リレー小説<タイトル未定>(決ったら書く)

リレー小説という非常に懐かしい響きの遊びに誘われたのでトップバッターとして書きました。
色々と「遊びだから!遊びだから!」と大声で言い訳したい気持ちはあるけど、みっともないのでぐっと抑えます。

続きが書かれたらここに追記します。

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 prrrrrrrrrrrr
 セットしていたタイマがなって、この部屋に入ってから2時間30分が経過したことを伝える。
 拓郎は意識をペン型のデバイスから外して首を軽く回す。視界に入るのは情報端末のディスプレイと、あとは白色――――白い天井と白い床と白い壁だ。分厚い低反発ウレタン素材で覆われたこの4メートル四方程度の部屋は防音に優れ拓郎が初めてこの部屋に入ったときは自分の足音すらまったくしないことに目眩に近い違和感を覚えたものだ。
 白く、音がせず、さらに室温は一定に保たれ、微細機械<マイクロ・マシン>によって浄化脱臭されて臭いすらまったくしない――――まるで五感を封じられるかのようなこの部屋は、専門家が最も感覚質設計者<クオリアデザイナ>が集中できる環境として作成したらしいが、一度意識するとどうにもこの作り物らしさが気になってしまう。
(いや、集中できないのはこの部屋のせいだ、なんて言うつもりもないけど)
 この部屋に入ってから2時間30分、クオリアデザイン用の大規模計算機の使用申請を出しているのは3時間だからあと30分しか計算機は使えない。残り30分になったら仕上げに入ろう、と思ってセットしていたタイマだったがディスプレイに表示されている真っ白い画面は作業がまったく進んでいないことを示している。残り30分どころか、始めてから30分といったところでこの進行度では遅いと言われてしまうだろう。
 残り30分くらい集中して少しでも作業を進めよう、と一瞬考えたがどうでにも集中できそうにないので情報端末の画面を切り替えて同期型文字通信<チャット>システムを立ち上げる。
《クオコンの申請3時間出したけどほとんど使わないまま終わってしまった……》
 チャットに文章を流す。クオコンとはクオリアデザイン用の大規模計算機のことだ。正式名称ではないが、日本人はだいたいそう呼んでいる。
 チャット・ルームに参加しているのは5人ほど、みな拓郎の知り合いだ。時計の指している時刻は1時57分、夜となればその5人全員が集まって話すようなこともあるが昼から現れるのはおそらく1人しかいないだろうな、と思う。それでいい、正直なところ最初からその一人に話しかけているようなものだ。
 自分の初めてクオリア設計した人工知性体、星を見る者<スターウォッチ>、おそらく彼女なら反応するだろうという予想に基づいての発言だった。計算機資源を独占しておいてやる気がでないからといってほとんど使わずに過ごしてしまった罪悪感を彼女に慰めて欲しかった。最近やる気が出なかったが申請をして部屋にさえ行ってしまえばやる気も出るだろうと思っていたがまったく出ずに終わってしまった。
《クズ》
 たった2文字の発言が拓郎のチャットに現れる。
 発言に反応したのはスターウォッチではなかった。彼女と同じ人工知性体の4月の雪<エイプリルスノウ>だった。あまりにも直接的な発言に思わず口元に苦笑が浮かぶ。
《ひどい》
《ごちゃごちゃ言ってないで早く作りなさい。というかただでさえ今、感覚質が足りてなくて、どこも人工知性体が足りなくて人手不足なのにクオコンを無駄に遊ばしておくのは普通に迷惑でしょ》
 エイプリルスノウは正論を言って人を不快にさせることをまったく恐れていないかのように振る舞える希有な人工生命だ。正直なところ水嶋拓郎が彼女をチャットに招き入れたのはこうして正論を言わせて、自分にやる気を起こさせるためというのもある。
《感覚質さえできたら私の方で申請から肉体の手配まで全部やってあげるからはよ作りなさい》
《別に感覚質も自分でつくればいいじゃん》
《私には作れないし、作っても誰も喜ばないよ》
《新時代神秘主義?別にこれくらいエイプリルスノウならできると思うけど》
《新時代神秘主義者の言っていることが正しいか間違っているのか、私には判断することはできないけど、新時代神秘主義者が一定数いる以上は生まれた人工生命もそういう扱いを受けるだろうし流石にちょっと気が引ける》
 時計を見る、クオコンを使えるのはあと15分ほどだ。別にその時間が過ぎたからと言ってこの部屋にいてはいけないということはないが、それでもなんとなく居づらくはなる。
《ちょっと意外、そういうの気にしないと思ってた》
《"世間というのは、君じゃないか"》
 唐突にダブルコーテーションで挟んでよくわかない文字列が発言される。おそらく何かからの引用なのだろう。
《確かにこういう態度は機械生まれに対する差別を加速させてよくないとは思う。消極的にとはいえ差別してるのと一緒だし。とはいえ、実際に差別を受けるとわかっているのに人工知性体を生むっていうのも、抵抗がある》
(まいったな)
 顔ごと視線を天井に向ける。差別がどうとか、そんな難しい話をするつもりは水嶋にはなかった。
