例のあれの供養みたいなノリの奴改め第7話

なにやら、続きそうな空気があるのでリンクを貼りやすいようにひとまとめにしただけの記事。とはいえ何も新しいこと書かないで更新するのもなんか抵抗あったので蛇足のエイプリルスノウさんの一言コメントを2つだけ追加。ジャンプ漫画が単行本になったときに話の間にちょっとしたラフなイラストみたいなのが描かれることあるじゃん、あのノリ。気になる人は下にざーっとスクロールしたらわかると思います。

ちょっとこの記事長いので、読むときは普通に下記リンクから四分割のものを読んだ方がいいと思います。

過去作へのリンク
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今回のやつの4分割のやつ。
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例の供養の供養みたいなノリの奴・マトメターノ

7-1 「急に小学生になるのやめーや」

 空がある。
 真っ青な昼の空に白と黒の太陽が浮かんでいる。
 この世界には白と黒の二つの太陽があり、夜になると赤と青の二つの月が昇る。
 1日はおよそ1時間――――正確には57分と36秒、地球の25分の1だ――――であり25分もすれば太陽は沈み夜が来るだろう。
 そしてその二つの太陽の下、草原を駆ける二人の人影があった。
 
 
「そういえば今期のアニメってなんか観てる?」
 駆けながら胸に青い鉄鋼板を装備した男は大剣を八相に構える。
 その先にいるのは2メートルほどの巨人である。身体は黒い石でできており、腰に刀を帯びている。
「あ、左側から行く」
 鉄鋼板の男は言葉通り、蛇行して左側から巨人に接近する。
「了解。今期はえー……あれ観てるかな、ほら4コマ雑誌原作の奴、なんだっけ」
 鉄鋼板の男の声に応えた黒い装束に身を包んだ男は短刀を腰だめに構えて右手から巨人に接近する。鉄鋼板の男よりわずかにタイミングを遅らせている。
「あー……あれねー、はいはい。俺観てないけどどうよ」
 鉄鋼板の男の接近に気付いた巨人は身体の向きを変え、鉄鋼板の男を正面に捉える。
 巨人――――ブシドーゴーレムは抜刀術による必殺といっていい威力の初撃を持つが、刀を帯びた左側からの接近に対しては刀を抜くことができない。
 そのため、攻撃対象と認識した際にもしも左側にいたのであればそちらに身体を向けるようにプログラムされている。
 そしてブシドーゴーレムは一定以上近付いた相手を攻撃対象とするため、最初に近付いてきた鉄鋼板の男を攻撃対象とする。
 あと1歩か2歩でブシドーゴーレムの間合いに入るというところで鉄鋼板の男は急制動をかけ停止した。
 すでに何度もブシドーゴーレムと戦い、完全に間合いを見切っているという動きだ。
 迎撃しようとしていたブシドーゴーレムはタイミングを外され動きを止める。
「面白いとかじゃないけどまあ多幸感はあるかな――――っと!」
 黒装束の男は気合いを入れながら腰だめに構えた短刀をブシドーゴーレムに突き入れる。
 側面攻撃に成功し、ブシドーゴーレムが硬直する。
「ふーん、じゃあ観てみようか、な!」
 その隙に鉄鋼板の男は踏み込み剣を叩きつける。
 こうして二人が接近してしまえば腰に刀を帯びている状態のブシドーゴーレムは有効な攻撃手段を持たない。
「もうじきレベル23いくしそしたらイングランド式のガードディヴィジョン装備付けられるようになるから楽しみー」
「あー、なんか赤い奴だっけ?」
「そうそう、もう買ってあるからあとはレベル上げるだけ。2週間くらい買ってから倉庫で寝てた」
「気が早すぎる」
 話ながら二人は交互に手持ちの武器をゴーレムに叩きつける。
 このタイミングをずらし二人で突撃し、片方が側面攻撃で硬直を作り接近戦に持ち込むというのは、 前衛職二人による最もポピュラーなブシドーゴーレム狩りのパターンである。
「あれ、確かデザイナー装備でリアルでも発売だよね。リアルでも着る?」
「あんな派手なのリアルで着れるわけないだろ……。確かあのデザイナー人間だし、もうちょっとリアルで着れそうなデザインの出したら考えるんだけどなー!」
 ダメージが一定を超え、ブシドーゴーレムは光の粒子となって消える。この世界ではモンスターの死体は残らない……もっとも肉というアイテムに変わることはあるが。
「あれ、ひょっとして人工知性体?」
「あー、それ聞くのハラスメント行為だぞー!いけないんだー!GMに通報しちゃおー!」
「急に小学生になるのやめーや!」
 二人は笑いながら次のブシドーゴーレムに狙いを定め駆寄る。走っても息が切れることはないため、普段通りに会話することができる。
 
 この世界の名前はゼル・リドル。ゲーム、バーチャルクエストの舞台であり、ゲームの作り出した仮想空間だ。

study-●バーチャルクエストの概要 その1●-

ねえねえ、エイプリルスノウ。私たちが入ったこのゲームってどんなゲームなの。

えー、このバーチャルクエストはジャンルはいわゆるVRMMO(Virtual Reality Massively Multiplayer Online)と呼ばれるジャンルで直訳すると仮想現実大規模多人数オンラインってところね。
頭に特殊な危惧をつけて脳と電気信号をやりとりすることで感覚を得て仮想空間に本当にいるかのように体験できる技術を使ってみんなで仮想の空間に行って、モンスター倒したりプレイヤー同士で殺し合ったり釣りしたり武器を作ったりプレイヤー同士で殺し合ったりするゲームよ。

なるほどなるほど。あれ、今プレイヤー同士で殺し合うって2回言いませんでした?

さて、元々この仮想現実作ってその中で身体を自由に動かしたりする技術って三十世紀委員会の開発なんだけど、あいつらって特定のスポンサーを付けずに活動するためによく開発技術を商品にしてるけどそのパターンね。ひょっとしたら何らかの実験目的もあったのかも。
そうして三十世紀委員会が作った史上初のVRMMOがこのバーチャルクエストってわけ。史上初だけあってめちゃくちゃ売れたわ。

へー!これ人気のゲームだったんですね。

まあ、史上初だからめちゃくちゃ売れたわけだけど、当然ゲーム会社じゃないんだからそんなゲーム作りのノウハウとかないしゲームの出来は色々と推して知るべしって感じだけど。

えーと……さっきからなんだか言葉の端々から不穏な空気を感じるんだけど……。

さておきまあ、それでも大人気ゲームであることは間違いないし、インターネットでもVC、仮想、火葬、過疎糞、修羅の国オンライン、モヒカンオンライン、ヒャッハー、など様々な愛称で親しまれているわ。

後ろに行くほど正直あまりやりたくならない名前で呼ばれてるような……過疎糞って……。

Virtualを和訳して仮想をさらに略して過疎、クエストを略して糞ってことね。

あ、ただの略称なんだ!

