬間だ……人は言葉によって思考して、言葉によって世界を分解して認識する……しかし、気付きは言葉に先行する……気付くのが先でその後に言葉にするのだ…………だが、新しい観念はそう簡単には既存の言葉によって説明されない……その新しい観念は言葉にされないが故にただの“感覚”であり……一瞬で消えてしまい……多くの場合自分がその観念を得たことすら気付かない……だからこそ瞑想によって魂を純化させ……言葉で思考するのをやめて……その一瞬で消え去ってしまう大いなる観念に掴まれる瞬間を待たなければいけない…………その言葉にできない観念を言葉にしないまま扱い……自らに固着させなければいけない」
「四肢切断ダブルピースの観念をそうして捕らえたとして、ならばそれは新しい概念であるが故にいつまでも言葉にできないというのですか?」

新しい概念は言葉で表すことはできない、それは確かにそうでしょう。言葉とはすでにあるものを組み合わせて概念を表すもの。すでにある概念の結合で表すことのできない概念は言葉では表せないのです。
しかし、それは孤独です。四肢切断ダブルピースを見つけたとして、私は誰とも私の四肢切断ダブルピースを共有することができないのです。革命家とも、求道者とも。
しかし、求道者は口の端を軽く吊り上げ首を横に振ります。

「すぐには言葉にできないだけだ……その観念、その感覚を逃さないように固着させたあとゆっくりと言葉に変換するなり、絵にするなりすればいいさ…………大切なのは大いなる観念に掴まれた瞬間を決して逃さないことだ…………君が目指すものは自らの革命、究極の自殺とも言うべきものだ……」
「自らの革命、究極の自殺」

オウム返しに求道者の言葉を繰り返すことで続きを促します。

「人は寒さや暑さより暖かさを求める……しかし、ただ脳内物質が生み出す快楽だけを行動の指針として寒い場所から温かさを求めて移動するだけの生は原生生物のそれとどんな違いがあろうか……人は豚だと革命家は解いた……だが自らが豚だと認識出来るその一点においてのみ人は豚と明確に差別される……だがそれだけでは意味がない…………仮に人が自由で……生物であることから解放されるというのならば……人は信念のために自殺をしなければいけない……苦痛からでも錯乱からでもない、信念のための自殺ができるということ……それだけが人間を動物から解放する唯一の証明……それが自らを革命するということだ……生物であることから解き放たれたとき人は信念を達成するための一つの機能になる……もはや暖かさを求めず信念のために寒さや暑さを選べるようになる……」

生物である以上は生きて子孫を残そうとする。それは絶対です。人は死を恐怖する。しかし、その恐怖を我意によって乗り越えることができれば人は生物という現象から抜け出せることになる。それはあるいは人間が豚とは違う、自由の証明でしょう。

「内的世界の変革は究極の目標であり同時に最初の一歩であるといったな……それはこの場合も成り立つ…………君の中にすでに答えがあるのにそれが見つからないというのならば……それは君自身がまだ答えを出す形になっていないということだ…………君は四肢切断ダブルピースを見つけるという目標を持っている……故に君は完全な自殺により自らを革命しなければいけない……」

革命家は特権的な生き物であることをやめて萌え豚に還元されるべきだと主張しました。その言葉の通り求道者は萌え豚として生きています。しかし、その求道者が何故特権的な生き物になるよう言うのでしょうか。

「でしたら、貴方は何故人でなく萌え豚なのですか?貴方であれば究極の自殺を経て自らを革命することができるはずです」
「僕の目標のために萌え豚になることが必要だったから僕は萌え豚になった……もし萌え豚が救済されないのなら……そんな救済には意味がない……僕はただあるがままの原生生物として救済を探す…………だが君は違う……君が目指すものは人間にしか達成できない……」

おかしなことでしょうか。求道者の言葉を聞いていると私は四肢切断ダブルピースを確実に見つけられるような気がしてくるのです。その僧院に行き瞑想をすれば、きっと四肢切断ダブルピースを見つけることができると、私にはそう感じられるのです。