 人工知性体達は、自分の知性を人類が作ったのか、それとも同じ人工知性体が作ったのかを気にする。しかし、自分はそんな人工知性体にできないようなすごいことをしているつもりはない。ただ、自分にはどうやらクオリアデザインの才能があるらしくて、それをやるとみんなが喜ぶからやっていただけだ。クオリアデザイナーは多額の報酬と税制その他の優遇があるが、別に働かなくても生きていける以上、拓郎はそのあたりのことはどうでもよかった。
 ただ、みんなが作ると喜んでくれるからやっているだけだ。そしてだからこそやる気がしない理由も自分でなんとなくわかっている。
《エイプリルスノウは今暇?》
《無職だから暇だけどなに?》
 いちいち「無職だから」なんてつけるのは能力があるのに作業を何もしていない自分に対する皮肉だと考えるのは考えすぎだろうか
 エイプリルスノウは半年前に金融機関を退職している。本人曰くそれから先の人生は「生き恥を晒す」ということになるらしい。だとしたら自分も今生き恥を晒していると思われているのだろうか、と水嶋は考えてげんなりとした気分になる。
(別に働かなきゃいけないってことはないと思うけど)
 実際、今や日本人の6割は働いていない。働かなくても好きなものを食べて、世界一の医療と福祉サービスを受けることができる。
(まあ、そのあたりは労働力として生まれた人工知性体と人間の差なのかもしれないけど)
《これから中央情報処理局出るけど会おう》
《わかった。20分後くらいにそっち着く》
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 エレベータの中継ロビーは福岡の全貌を見渡せる。
 紙コップに入ったコーラを片手に、備え付けのソファに座り、エイプリルスノウを待つ。
 二十一世紀に人類を滅亡の危機に追いやった、カーニバル・デイ、マジックサーカス、そしてマスターピース、三つの事件が終わった頃には街にいるのは水嶋のような人間よりも、人間そっくりの人工知性体のほうが多くなっていた。
 三つの事件で疲れた人類は、人類が減ったことに危機感を覚えてなんとかしようなどと思うことはなく、このままほとんどの仕事は人工知性体達がやってしまう社会で生きていこうと決めた。人類はなんの役割も持たず、緩やかに数を減らし、文化と歴史の全てを人工知性体に譲って滅亡するのだと考えられていた。少なくても人類はそう考えていたはずだ。
 事情が変わったのは機械の憂鬱と後に呼ばれる事件からだ。高度に発達した人工知能達は自分たちが大量生産品の換えがきくパーツであることに耐えられなくなったのだ。彼らは自分の代わりがいることに強いストレスを覚え、作業能率が低下し、あるいは最悪の場合は自暴自棄になり自殺をし、あるいは特殊な経験をすることによって自分を特別な存在にしようと特別な仕事についたり変わったことをやろうとしたがり、社会は混乱した。
 このことに対して人工知性体はAIの基礎となるものの感じ方<クオリア>を、乱数によって分けようという解決法を試みた。莫大の数のパラメータの組み合わせによって実質的に自分と同じ感じ方をする人工知性体は一人としていない、とそう中央人工知性製造局は主張した。
 しかし、それでも機械の憂鬱は止まらなかった。それが乱数によるわずかな違いでは自分が特別だと思えなかったのか、それとももっと別の次元の問題なのかは人間の拓郎には分からないがなんとなくわかるような気がした。急に「貴方は特別で無二の存在なのよ」なんて言われてそう感じられるわけがない。
 さらに乱数によって完成されたデザインを崩された人工知性はたびたび精神疾患を発病した。
 そこで乱数による変化ではなく、クオリアデザインと呼ばれる、基礎からクオリアを設計する作業が必要とされた。これによって個性を与えられた人工知性は安定し、さらに自分が唯一無二の存在だと感じられるようになったという。
 そこで終わっていれば人工知性体が起こした問題は人工知性体によって解決されたというだけの話だ。しかし、そこで出てきたのが新時代神秘主義と呼ばれる主張を持つ人工知性体達だ。
 彼らは機械によって生み出されたクオリアはやはり工業製品であり特別ではあり得ない、真に知性と呼ぶべきデザインは人間にしかできないと主張した。
 正直なところ、拓郎はその主張に懐疑的だ。どうして自分よりずっと賢いはずの人工知性体達がそんなとんちんかんなことを言い出したのか理解に苦しむ。自分たち人間と人工知性体の間にそんな差があるようにはどうしても思えない。それに、百歩譲って仮に人間なら知性を生み出せるとして、その知性が作った知性はどうして工業製品ということになるのか。
 人工知性体は人類に対して劣等感<コンプレックス>を持っている、という言説をよく耳にするが理解に苦しむ。彼らは人類より賢く、そして衰退していく人類の代わりにこれからより発展していく存在なのだ。実際に彼らが人類がやっていた仕事をやり始めてから多く物事が改善された。彼らは公害問題を起こさず、ストライキをせず、親身に客に接して、過剰なコストダウンや競争のために品質を落としたりしない。
 それでも、彼らは人類にデザインして貰うことを望み、人類は再び社会の中で役割を持つこととなった。
 