まあ、やってる人がすくなくて過疎化現象が起ってるクソゲーって意味でしょうけど。

だよねー……うん、わかってた。

まあ、いわゆるテキストベースのコミュニケーションだと2,3文字で省略したいし最初はVQって呼ばれてて、
技術を売ってVRMMOが他にも出てくるようになるとVirtualの和訳として仮想って呼ばれるようになったんだけど、人気がなくなってくると火葬とか過疎糞とか呼ばれるようになったってことね。

えー、じゃあその後ろの修羅の国オンライン、モヒカンオンライン、ヒャッハー、っていうのは……まあ、だいたいわかるけど。

まあ、詳しくは後で話すけどこのゲームめちゃくちゃ治安悪いのよね……。


7-2「なんで水嶋はクオリアデザインを学んだの?」

 これは三人がバーチャルクエストにログインする前日の話。
 
 
 ……ん、電気がついてる。
 星を見る物<スター・ウォッチ>は四月の雪<エイプリルスノウ>の部屋から灯が漏れているのに気付いた。現在は深夜2時だ。
 エイプリルスノウと暮らすようになってからそれなりに経つがエイプリルスノウがいつも何時くらいに寝るかそういえば知らない。
 ……ひょっとしてエイプリルスノウいつもこれくらいの時間まで起きてる?
 人工知性体も睡眠は必要とするが、その時間は人間より少ないことが知られている。スターウォッチもいつも水嶋拓生に合わせて6~7時間ほど寝ているが4時間も寝れば本来大丈夫らしい。
 実際、スターウォッチもふと目が覚めて水を飲んだら目が冴えてしまい、もう朝まで眠らなくていいかな、という気持ちになっている。
 ドアをノックする。
「私ー」
「ん、どうぞー」
 声が返ってきたのでエイプリルスノウの部屋に入る。
「なんだか目が冴えちゃって。そしたらエイプリルスノウが起きてたっぽいから」
「私はまだ寝てないからあと1時間くらいで寝ようかなー、って」
 スターウォッチはエイプリルスノウの前髪が変な風に中心に寄っているのを見て、直前までゴムで前髪をまとめていたのを知る。彼女が一人で集中して作業するときは邪魔にならないように前髪をゴムでまとめるのを知っている。
 ……ノックしたのが私じゃなくて拓郎様だったら多分髪をちゃんと梳いてから開けたのかな?
 多分、拓郎は彼女が一人でいるときに前髪をまとめることがあることを知ることはないだろう。それを知れるのは気心の知れた自分の特権だと思うと少し誇らしくなる。
 ふと、エイプリルスノウがディスプレイに表示しているものとその前に広げているノートに気付く。
「また、何かの資格の勉強?」
「ん、まあね。人工知性体関係の資格ってけっこう認可された事務所に所属してないと取れないの多いし、せっかく所属したし取ってこうかな、って」
「毎日これくらいの時間までやってるの」
「そうね、毎日――――は、どうだったかなー。うん、毎日はやってなかったかも、多分」
 その言い方から毎日これくらいの時間までやってたんだな、と悟る。それを途中で誤魔化したのは何を言われるのか察したからだろう。だから期待通り言ってやる。
「もー、駄目だよー。私たちの脳を壊す要因ってわかんないけど、ストレスと睡眠不足だけはほぼ確実って言われてるんだからね」
「うっ……ほらでも」
「でもじゃなくて。ここに着たときに私の方が先輩だから指示に従うって言ったよね?」
「……言いました」
「じゃあ、従ってね。私や拓郎様ほど寝ようとは言わないけど5時間くらいは寝ておかないと」
「はーい」
 エイプリルスノウは怒られた子供のようにしゅんとする。咄嗟に誤魔化そうとした自分を反省しているのだろう。
 エイプリルスノウと暮らすようになってから随分と経つが、前は〝なんでもできるけどたまに一人で悩みすぎる〟くらいに思っていたエイプリルスノウの評価が〝だいたいいつも悩んでるけど色々できる〟くらいになっている。
「あ、さっき言いかけたことだけど。私の脳機能ちょっと回復傾向にあるかも」
「あ、そうなんだ。おめでと」
「もうちょっと経過見ないと確証持てないから言ってなかったけど。レベルDだった注意/集中能力がB+になってた。まだ全然回復してないんだけどさ。あはは」
 まだ全然回復してないのにそんな喜ばせちゃって照れるな、というようにエイプリルスノウは最後に少し困ったように笑った。
 その笑顔を見てスターウォッチは思う。
 ……この人、平均がレベルCだって分かってるんですかねー!
 おそらくエイプリルスノウの中では能力評価とはA-からA+までが並んでいるものでA-を取ってしまったら苦手分野、くらいの認識なのだろう。元エリートと聞いたことがあるしおそらくそういう認識を共有出来る世界で生きていたのだろう。
 ……私が学校に通ってたときはBが出れば得意分野っていう認識だったんだけどなー……。
 一緒に暮らしてて気付いたのはエイプリルスノウの自己評価の低さと、客観的な能力の高さのギャップだ。それも無意識にやっているから時々酷く嫌味になる。
 ……まあ、私も散々やらかしたことなんだけど。
 まさか自分が軍用ロボット並の出力が与えられている特別製だと知らなかったときは、他の人も自分と同じように動けると思って色々と周囲に無茶を言ってしまった。「信号とかあるし1キロくらいなら車より走った方が速いかな」と言ったときの周囲のドン引きした視線を忘れられない。
 エイプリルスノウは「水嶋はめちゃくちゃ才能あるのにやる気がなくてむかつく」みたく言っていたが、まさか自分も同じようなやきもきした気持ちを抱かせているとは知らないだろう。
 そういう意味ではここに住んでる3人は外から見たらナチュラルに高い能力を持った仲間と呼べるかも知れない。うっわ、なんだか嫌な集団だ。
 とはいえ、ひょっとして彼女から自分たち以外の友人の話が出てこないのはそのあたりに原因が悪いんじゃないかと思ってしまう。知らないことをこんなふうに推測するのは申し訳ない気持ちがあるけど、優秀で自尊心も高いいわゆるエリートの中に混ざって「はあ、私は失敗してこんな所にきてしまった」みたいな態度を取って周囲を苛つかせる彼女を想像するとリアルすぎる。
 失礼だと思うが想像がリアルすぎてすごく心配になってくる。どうしよう、すごく心配だ。ひょっとしたらこれは母性と呼ばれる感情かもしれない。
「まあ、ここはやりたいことやれてるしストレスの少ない生活だしね。回復が確定したら回復事例としてちょっと本格的に学校でデータ取ってくるかも。ん、どうしたの?」
「あ、いえ、うん、これかも三人で仲良く頑張っていこうね!」
「あ……うん、頑張ろうね」
 自分が大量生産なことに耐えられなくなった人工知性体が性能が落としたり精神の均衡を崩した事件――――いわゆる機械の憂鬱からもわかるように人工知性体はけっこうストレスに弱くそしてそれが性能に直結している。
 だからこそ人間によるクオリアデザインが必要とされている。自分は拓郎様にデザインされたからストレス耐性は高いはずだ。
 さておきクオリアの乱数生成世代であるエイプリルスノウはただでさえ精神の均衡を崩しやすい。それなのに一人で考え込んで罪悪感を抱える癖がある。
 ……うわぁ。
 どうしよう。すごくエイプリルスノウのこの先が心配だ。
 あ、でも
 ……回復してきてるってことはここは彼女にとって過ごしやすい場所なんだ。
 それはスターウォッチの目指すところであり守るべきだと考えているものだ。
 ……そっか、ちゃんとできてたんだ。
 胸に安堵が広がると同時に、なんとしてでも守らないとという使命感も覚える。
「難しい顔してなにか考えると思ったら急に笑って、なに考えてるの?」
「って、せっかく回復してきてるのに夜更かしばかっりしちゃ駄目だよ!」
「うっ、ごめんって。次から気をつける」
 