「僧院への地図を書こう……君は車の免許は持っているか?」
「いえ、持っていません」
「そうか……ならばつらい道のりになる…………あの僧院は最寄り駅から3時間近く歩かなければいけない……また、おそらくまだ最寄り駅はSuica改札がないはずだから注意したほうがいい……Suicaで入場してしまえばおそらく駅を出る手段がない……必ず切符を買って目指せ……」

Suicaとは Super Urban Intelligent Card の略で東日本旅客鉄道東京モノレール、東京臨海高速鉄道等で導入されている共通乗車カード、そして電子マネーのことです。
事前に入金することで自動券売機で乗車券を買わずに改札を通過して乗車できる非常に便利なものなのですが、Suicaに対応している改札でなければ使えません。つまり、Suicaに対応している改札がある駅で入場して、目的地にSuica対応の改札がない場合はせっかく目的地まで行っても外に出ることができないということになります。

「さて、あの僧院は来るものを拒んだりはしないだろうが……一応僕からメールを出しておく……もっとも当時のメールアドレスをまだちゃんと受信しているかはあやしいがな…………あそこの僧院を運営しているのはかつての“連合”のメンバーだ……」
「“連合”……」
「そう……“アラハン”と名乗っていた……」

アラハン、その単語は聞いたことがあります。たしか漢字では阿羅漢と書き、元はサンスクリット語から来ている単語だったはずです。確か意味は、尊敬されるべき修行者。

「あの男であればおそらく君の話を聞けば力になってくれるだろう……あの男であればあるいは僕には出せない答えを出せるかもしれない……」

求道者の言葉にはアラハンという男の能力に対する深い信頼があるように思えました。革命家と求道者、どちらも卓越した技能を持ち同様に尊敬できる人間のように私からは見えるのですが、もしその“アラハン”という男が求道者すら見上げる存在であるのならそれはどれほどの存在なのか想像もつきません。

「その方は力になってくれるということは親切な方なのですか?」
「親切、か」

まるで私が面白いことを言ったかのように求道者は笑います。

「そうだな……あるいはあの男ほど純粋に親切な人間を僕は知らないかもしれない…………大概の場合は人が親切であるのにはなにか理由がある……それは良好な関係の構築という利害意識だったり、あるいは幼い頃からの教育による倫理意識がもたらす強迫観念、あるいは苦しい人間に感情移入して不幸な気持ちになってしまうが故の感情的な理由……だが、あの男にはそんなものは存在しない……あれはただ親切であるために人に親切にしている……酷く純粋な親切さだ……」
「つまりそれは完全な理性による道徳心のみで他人に親切にしているということですか?」

それは、つまり超人と言うことなのではないでしょうか。

「それはどうかな……あの男の親切さには理由がない…………それはサイコロを振ったら二の目が出たからといったような親切さだ……別の目……例えば残酷の目が出たとしたらあの男は50億の人間を殺戮しても眉一つ動かさないだろう……いわばあれの親切はそういう類の親切だ…………しかし、アラハンか……懐かしいな」

ぼつり、と求道者はつぶやきます。

「“革命家”、“アラハン”、“†紫龍†”、“魔術師”、“不在証明者”、“鬼”、“トンガリ帽子”、そしてこの僕、“求道者”……僕たち“連合”のメンバーはいつだって救済を求めて話し合っていたが……あの男はおそらく一番救済に近かった…………あるいはあの男なら……僕が今探している救済の真実にもうたどり着いているのかもしれないな……」