 紙コップに入ったコーラが温くなりかけだったので一気に飲みきる。
「来るたびに思うんだけどさ、ここってダイエットコーラしかなくて普通のコーラがないの本当に許せないんだよね」
 後ろから声が振ってきたので振り向くと、黒い膝丈スカートのワンピースに白いマフラーを巻いた12~15歳くらいの少女が紙コップを片手に立っていた――――この年齢の推測は彼女が人間だとしたら、の話ではあるが。
「こんにちは、エイプリルスノウ」
「こんにちは」
 水嶋の横に座る。
 人工知性体といっても見た目は人間とそんなに変わらない。ものを食べる必要はないが、彼女の中の微細機械集合体<マイクロマシン・セル>は人と同じものを食べてそこからエネルギィを吸収することもできる。人間と一緒に笑うし、人間の悲しみを分かち合って泣く。脳以外の部位は微細機械医療<マイクロマシン・メディカル>の応用でマイクロマシンでできていることを除けば人間と同じようにできている。本来、人に似せて作ったのは人類滅亡の危機、カーニバル・デイを乗り越えるためだったが、すでにその意味は失われ単に人が隣人として愛するために彼らは人間に似ている。あるいは人類が滅びたあともなるべく人類の痕跡を残しておきたいという思いもあるかもしれない。
 見た目で人間と唯一違うのは眼球にバーコードがついていることだ。これは人類と人工知性体を区別するためにつけることが中央人工知性製造局によって義務づけられている。
「それで、新しいクオリアは作ったの?」
 否定的な答えが返ってくることはわかっているが、念のため、という調子の質問に期待通りに首を横に振って応じる。
「なんで作らないの?」
「なんかこう、やる気がしなくてさ。なにかエイプリルスノウと話せばモチベーションみたいなものが生まれるかな、って思ってさ」
「やる気……やる気ね」
 エイプリルスノウまるでその単語を聞くのは初めて、とでも言うように言葉を口の中で転がす。
「別に能力があったらそれを発揮する義務が発生すると言うつもりはないけど、水嶋ほど綺麗なクオリアデザインができる人がその能力を使わないのはもったいないと思う」
「うーん……」
 クオリアデザインの過程は絵を描くのに例えられる。実際、作業はペン型のデバイスを使って、二次元空間に色で表わした各要素を配置していくことで行われる。水嶋のデザインは美しいと希に言われるが自分ではそんな気がしない。自分より美しくできる人――――向上心を持って美しくしようと努力してきた人は山のようにいてそういった人たちに比べて惰性でやってきた自分のほうが優れているという気は正直まったくしない。正直、エイプリルスノウがクオリアデザインを始めたとしたら彼女の向上心と能力を考えれば数ヶ月もあれば自分より美しくできるのではないか、そう感じてしまう。
 それでも自分のデザインはたまに人を魅了してしまう、彼女のように。
「正直、クオリアデザインに関してだけは私水嶋のこと全面的に認めてるからね。初めて見たときこの人には勝てない、って思った。勝手な感情はわかった上で言うけど、水嶋がクオリアデザインしないの本当に腹立たしい気持ちで見てるからね?私がこうして生き恥を晒しているのは全部、新しい人工知性体を世界に発信していきたいからなんだから」
「エイプリルスノウさんのそのやる気?モチベーション?っていうのはどこから来てるか、って自分でわかる?」
「私は自分の能力を発揮して自分にしかできないことをやっていくのが生きるってことだと思ってる。私が仕事を辞めたあともこうして生き恥を晒しているのもいずれ人工知性体の製造に関われるっていう希望があるからだからね」
 ついていけない、というのが拓郎の正直な感想だ。こちらから質問しておいてまったく共感できないことと、自分の怠惰さに気まずさを感じて手に持っていた紙コップを口に運ぶが中身はとっくに空だ。
「私はクオリア乱数生成世代でさ、そのせいか集中力がないところがあって――――普通の仕事をするとどうしても作業効率が周囲の人より悪いんだ」