 
 
 
「ところでエイプリルスノウってだいたいいつも勉強してるよね?」
 早く会話を切り上げてエイプリルスノウを眠らせないと、とは思うもののいい機会だから普段から気になっていること聞いてみる。
「それってその……」
 ……まだまだ足りない、ってそんな風に思っているからってことだよね。
 エイプリルスノウのクオリアデザインができないという劣等感については分かっているとは言えないけど、それでも知っているつもりだ。それが彼女を鬱々とさせたり攻撃的にさせたりしていた。
 でもその後、それとは別の方法で人工知性体生成に関わって行きたいと思って、そしてそれは今達成されているはずだ。だから気合いを入れて色々と勉強しているという解釈もできるがそれにしてはどこか必死すぎる。
 ……まるで全然足りない物を急いで補おうとしているみたいだ。
 でも、なにがそうさせているのかが分からない。彼女は今、やりたいことができているはずだ。
「ん、この前のみみみ星の一件あったじゃん」
「はい」
 それは何となくこの三ヶ月くらい触れないでいたいた話題だ。あの一件で水嶋拓郎は地球人としてみみみ星の友人を失っており――
 ……そして殺したのは私だ。
 胸が軋む。苦しい。でも間違っていない、私たちの生活を壊しにくるのなら何度でも戦ってやる、とも思う。
「あれから落ち着いてみて、ああ、私はなんの力もないんだな、ってそう思ったの」
「え、あれ、私の記憶だと街を駆け巡って一騎当千の活躍をした後、光線銃片手に大暴れして、最後にはみみみ星に説教までしたと思うんだけど」
「んー、そうじゃなくて。最初はね、水嶋はどうして私に事前になにも言ってくれなかったんだろう、ってそう思ったの」
 それを聞いてスターウォッチの胸に納得の感情が広がる。
「でも、もしも自分は異星人で異星人の侵略に備えて色々と開発している、ってそう言われたとしてさ。私には何もできないじゃん」
 ……エイプリルスノウは自分が足りないから相談されなかったって、そう思ってるんだ。
 だから次は相談されるように、できることを増やしていっているのだろう。相手に相談して欲しかったとは一言も言わず自分の力不足だけ考える、エイプリルスノウらしい考え方だ。
「そんな相談されても正気に戻れって殴るくらいしかできないんじゃん」
「え、あれ?そういう話だったの!?」
「いやまあ、そんな相談を受けたら私はどうするかな、って考えたらやりそうなのはそれかなー、って」
「いやうん、やりそうだけどね……。っていうか相談されなかったっていうと私も何も聞いてなかったんだけど……」
「あんたに正気に戻れって殴られたら死ぬからね」
「拓郎様を殴ったりしないよ!?百歩譲って殴るとしても殺したりしないよ!?」
「冗談よ」
 エイプリルスノウは言ってけらけらと笑う。
「あんたは戦う予定なんだからあんたに話さないのは信頼でしょ。ベルトができてから話しても二つ返事で了承されるだろう、って。私に話さないのは外に置く行為だから全然意味が違うの」
「うーん、話さなかったのにはなにか理由ががあったんじゃない?」
「そうね。水嶋はみみみ星が発展しないのを前提に色々と考えてたから、あんなに早く来るとは思ってなかったんだろうし。ベルトが完成してたらもっと簡単に撃退できたんだろうから私をそこに関わらせる理由はなにもないというのもあるわね。そんな中、正気を疑われて殴られるリスクを負うこともない、ってまあくらいに考えてたんじゃないかしらね」
「あれ!?そこまで考えるなら相談されなかったとか気に病む必要なくない!?あと相談されたら殴るのは当然なんだ……」
 まあそうなんだけど、と言いながらエイプリルスノウは指でとんとんと机を叩いて言いよどむ。
「あのさ――――なんで水嶋はクオリアデザインを学んだの?」
 
 
 