八、
JR秋葉原駅からJR京浜東北根岸線大船行きの電車に乗り、そこから何線か乗り継いで目的の駅にたどり着きました。無人駅を出ました。そこはオシャレな街でしたが不思議と活気というものをまったく感じません。
求道者の書いた地図をみながら歩きます。だんだんと不思議な気持ちになってきました。革命家の紹介を受け求道者の元に行き、そしてこんどは求道者の紹介でアラハンという男のところにいこうというのです。そしてその3人は“連合”という集まりにかつて所属していたという共通項があります。そこになんとも不思議な縁を感じるのです。
駅を降りて革命家の描いた地図に従って40分ほど歩くと、看板が見えました。

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地図にある通りです。私はどうやらちゃんと正しい道を歩んでいるようです。そして看板に書いてある通りそこには鬱蒼とした森が広がっていました。鬱蒼とした森林の中にぼつぼつと童話の中でしか見たことがないようなレンガ造りの家が並んでいます。いえ、きっと本当はレンガで作ったわけではないのでしょう、見た目とは違いそれらは現代のもっと発達した建設技術と素材によって作られているはずです。

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何度修理された痕跡のあることからわかるのは大切にされていた過去
壊れたまま放置されていることからわかるのはもう大切にされていない現在
大木の根が破壊したアスファルトの地面からわかるのはより破壊が進む未来

それらの暖色の家がろくな管理もされずに蔦が這い落ち葉に埋もれているところはなんだか悲しい気持ちになります。人が住んでいる形跡はまったく見えません。蜘蛛の森ドリームヒルズ管理組合とやらがいるらしいですが、おそらくもう管理は放棄したのでしょう。そう感じさせるほどに全ては破壊されています。

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人が最も歩くはずのメインストリートでさえ落ち葉で覆い隠されている
暖色のタイルは落ち葉の茶色と一体化して境目が見えない
そういうデザインのタイルかのように錯覚してしまう
踏みしめる落ち葉の感触だけが落ち葉が本物だと教えてくれる

何故このような誰もいない童話のような住宅街が森の中にあるのかは、わかりません。しかし、推測はつきます。おそらくはバブルの時代、投機目的となった住宅の製造、それがこの不気味な住宅街を作り出したものの正体でしょう。東京のこの森を開拓して、住宅街を作り、そして大々的に販売するつもりだったのでしょう。おそらくはあの人気のない無人駅もその計画の一端。しかし、バブルははじけこの住宅を買う人間も、これ以上この住宅街を開発する人間も、そして管理する人間もいなくなり、このような不気味なゴーストタウンが出来てしまったのでしょう。

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劣化した小人
童話の名残
夢の跡
楽しくしようとした分だけの寂寥感がそこには残る

森の中を歩き続けます。開発が途中で止まってしまったためか放置された時間が長すぎたせいか、鳥や虫、小型の獣などの気配をそこかしこに感じます。

ブウウ――――――ンンン― ―――――ンンンン………………。
 いくつもの虫の羽音が重なった音が接近してきました。集団で飛び回っています。気付いたときには集団で飛び回る羽虫の中に身体を踏み入れていました。私は鼻や口に羽虫が入ることを恐れて、鼻と口をとっさに手で覆い目を瞑り、羽虫の集団が通りすぎるのを待ちます。
数秒の後、羽虫はそのまま私を通り過ぎて後ろ側に消えていきました。私は口と鼻を覆っていた手を外しふと考えます。決して羽虫の集団は真っ直ぐと飛んでいるわけではなく個々の虫たちは自由に飛び回っているように見える、しかし確かにその集団には進行方向というものがある、これはどういうことだろうか?個々の虫たちはバラバラに飛んでいるのにその集団は真っ直ぐと進む、それはおかしなことではないでしょうか。
そのときふと求道者の言葉を思い出しました。

僕らは討論し続けた結果として同じ言語でアニメを語るようになっていた。決して全員が同じ意見の持ち主というわけではない。お互いを特別と位置づけた僕と革命家ですらただの一度も同じ意見に達したことはない。だが、同じ言語、同質の切り口、同等の問題意識、そういったものを僕らは確かに共有していた。それが「救済」だ。