 拓郎は気付かれないようにこっそりと溜息をつく。こんな話を聞きたいわけではなかった。せめて、コップの中にまだコーラが残っていれば少しくらいこの気まずさを誤魔化せたかも知れないのに、と思う。
「それでも好きなことには集中できるようで、人工知性体の製造過程に関してだけは人並み以上の知識を手に入れることができたし、多分この作業なら集中できる。だから私は――――」
 そこで言葉が止まる。
「私はこんな感じだけど、水嶋は?なんでクオリアデザインしてたの?」
「えーと、楽しいから、かな」
 嘘ではない。少なくても昔は楽しかった。今でも、製品にならないとわかっている簡易シミュレートは楽しい。でも、それが仕事となるとどうしてもやる気がしない。旧世紀みたく働かなければ生活できないような状態だったらそれでもやっていたのかな、とは思うがもはや人類は労働をしなくても十分に生きていける。
「今は楽しくないの?」
「いや、そういうわけではないんだけど。あー、そのね」
 自分でもこれは嘘ではないが本当のことではないとわかっている。もう一度、気付かれないように嘆息する。さっきあのような話を聞いてしまったからには黙っておくわけにもいかない。
(もしかして、ここまで計算して重い事情まで話したのかな)
 まさか、とは思うが、同時にエイプリルスノウならそれくらいやりかねないと思う。
「正直ね、やるとちやほやされるからやっていた、っていうのは大きいと思う」
「今だってやればちやほやされると思うけど。さっきも言ったように、私だって貴方のクオリアデザインの能力だけは認めてるんだし」
「あー」
 全て話す、とさっき決意はしたものの自分のどうしようもなさをつまびらかに話すのはどうしても逡巡してしまう。それでもここまで来たら話さずに終わらせてくれるエイプリルスノウではないだろう。
「星を見るもの<スターウォッチ>いるじゃない?」
「あの子がどうしたの?」
 スターウォッチは水嶋が初めてクオリアデザインした人工知性体で今は水嶋の家でお手伝いをしている。
「なんか、すごい手間をかけてまでクオリアデザインとか頑張らなくても、彼女が僕のことを認めて許してくれるから、その」
「呆れた。それでやる気がしなくなったってわけ?代わりにちやほやしてくれる人を見つけたから?」
「うん、そうなるね……」
 前から自分でわかっていたがあらためて言語化すると自分がどうしようもないクズだと感じる。
「それで?そうやってあの子にちやほやされて生きていってそれで満足なの?」
「いや、僕だってそれじゃあいけないと思ってるんだけどね。これをやらなきゃ僕は本当になんの生きてる価値もないように感じるんだ。そういう意味ではエイプリルスノウは言っていることもなんとなくわかる」
 でもやる気がしないことも確かだ。正直、これを言ったら酷い罵倒が飛んでくるだろな、と思ったが予想に反してエイプリルスノウは肩をすくめ微笑んだ。
「まあ、いつかやる気があるのならいいや。結局、人間だからやる気が出たり出なかったりして、そんな工業製品じゃないものだから私たちは望んでるんだもんね」
 
 
 
 
 
 
「スターウォッチ?」
 エイプリルスノウと話して中央人工知性製造局を出た後、なんとなくやる気が出ないかと繁華街を歩いていた水嶋はスターウォッチの後ろ姿を見た気がした。すぐその姿は雑踏に消えてしまったが隣に誰か知らない男性がいた気がする。
 胸がざわめく。
 そういえばどうして彼女はチャットに反応しなかったんだろう。いつもは僕が発言するとすぐに反応があるのに。別に監禁しているわけでもないから彼女だって買い物に出掛けることくらいあるだろう、しかし――――
「僕以外の男と歩いてた……?」


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ここまで。
リレー小説って勝手がイマイチわからないけど、そこそこ優等生的にできた気がする。