「前にちやほやされるのが楽しくてやってたみたいな話を聞いたことがあるけど、地球に遊びに来た水嶋がそんなことする必要ないと思わない?」
 全部私の妄想でなんの根拠もない話だからそんな真面目に聞かないでね、とエイプリルスノウは前置きをした。
「水嶋はさ、地球の人類も同じように無気力になっていって、それでも人工知性体がいたからなんとか上手く回ってるのを見てさ、最初は自分でも作ろうとしたんじゃないかな、って。でもどこかで諦めた。貴方の製造目的を考えるとその頃にはすでに対みみみ星を考えてたっぽいし貴方が生まれる前ね。でも、私と出会ったときは真面目に学んでたんだからあの時はまだ諦めてなかったのかな、って」
「なるほど」
「つまり、私の振る舞いによっては諦めさせずに済んだ道もあるのかな、って」
「え、まあ、確かに時系列的にはそうだけど……?なんかそれ無茶じゃない?」
「そうね。何が原因で諦めたかもわからないし、当時はあいつの所有機でもなかったし。でも――今は所有機だから、あいつがなにも諦めることのないようにしたい。もしもあいつがみみみ星に戻って人工知性体作りたいって言ったら作りれるようにしたい。あいつが望むこと全てに道を作ってやりたい」
 スターウォッチはついエイプリルスノウの表情を確認する。
 ――照れたように苦笑して誤魔化そうしているが、つまりそれはこんなことを本気で言っているのが恥ずかしいということだ。
 彼女はこの専門化が進んだ分野で、本気で人工知性体を生成するのに必要な知識を全部取得して、さらにその先も必要そうな知識は全部持っておくつもりだ。そのどれほど学ぶことが大量にあるかわからない過程をずっと睡眠時間削って学習し続けるつもりだ。
 ……しかもその結論に行き着くまでの思考が全部自己完結してるよね?相談して欲しかったと言いながら自分は絶対一言たりとも拓郎様には今の話をしてない、自信がある。そりゃ――
「そりゃ病むよ!」
「えっ、え、なに?やむ?ごめん、何が?」
「あのさエイプリルスノウ、ひょっとして今の拓郎様の望み全部叶えたいっていうの、義務くらいに考えてる?〝所有機たるもの所有者の願いは叶えて当然。できなかったら所有機不覚悟で切腹すべし〟くらいの感覚で考えてたりない?」
「えっ、え?……ああ」
 エイプリルスノウは何を聞かれているのかわからないという顔をしていたが、しばらく間を置いて納得したように頷いた。
「いや、今のは私の考えでスターウォッチは別の考えでいいと思うよ。日常を守りたいっていうのは水嶋が与えた感覚だしそれが望まれてるんでしょ。実際今言った水嶋のあれこれは妄想みたいなもんだし」
「そうじゃなくて!〝私が考え過ぎちゃったせいで考えが浅かったんじゃないかみたいな不安を与えちゃったかな〟みたいな気遣いはありがたいし実際ちょっと考えたけど今は私に気遣ってる場合じゃなくて!」
「え、ごめん、なんでそんなエキサイトしてるのかちょっとわからないんだけど……。あと今深夜深夜、水嶋寝てる」
 言われて冷静さを取り戻す。そういえば今は深夜2時くらいだった。
 コホン、と軽く咳払いして落ち着く。
 ……さておき、また回復してきたとはいえこのまま放置してたらまたこの子一人で突き進んでストレス過剰にならないかな……。
 クオリア乱数生成世代で、過剰に責任感が高く、さらに誰にも相談しない性格で、思考が暴走しがちだ。
 ……どうしよう。不発弾って感じだ。
 この生活を守らなきゃ、そう思う。いつだってそう思ってきた。とりあえずまずは彼女が暴走しないようにしないと。
「とりあえず対話しようね対話。今、私たちがこの生活を守るために必要なのは多分対話だから。今度3人で色々と話そう」
「えー、対話が必要っていうのは私も同感だけど、まず手始めに私にその結論に至るまでのもろもろを説明して」
「うん、それも含めて今度ね。とりあえず長々と話しちゃったけど、エイプリルスノウは今すぐ寝ること」
「えー……」
 エイプリルスノウは納得いかなそうな顔を作るが、数秒後には諦めたように苦笑した。
「ま、そうね。おやすみ」
「うん、おやすみなさい」
 
 
 
 挨拶を交わし廊下に出て考える。
 ……でも、拓郎様が色々と諦めたかも、なんて考えたことなかったな。
 かつて志を持ってクオリアデザインについて学び、挫折した経験を持つとしたなら
 ……いつもの〝なんだかやる気がでなくてね〟ってどういう気持ちで言ってたんだろう。
 いつも力なく笑って言っているが言われてみると確かにかつて諦めてしまったことに対する苦々しい気持ちみたいな物を見いだせなくもないかもしれない。
 ……うん、それも今度聞いてみよう。
 そう心に決めて胸の前で両手を握り気合いを入れる。


 結論から言えばそのような話し合いは行われなかった。翌日、みみみ星から届いた小包より三人は史上初の VRMMO, バーチャルクエストに閉じ込められることになる。

study-●バーチャルクエストの概要 その2●-

ねえねえ、エイプリルスノウ。前回バーチャルクエストがけっこう悪く言われてるみたいな話があったけどそんなに悪いゲームだったの?

ん、んー。難しい問いね。ゲーム作成のノウハウが足りないところが作ったから最初色々と酷かった、というのは事実なんだけどちゃんと外部からプロデューサー呼んで色々と改善したしね。それに事実として今でも遊んでる人はいっぱいいるわけだし。

あ、そうなんだ。……え、じゃあなんで過疎糞とか酷いあだ名ついてるの……。

ところどころ崩壊したゲームランス、圧倒的なジョブ格差、理解しがたい謎の世界観、異世界に入って冒険できるという触れ込みのわりに闊歩するモンスターが強すぎて待っているのは村と狩り場を往復して淡々とレベル上げをする日々、ゲーム開始時の国が選べるけど離れすぎてて知り合いと同時に始めても初期の国をうっかり間違えると出会えるのは下手すりゃ半年後、まあ色々あるけどやっぱり治安の悪さかしらね、一番は。街以外のどこにいても理不尽に殺されてデスペナルティを受けるリスクが付きまとうゲームだし。

んー、でも治安が悪いっていうのはやっている人の問題でゲームは悪くないんじゃないの?

いえ、プレイヤーは当然最大効率のプレイをするんだから、人を襲って得するような報酬系を制作してその結果プレイヤーが気持ちよくゲームプレイできなくなったのならそれはゲームデザイン側の問題だと私は考えるわ。
PvP(Player versus Player)要素、つまりまあプレイヤーとプレイヤーが争うような要素って二十一世紀の人類滅亡の危機あたりからあんまり好まれない傾向があって、だいたい闘技場みたいな場所で戦うか、PvPありの専用サーバが作られるか、最低でも上級ジョブになるまでプレイヤーに殺されないようになってるとかそういうのしかないのよ。
そこにどかんと初心者を殺すと得をするようなゲームを出したからそれはもう叩かれたこと叩かれたこと。まあ、すぐ初心者保護システムは導入されたんだけど。

ん、じゃあ今はそんな治安が悪くないんじゃないの?