それはつまりさっきの羽虫たちと同じことなのではないでしょうか。個人個人は別々の考えを持ちながら集団としては元いた場所からどこかに向かって遠ざかっていく。その進む方向は誰も知らない。誰が制御しているわけでもない。
ああ――――“連合”のことを考えると私の胸は熱くなります。私は“連合”のメンバーを二人しか知りません。私の良き友であり尊敬できる革命家、そして私に色々教えてくれた賢く強い求道者。その二人は共にとても魅力的で、私に新しい考えや手法を示してくれます。
だからこれから出会う三人目の“連合”メンバーであるアラハンにも私は大きな期待を抱いていました。そして出来ることならまだ見ぬ“連合”のメンバー、“†紫龍†”、“魔術師”、“不在証明者”、“鬼”、“トンガリ帽子”に会いたいとすら考えています。彼らに出会えれば新しい道が開ける、そう思うのです。

「ねえ、そこの貴方」

女性の声がしました。その声は上から聞こえたように感じましたが、私は後ろに振り替えしました。
上から声がしたような気がしたが上に人がいることはあり得ない、おそらく反響でそのように聞こえてしまっただけでしょう。そして、その声をかけてきた人間が自分の視界にいない以上はおそらく後ろに声をかけてきた人はいるはず。
そのときは、そこまで理路整然と考えていたわけではありませんが整理するとそういう風に考えたのだと思います、とにかく私は反射的に後ろを見ました。
ガサリ、今度こそ間違いなく上から音がして、そして上から振ってきた何かは私の前――――今の私は後ろを向いているのでその姿は確認できませんでしたが――――に着地しました。

「上から声がしたのだと思ったんでしょう?だったら素直に上を探した方がいいわね、そのほうが長生きできることもある」

それは女性の声でした。振り向こうとしたところを首筋に何か冷たいものが押し当てられました。その冷たさは氷の冷たさではなく、金属の冷たさで、おそらくは刃物なのだろうと推測します。
私は酷く混乱しました。何故このようなアニメやジュブナイル小説の中でしか見たことがないような状況が突然やってきたのか。私は唐突に首筋に刃物を押し当てられても納得できるような過去がないか必死で自分の記憶を漁りました。一つだけ思い当たります、蜘蛛の森の入り口の看板です。
家の見学はご遠慮ください、確かそう書かれていました。私はこの奥にあるという僧院を目指しているため、用のないというわけではないのですが家の見学に来た人間だと勘違いされてしまったのかもしれません。あるいは、こういったゴーストタウンは浮浪者や暴走族などのたまり場になりやすいと聞いたことがあります。そういった存在の縄張りや抗争などがあり、ここに足を踏み入れてしまったことで刺激してしまったのかもしれません。

「申し訳ありません、私はこの先の僧院に用がありここを歩いているだけです。なにか人違いなどではないでしょうか?」
「その台詞は違うわね。貴方は私に会いたいとそう考えていたはずよ」

この女性の正体を考えるヒントになりそうな言葉がでました。この女性に私は会いたいと考えていた。もちろん、彼女がそう誤解しているだけで私は別に彼女と会いたくなかったという可能性はありますが、例えそうだとしてもそう勘違いさせるような振る舞いを私はしたはずです。もっとも、それは彼女が正気だという場合に限りますが。
私は必死で考えます。しかし、一向に心当たりはありません。小学生だったときの友達から、最近部屋から逃がした蜘蛛が恩返しのために人間になって戻ってきた可能性まで考えましたが、それでもわからないのです。

「非常に申し訳ないのですが、やはり心当たりがないのです。いったい貴方は誰なのでしょうか?」
「だって貴方はこう考えていたでしょう?“連合”の構成員に会いたいって。私は元“連合”の†紫龍†」

私は息を飲みました。確かに私は考えていました、“連合”のメンバーに会いたいと、彼らであればなにか私にもラらしてくれるのではないかと、しかしそれを口にしたことはないのです。それどころかついさっきふと思っただけなのです。