それがそうでもなかったの。崩壊してしまったモラルは回復しなかった。一度〝プレイヤー同士が殺し合うゲーム〟と認識されてしまったからもう〝そういうもの〟としてしまったのね。結局治安は回復せず、修羅の国オンラインと呼ばれるゲームのままってわけ。

ひゃー……。

あとはこのバーチャルクエストが史上初のVRMMOだったっていうのもあるわね。こういうプレイヤー同士で殺し合う殺伐とした世界を作りたいならそれはそれかもしれなかったし、実際今でも一部のコアゲーマーはこのゲームを愛してる。
でも、史上初のVRMMOということですごい注目を浴びて普段ゲームに興味ない層もやってみようかなと思うような話題作としては〝無難〟ではなかったことは確かね。
普段からゲームで遊んでる層ならまだしも、ファンタジー世界を冒険できると聞いてわくわくしながら購入した人が〝モンスター狩るよりプレイヤー狩るほうが経験値効率がいい〟とか〝プレイヤーに殺されたことのない奴はこのゲームにはいない〟とか言われてる無秩序全盛期のこのゲームに入ったらそりゃそのまま怒ってネットにクソゲーだって書きに行くわよね。
そして、みんながクソゲーだって言ってたらやってない人もクソゲーだって言い出すものだし、結果としてこのゲームは過疎糞と呼ばれるようになったってわけ。

うーん……じゃあ結局本当はけっこう面白いゲームってことでいいのかな。

さあ?まあそれは自分でプレイして確かめるしかないし……ちょうどいいことにこれからいくらでもそれを確かめる時間はあるんだから自分の目で確かめなさい。


7-3「なんだかやる気がでなくてね」

 カウンター席に漆黒のコートを着た剣士が座っている。腰に二本、背中に一本の片手剣を帯びている。肩肘をつき、その中世的な顔立ちはどこか憂いを帯びた表情を浮かべている。
 ……男性か女性かわからない中世的な顔立ち、前衛アタッカーっぽいのに防御力の低そうなコート、しかも黒い、これ見よがしな二刀流、カウンター席に片肘ついて憂いを帯びた表情――やばい、地雷っぽさが数え役満だ……。
 始まりの街によくこういう奴がいて「クッキーください」とか回復アイテムを要求してきたり、無言でパーティ申請してきて組むと何かと命令してきたり、「あ」というメッセージでフレンド申請投げたり、よく死んだりしている。
 もちろん、常識と良心があってその上で遊びとしてロールプレイをしている人もそれなりにいるがこのゲームにおいて〝黒コート族〟は最大警戒の対象だ。
 ……どうするかなー、こういう奴殺すと粘着されたり外部掲示板にスクリーンショット貼られたりしそうなんだよなぁ……。
 とはいえPKer(Player Killer)としてこのゲームをプレイしていくと決めた以上は逃げてばかりもいられないか。
 元々、別のVRMMOをやっていたが、修羅の国オンランと呼ばれるヴァーチャルクエストを始めたのは思う存分、プレイヤーキルをやるためだ。そのため、スキルや能力の振り分けも完全に対人ビルドだ。そのため同レベル帯に比べて普通にモンスターを狩る性能は低く他のプレイヤーを殺さないとなんだかもったいなさを覚える。
 ……それにこの街までこれたってことは十分強いはずか。
 ここ、ボトロップは最も近いゲーム開始位置の精霊都市から来たとしても、1000時間程度のプレイ時間が必要になる。
 このゲームは街以外に安全な場所などなく、基本的にはどこにいようともプレイヤーに襲われるリスクがあり、そんなゲームを何時間もプレイし続けた人間には一定の我慢強さが期待できる。
 余暇のわりに娯楽の少ない時代と言われているが、それでもこんな隙あらば人間が殺しに来る世紀末ゲームよりもマシなゲームはいくらでもある、始まりの街には知名度に釣られて始めてしまった人がたまにいるがちょっと離れた場所にいるのは〝わかっている〟人だけだ。
【これから酒場で一人でいる人誘います】
【おっけー、ちょっとしたら入るね】
 小声でフレンドと会話して、黒コート族に近付く。
 
 
「ちょっといいかな?」
「ん」
 黒コートはわずかに視線をこちらに向けて喉から出した声で続きを促す。
 ……地雷プレイヤーっぽいなぁ!
 なんというか隙あらば〝興味ないね〟とか言い出しそうな凄みがある。
「ここ拠点ってことは牛狩り?」
「いや、ゴブリン狙い。あいつら太陽出てる時間しかポップしないし夜はこうしてのんびりしてるわけ」
「ソロ?」
「俺の周囲に誰かいるように見えなきゃそうなんだろうな」
 ……腹立つなー!普通に一人で狩ってるって言えよ!
 話せば話すほど、腹が立つ。すごい、これを〝わかっている〟人がやっているのならかなりのキャラ作りだ。さぞや楽しんでこのゲームをやっているだろうな。
「お、おう。まあ、ゴブリンなら一人でも狩れないことないか。いやー、俺アタッカー型衝動メイジだからソロだと厳しいんだけど、今フレンド誰もインしてなくてさー」
「そうか、大変だな」
 いや、大変だなじゃなくてどう考えてもパーティ組まないか、っていう話の流れなんだが。
 ひょっとしてこいつは真正なんじゃないかという気持ちが胸の中に広がる。だとしたらかなり気合いの入った真正だ。
「お、ひょっとしてパーティ組むところ?グーッドタイミング。今、牛狩ってたけど丁度解散したところでさー。あ、私タンク型のファイターなんだけど」
 入り口から入ってきたごてごてした紅い鎧に黒いマント、そしてベレー帽を被っている見た目が小学生か中学生くらいに見える女性が近付いてくる。背中には巨大な斧を背負っている。髪は明るい緑で高い位置に二つ結んでおり〝如何にも漫画やアニメに出てきそうなな巨大な武器を持ったロリキャラ〟の見た目をしている。
 鎧にベレー帽というのはやや違和感のある格好だが物理防御と魔法防御との兼ね合いらしい。
「狩り組むなら一緒にいかない?」
 軽くしなをつくって微笑む。
 黒コートに話しかける前に会話したフレンドは彼女だ。このゲームのことを色々と教えてくれた先輩である。
 このゲームではいつ相手が襲ってくるかわからないので野良でパーティを組むのは嫌われる傾向にある。
 それでも以前はパーティは組まないとやってやれないということもありそのリスクを飲むプレイヤーも多かったが、最近はPKing(Player Killing)行為が発覚すると追放される〝秩序系〟と呼ばれるギルドが数多く存在しており大型の秩序系ギルドに所属していないとパーティを組みづらいという状況が発生している。
 それでも初期開始位置の一つ、精霊都市の周辺はまだ大型の秩序系も少ないが、同じく初期開始位置の聖典教会の周囲は巨大な秩序系ギルドかその下部組織に所属していないとPKer扱いされるという状況らしい。
 ……なんか、それでこのゲームが地獄じゃなくなるかと言われると混沌とした地獄がもっと業の深い地獄に変わるだけのような気もするが。
 閑話休題
 さておき、そのような状況になりつつあるためせめてもの猿芝居として知らない人を装って「一人がPKerでも残り二人で対応できる」という安心感を与えようという――まあ、猿芝居だ。
 その安心感を与えようという姑息な知恵がどの程度聞いているかは知らないが、とりあえずこのように強引にパーティを組ませようとするとそれなりに断り切れずにパーティを組んでくれる。あとは二対一で逃げられないようにすれば狩り終了だ。
 ……結局、自分も黒コート族と似たようなものなんだよな。
 流石にここまで手間をかけたら普通にモンスターを狩っていた方が時間効率はいいような気もするがPKerをやるためにこのゲームをやっているのだから効率は二の次だ。モヒカン夜盗としてヒャッハーと死体に声をかけるためにバーチャルクエストをプレイしている。
「んー……」
 しかし、黒コートは立ち上がる素振りを見せず肘をついたままじろじろと、紅い鎧の女性を見ている。
「パス。なんだかやる気がでなくてね」
 
 
 
 
「しかし、普段だったらもうちょっと粘るのに今回はあっさり引き下がりましたね」
 結局、あのあと黒コートとはパーティを組まずにじゃあ二人で狩りをしますといって出て行った。
「馬鹿、あんなのに声かけるな。多分襲っても逃げられるしビルドによっては普通に二人がかりでも狩られるぞ」
「え、そんな強いんですか。あの黒コート。あ、装備品がよほどの高レベル制限とかそういうこと?」
「はー……」
 先輩は私は呆れていますよ、という意志をこちらに伝えるためのわざとらしい溜息をついた。
 実のところこうやって呆れながら色々と教わるのが楽しくてこのゲームをやっていると部分はある。
「あいつ二刀流装備だっただろうが。ありゃエクストラジョブだよ。基本ジョブのうちらよかかなり強い」
「二刀流って、でも最初の街にもけっこう二刀流の人いましたよね」
「あーほ。死ね馬鹿がー」
 どうやらよほど見当違いなことを言ってしまったらしい。
「あー、まあメイジ系だとそのへんの感覚薄くてもしょうがないのかなー。いやよくねぇよ、PKerでやってこうっていうんだからちゃんと外見から得られる情報を最大限取れるようにしておけクソがー」
「うぅ、酷い」
「さておき、まず前提としてこの世界で二刀流ができるのは、盗人<シーフ>系と狂戦士<ベルセルク>の4つのジョブだけ」
 先輩は指を四本立てる。
 シーフ系とは基本ジョブの盗人<シーフ>と、シーフでレベルを一定以上上げてクエストをこなした場合転職できるエクストラジョブの狩人<ハンター>と探検家<レンジャー>を含めた3のジョブを指す。狂戦士<ベルセルク>は戦士<ファイター>のエクストラジョブだ。
「始まりの街で見かける二刀流はシーフだな。だが、このうちシーフとレンジャーは片手剣カテゴリの武器の二刀流には対応していない、短刀だけだ」
 四本立てた指のうち二本をたたむ。
「よってあいつはベルセルクかハンターのどちらかということだ。多分ベルセルクだな。いやまあ、装備扱いじゃなければ別に何本でも剣持てるから格好つけかもしれんけどありゃ多分違うだろ」
 先輩が脱力したように首を上に傾けると、ぴょこぴょこと結んだ髪が揺れる。かわいい。
「おい、聞いてる?」
「聞いてます聞いてます」
「まあ、それだけならハイリスクハイリターンってことで狙ってもよかったけど、あれは対人を考えているビルドっぽいしなぁ」
 言葉の外側に「お前には分からなかったかも知れないけど私にはわかったぞ」という自慢が透けて見える。もちろん、ただで色々教えて貰ったお礼や、先輩に色々教えて貰うのは好きというのもあって気持ちよく喋れるように相槌を打つ。
「え、見た目からそんなことがわかるんですか?」
「わかるんだよ、見るだけでなく観察すればな。背中の剣はメイン武器で攻撃力重視、右腰上の厚手の曲刀は盾としての運用とサブウェポン。問題は右腰下の装飾付の短刀だ。見た感じあれは魔法防御用兼、対高物理防御用の武器だろう」
「はあ」
「さておき、そんなもんこのへんで狩りをする上で必要ないだろ?このへんの敵って牛とゴブリンとカボチャくらいだし。あのレベルならなおさらだ。それなのに対魔法装備をしているっていうのは対プレイヤー戦を意識してるプレイヤーってことだ。かなり意識高いよ。そう――私のようにな」
 魔法防御用のベレー帽をとんとんと指で示す。
 ……襲う側が対プレイヤーを意識するのは当たり前なのでは。
 モンスター狩りをやりながら対プレイヤー戦を意識している上級プレイヤーという話の流れではなかったのか、とはもちろん言わない。
「ちなみにどのへんでついて行けなくなった?」
「あー、右腰下の武器が魔法系っていうのと、この街で狩りをするなら魔法系装備いらないって話ですかね」
「けっこう装備の見た目は素直だからちゃんと見てればそれなりになんとなくわかるよー。まあ、メイジ系じゃそのへん意識してなかったのかもだけど。駄目だねー、ちゃんと隙あらば掲示板とwikiを往復して知識を蓄えなきゃ」
「わー……意識高ーい」
「いやいや、言うてもあの黒コートもかなり意識高いぞ。あいつ前にもこの街で見たことあるけど、AFKって書かれた板持って市場だけ開いて寝てたからな」
 AFKとはVRMMOで「ゲーム接続しながら寝ます」を意味するスラングだ。
 本来は Away From Keyboard の略語で「席を外します」という意味のVR以前のMMOでのスラングだった。しかし、VRゲームではキーボードを利用しないし、脳と電気信号で動かすので長時間の離席することもできないということもあって、意味が変化した。
 ……商人<マーチャント>系じゃないと対面じゃないと物売れないとはいえよくこんなゲームで寝る気になるな……。
 街の中ではプレイヤーは殺されることがない、故に街の中ならば寝ていてもとくに危険はない。
 それでもPKerばかりのゲームで寝たいかと言われると絶対にNoだが。「殺人犯がいる中で寝られるか!俺は部屋で寝させてもらう!」というのは一般的な感覚のはずだ。
「いやー、寝てる間に市場出すの、私も考えたことはあるけどやってる人は初めて見たわ、本当」
「女性アバターでやるのはよりよくないような気がします……」
「しょうがないにゃあ……やめとく」
「それがいいです」
「いや、っていうか私も流石に寝るときはゲームせずにベッドで寝たいし。何かの事情でログアウトできないとかじゃない限り流石に普通に寝るわ」
「ログアウトできない何かの事情ってなんですか……ないですよそんなもの」
「さておき、多分なんかのアイテム集めでここ数日あいつ見るし、今後も会うことあるだろうけど、もう誘わないし街の外で見かけたら逃げること、おけー?」
「やー」
 頷いたが、このあとすぐ黒コートと関わることになる。それも敵対という形で。
 
 

 
 