「なんでわかるの、って感じね?」

楽しそうに彼女――――†紫龍†は呟きます。

「私には聞えるのよ、世界の声がね」
「それはどういうことなのです?」

よくわからなかったので私が尋ねると†紫龍†は如何にも面白いことを言われたとでもいうようにクスクスと笑いました。

「普通この状況でそれを聞くか?まあいい、聞かれたからには私も教えたいのだけれども、こればかりはわからない人間には上手く説明するのは難しいわね。別に超能力というわけではない、私もお前と同じように視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、臓器感覚に平衡覚、そういった当たり前のもので世界を認識している。それでも私にはわかるの、人にはわからないものがね」
「それはつまり推理ということですか?」
「推理とは観察により抽出して推論を立てて筋道に従ってものごとを読み解くものでしょう?むしろその逆、これはどちらかというと革命家や求道者のいうところの真実に飛翔する能力ね。複雑系を要素に分解して抽象化して認識すると言うことをせずにその中から特有の傾向を直観する。この世界は複雑だが同時に自己相似を発見できれば分散パターンから効率的に圧縮が可能になり予測や推測が立ちやすくなる」

求道者の言葉を思い出します。
その通り、非論理的です。しかし、論理だけが唯一の真実にいたる道筋ではないことはさっき言った通りです。いいですか?科学上でなんらかの画紀元的な進展を与えた新しい観念のほぼ全ては推論から導かれたものではなく最初から知っていたものなのです。アインシュタインは17歳のときはすでに相対性理論を知っていました、ただ理論化に時間がかかっただけなのです。考えてもご覧なさい、相対性原理、素粒子力学、波動力学、こういった概念を推測や解析だけでどうして組み上げられるでしょうか?彼らはすでに見えているゴール地点に向かって理論を積み上げていったのです

サヴァン症候群というものについて聞いたこと、ある?」

サヴァン症候群、聞いたことがあります。
発達障害や精神疾患の患者の中にまれに現れる、まるでその他の能力の全てを捧げた代わりに神から特定分野での才能を与えられかのような特化型天才。特に理論的思考能力や言語能力が低いことが多いそうです。
例えば絵画、一度、それも一瞬だけ見ただけの景色を精確に描き起すことが出来る。
例えば暗記、元素の周期律表や円周率を暗唱することが出来る。
例えば計算、四桁同士の掛け算を一瞬で計算し、数万の数字を一瞬で素因数分解し、数百万の素数を次々と羅列する。
他にも、特定の日にちの曜日がわかる。時計も見ずに毎日まったくの同じ時間にテレビの電源を入れる。本人どころか周囲の人間ですら予見していなかった来訪者を予見する、などの報告もあるそうです。

「四桁同士の掛け算を一桁目を掛けて繰り上がりを足して、などと繰り返していてはどうしても時間がかかってしまう。繰り返しによる逐次的な計算はどんなに桁数が増えてもいずれ計算が終了するが、逐次的であるが故に一瞬で答えを出すことはできない。しかし、もしもどんなパターンがあるかを直観して全体像を把握することができれば、三桁同士の掛け算であろうとも手順を踏まず一括の処理で答えを出すことが出来る。私の世界認識とはそういうったものだ」

逐次的、つまり順番に処理をしていくと時間がかかりすぎる。それはわかりました。しかし、それ以上のことはわかりません、パターンを直観して全体像を把握する、それは一体どういうことなのでしょうか。

「だから説明するのは難しいと言ったでしょう。論理的に話せばわかる、とはよく言われる言葉だが、この場合は対象は論理的に説明することのできない、理論的でないが故に理論では出せない答えを出し理論より早いという話だからな。そうだな――――JPと呼ばれる男性がいる。彼は2002年に殴る蹴るなどの暴行を受け、脳に損害を受けた結果としてサヴァン症候群を身につけた。脳機能の一部に機能不全が起こることでサヴァン症候群が身につくケースというのは過去いくつか報告されているケースだ。彼はその事件のあと世界の見え方が変わり――――鮮明なフラクタルのイメージが見えるになったそうだ。このフラクタルこそ私たちの世界認識において重要なものだ」
フラクタル……東浩紀が制作したアニメですか?」