 硬質な音を響かせ斧が急停止する。
 先輩の振るった人の丈ほどある斧は、目標を砕く前に片手剣によって完全に止められていた。
「あー、うん、こういうときいつも何て言おうか迷うんだけど……」
 黒コートは困ったように空いている左手で頬をかいている。
 右手で持つ剣は先輩が両手で持つ斧を止めてぴくりとも動かない。STRパラメータ――筋力の差は明らかだ。
 その向うで、バインド呪文から解放された戦士<ファイター>が尻餅をついた姿勢から起き上がり、数歩下がって距離をとる。ソロでここで狩りをできるようなレベルではないのでおそらく相方が死んで街にワープして、帰ろうとしていた最中なのだろう。
 まさにTHE被害者といったような、これで襲わなかったらむしろ失礼くらいの状況だったので襲ったら黒コートに邪魔されたというわけだ。
「別にゲームの中で人を殺すのが悪いとかそういうことをいうつもりはないんだ」
「はーん、あんた誰よ」
「通りすがりの狂戦士<ベルセルク>でユーザーネームは溢れかえる孤島<ウォーターアイランド>……かな。別に憶えておかなくてもいいけど」
「へー、そーうっ!」
 喋りながら先輩は片手を腰の後ろの方の斧の柄に持ち替え、身体を支点にするように横に斧を滑らせて黒コートを狙う。
 今度は鋼の衝撃音もしなかったが、肉を裂く音もしなかった。気がついたら黒コート――ウォーターアイランドと名乗ったか――は1メートルほど後ろに下がっていた。
 ……ぼんやり見ていたとはいえ、過程が見えなかった。
 認識出来たのは、移動する直前の膝を曲げる動作と移動したという結果だけだ。どうやらAGIパラメータ――敏捷性も規格外に高そうだ。
「まあ、だから俺は決して正義とかそういうんじゃないが、目の前で一対二で襲われている人を見るのはあまり気分が良くないし。まあ、同じPKer同士わがままを通しあおうぜ、ってことだ」
 ……初撃を当てることより寒い台詞を言うのを優先してきた!?
 バーチャルクエストにおけるプレイヤー同士の対戦では先に攻撃を当てたほうが圧倒的に有利だ。
 前衛職同士の一対一での戦いはなんとかして先に攻撃を当ててその後は足を止めて殴り続けるのが最善手だとされている。
 それというのもプレイヤーの攻撃を基本的に攻防の中で回避することはできないからだ。〝プレイヤーに攻略されるために存在する〟モンスターの攻撃は観察すれば避けられるように前動作が存在するが、プレイヤーの攻撃にはそれが存在しない。避けることだけに集中していればなんとか避けられるかもしれないが少なくても攻撃しながら避けることはできない。
 もちろん、攻撃を先に当てられ〝このまま殴り合ったら負け〟になったほうは足を止めて殴り合ったりせずになんとか工夫してダメージレースをひっくり返そうとするし、そのための手段が多く議論されているが、それでも基本的に同じ強さなら先に攻撃を当てた方がそのまま勝利する。
 故に初撃を如何に当てるか、あるいは如何に初撃を避けて攻撃を当てるか、前衛同士の対決はそこに焦点が置かれる。
 そこを初撃を回避したというのに喋るのを優先したということは
 ……こいつかなりこのゲームを楽しんでるなー!
 自分たちがPKerとしてこのゲームを遊ぶことを選んだように、ウォーターアイランドはこういう風に演じて遊ぶことを選んだのだ。
 ……ならばこちらも……!
「ヒャッハー!邪魔しやがってそのスカした顔を燃やしてやるぜ!」
 叫ぶ。
 先輩がドン引きの顔を作ったが気にしない。
 そうだ、俺は世紀末のモヒカン夜盗としてこの世界を生きていくんだ。こいつが黒コートの英雄なら俺は夜盗だ。だから戦うんだ。
「あー……おうおう、二人に勝てるわけないだろ。今から私たちの経験値の糧にしてやるー」
 先輩の台詞に驚いて視線を向けると、先輩は呆れたような笑顔を返した。
 あっけに取られていたような顔をしていたウォーターアイランドも面白い、とでもいうように笑顔を浮かべる。
「さて……俺だって簡単に負ける気はないさ」
 おそらく、今この三人は分かり合ったんだと、そう思う。ゲームをやっていて最高に楽しくなる瞬間だ。
「お前たち、このゲームのプレイ時間は何時間だ?」
 ウォーターアイランドの台詞に僕と先輩は固まる。さっきまでの楽しい気持ちが嘘のように一瞬で消えた。
「聞くなよ……」
「あ、ごめん」
 先輩の僕たち二人の感想を代表した台詞にウォーターアイランドは謝る。
「コホン、さておき――――お前達が何時間やっていようとも俺には勝てない。動き出したら俺の世界だ。俺は生まれつきだからな」
 いいながらウォーターアイランドは空いている片手で剣を抜きいよいよ二刀流になる。抜いたのは魔法防御用の方の剣だ。
「そうだ。俺は決して負けない」
 ――――拓郎様やエイプリルスノウならきっと負けないから。
 そう黒コート――そういえば中性的な顔立ちで結局男性アバターなのか女性アバターなのかわからない――は確かにそうつぶやいた。

study-●職業と属性●-

えーと、急に色んな用語が出てきてちょっとわからないんですけど。タンクとか狂戦士<ベルセルク>とか衝動メイジとか。

うん、タンクは役割で、狂戦士は職業で、衝動メイジは属性と職業の組み合わせね。
まず、パーティの役割として
・アタッカー:モンスターを倒す役
・タンク:壁役でモンスターの攻撃を一身に受ける役
・バファー:仲間を強化したり、敵を弱体化させる役
・ヒーラー:仲間を回復する役
っていうのがなんとなくあるの。とはいえ、これは別のゲームから持ってきた用語でこのバーチャルクエストだとだいたいのタンクはアタッカーを兼ねてるし、強化もけっこうできる人が多いからみんなこの役割通りってわけでも全然ないんだけど。

なるほどなるほど。じゃあ、ベルセルクとか衝動メイジっていうのは?