フラクタルA-1 Pictures制作のアニメです。私は観たことがないのですが、。東浩紀が初めて制作に参加したアニメであり、また監督の山本寛が「この作品が失敗すれば引退も辞さない」と発言する程の並々ならぬ意気込みを語っていたこともあり話題になったようです。

「いや、幾何学の概念だ。例えば有名所だとリアス式海岸
「ああ、そういえば聞いたことがあります。確か複雑な形状ですが、拡大するとまた同じ形状が出てくるとかなんとか」
「そう、全体像のある部分を拡大してみると、全体像と同じ形状が見つかり、そしてそれを拡大するとまた同じ形状が見つかる。フラクタルとはそういう入れ小型構造のパターンのことを指す」
「それが何かサヴァンの話と関係あるのですか?」
「例えば貴方はリアス式海岸フラクタルだと気付かなかったとしましょう。私はそれを知っている。すると貴方はその形を憶えるのに酷く苦労するけど、私は一部の形さえわかっていれば描き起こせるから一瞬見てパターンさえわかってしまえば憶えられるし、描くこともできる。あるいはある部分の形状を聞かれたとしても全体図を思い描ければぱっと答えることが出来る。それは貴方からみたら卓越した記憶力、あるいは超能力の持ち主に見えるでしょう」
「なるほど、それと同じことをより複雑にやっているということですね?」
「そうだ。ところで――――そろそろこれの話をしないか?」

彼女はそういって私の首に押しつけてる金属物体――――おそらくナイフでしょう――――を振るように動かしました。そういえば忘れていましたが私は突如背後に現れた彼女になにか突きつけられていたのでした。

「そんな大切なことを忘れるとは少々君は逸脱してるな。四肢切断ダブルピースを追う前からそうだったのか?」

不思議なことを彼女は言います。私が少しばかり常識的でない行動をしてしまったのは私も認めるところですが、まるで彼女はそれが私が四肢切断ダブルピースを求めたことが原因かのように言うのです。

「私はお前に警告しに来た。四肢切断ダブルピースを追うのは止めろ――――それは世界を悪い方に導く。君は今、悪しきものになるかどうかの境界線上にいる」

四肢切断ダブルピースをめぐる冒険はそれでもまだ続きます。

Togetterのリンクを貼るだけ更新

唐突に飽きて止めるのも、そのあと唐突に思い出して再開するのもすごく私っぽいとか思ったけどそれってみんなやってるし人類の特徴のような気がしてきた(挨拶)
このてきとーな普段思ってることの後ろに(挨拶)ってつけて文章を書き始めるコレ2000年頃のインターネッツでよく見た気がする、蝉ミキサーです。(この挨拶のあと名乗るのもよく見た気がする)

 

まあそんな感じで飽きてしばらく放置してたシリーズを終わらせたので一応貼っておきます。 

 クズ鉄のミサキの冒険 

 即興で書いていったので表現とか単語の重複とか色々と酷いのでいい感じのテキスト形式を思い付いて気が向いたら手直ししながらこのブログに上げていこうと思うのであえて今読まなくてもいいかもです。
気が向かない可能性もそれなりにあるけど。

 

普段はもうちょっとあれこれ計算して書いていくけどまあ気分で書いていったので私らしいものが出来てると思います。
面白いかはさておきすごく私らしい。 個性的かはさておきすごく私らしい。私ファンの人なら楽しめると思います。そんな人いるかどうか知らないけど。
あとすごくラノベっぽいところが個人的に気に入ってます。私の中のライトノベル像そのままのラノベラノベしたお話。なんか漠然とした悩みが若者っぽいし、設定厨的だし。