えっと、まず前提としてこのゲームは属性+職業でキャラクターを強くしていくんだけど雑にいってこんな感じ

■ジョブ
・戦士<ファイター>系:前衛で剣や斧、槍などで戦う職業。役割でいうとタンクをすることが多い。初期のジョブとしては大人気だが、思ったよりも敵の攻撃を受けるのが怖くて後衛職にチェンジする人も多い。上位職に騎士<ガード>と狂戦士<ベルセルク>がある。
・魔法使い<メイジ>系:後衛で魔法で攻撃したり、強化したりする。属性やビルドによってアタッカー、バファー、ヒーラーをこなす。タンク以外はなんでもこなすと思いきや実はタンク型メイジもかなり強い。上位職は奇跡使い<ソーサラー>と召喚士<サモナー>
・盗人<シーフ>系:攻撃力は低いものの罠の解除やレアアイテムを落とす確率を上げるスキルなど便利なスキルを憶える。戦闘が弱いためクソジョブ扱いされていたが側面から攻撃すると相手を硬直させるサイドアタックやクロスボウの実装などにより評価が上がってきている。上位職は狩人<ハンター>と冒険家<レンジャー>
・商人<マーチャント>系:市場によって手に入れたアイテムを効率的に売れたりする。上位職になるとアイテムや武器を作成できるようになる。一見すると弱いが武器の効果を引き出すスキルなどで下手な戦士系よりも強かった時期もある。今でも戦士系と同じくらい強い。上位職は錬金術師<アルケミスト>と鍛冶<スミス>

■属性
衝動:感情を力にする。攻撃や自己強化が得意。回復が苦手。
聖典神の力を借りる。回復や味方の強化が得意。攻撃が苦手。
瞑想:理性を力にする。自己強化や自己回復が得意。敵の弱体化が苦手。
精霊:精霊の力を借りる。敵の弱体化や攻撃が得意。味方の強化が苦手。

職業はなんとなくわかったけど、属性がなんだかすごく分かりづらい。

まあうん、この直感的でない謎世界観ももちろんボロクソ叩かれたんだけど。

ひゃー……。


7-4 「黒の死神はもう死んだ」

 ザッ……ザッ……ザッ……
 見渡すかぎり真っ白な砂漠に、一歩ずつ足跡が刻まれていく。
 歩き始めてどのくらいの時間が経ったのだろうか。
 汗が止まらない。
 手持ちの飲水は、もう残り少ない。
 照りつける陽射しの下、それでも私はただひたすら先を目指す。
 ……必ず、〝あの人〟と再会してみせる。
その願いを叶えるまで、私は倒れる訳にはいかない。
 私の名前は、星を見るもの<スターウォッチ>。
 拓郎様と、エイプリルスノウと再会するため、この世界を旅している。


 バーチャルクエストに閉じ込められて、最初に私は始まりの街である精霊都市で拓郎様とエイプリルスノウを探した。でも会えなかった。
 そのあと、精霊都市以外にも初期開始位置があることを知った。この世界には4つの国があり、それぞれ初期開始位置があるのだと。
 きっとそこにいるのだと、次の目的は別の国に行くことになった。
 そのために一人では効率が悪いと思って、自分を受け入れてくれるパーティを探し、対プレイヤーを意識したギルド――――いわゆる戦争系と言われるギルドに所属した。
 本当はプレイヤーさんを襲うのは気が進まなかったし、罪悪感があるけど、それでも誘ってもらえる中で一番強かったからそのギルドを選んだ。とにかく私は必死だった。
 今だからわかるが、おそらく最初は女性だからということで誘ってもらえたのだろう。VRMMOではわずかな動作や言葉使いから中の人の性別が女性かどうかわかるらしい。
「対人戦の基本は2つだ。こっちの方が数が多かったらではとにかく相手よりも先に攻撃をあててその後は足を止めてとにかく攻撃する。相手の方が数が多かったり乱戦になったらとにかく足を止めないで走りながら攻撃をする」
 最初にそう教わった。
 〝相手の攻撃を見てから避ける〟というのは避けることだけに集中できる最初の一撃だけという前提の元、なるべく避ける必要がないように最初の攻撃を当てるか、避ける必要があるのなら当らないことを信じてとにかく動くということだ。
 そしてそれを教わった次の日、実際に乱戦になった。
 私は敏捷性を中心にパラメータを上げていったけど、それでもどこかリアルより遅い身体に苛立ちを感じながらとにかく相手の攻撃に当らないように走りながら片手剣を振り回した。心の中でごめんなさいしながら。
 そして気付いたらほぼ無傷で屍山血河の中に立っていた。
「お前リアルではボクシングの選手かなんかなの……?」
 私の戦いを見ていた仲間からはそんなコメントを頂いた。実際にボクシング仲間達が集まって作ったギルドが最強の戦争系ギルドとして一時期君臨していたことがあるらしい。
 そう、私は強かった。私は見てから相手の攻撃を避けたり防いだりすることができたのだ。
 軍用機レベルのスペックを拓郎様から頂いた私にとっては生まれつきこの速さの世界が当たり前だった。私が走り出したらもう誰もついてこれない。この速さの世界にいられるのは私だけだ。
 そして――――私は調子に乗った。
 
 
 そして冒頭の砂漠に戻る。
 このロンメル砂漠を超えることで隣国、衝動集落群にいくことができる。
 自分の体力パラメータを見る。それは赤く染まり残りわずかなことを示している。このロンメル砂漠は定期的に専用アイテムの飲み物を消費しないとただそれだけで体力が減少する。
 今は水が切れているので暑い思いをしているが水を飲むと何故か涼しくなる。まあ、なんでゲームをやってて暑い思いをしなければいけないんだという話なんだろう。身体はゲームが与える偽物の暑さに反応して汗をかくので冷房を効かせてたりすると下手すればそのまま体調を崩してしまうと聞く。
 この機能は本体設定でオフにできるそうだけど、ログアウトできない私にはオフにすることができない。
 ……夜までは水も体力も持たない。ここから出会う全てのモンスターを攻撃を回避しながら真っ直ぐ進んで砂漠が終わることを信じる!
 そう誓ったその瞬間。暑さで意識が朦朧としつつあった私は足下のサンドワームに気付いておらず、その攻撃を受けて死亡した。
 そして私は経験値を失い、最後に入った街にワープしたのだった。
 
 
 
 この砂漠を越えれば拓郎様やエイプリルスノウに会えるはずだと信じていた私は酷く落胆して、気付いた。
 私は強くなんてなかった。弱かったんだ。
 ステータスやプレイヤースキルの話ではない。
 例えばエイプリルスノウなら、きっと砂漠を越えることができた。私のように動くことができなくても、きっと事前にこの砂漠を越えるのに必要なものはなにか情報を集めてそれを効率的に集めて、そして超えたはずだ。
 例えば、拓郎様だったら私みたいに必死になって視野を狭くしたりせず、飄々とやりたいことをやってそしてなんやかんやで何もかも上手くやるだろう。上手くやるに決ってる。だって拓郎様だもん。
 強くならなければいけない。拓郎様やエイプリルスノウのようにタフに生きなきゃいけない。この世界には拓郎様のくれた強靱な体躯は持ち込めない。だから二人のようにタフに生きなきゃ。
 そうだ、二人のようになろう。拓郎様のように飄々と、エイプリルスノウのように意地を張り、そんな風に振る舞おう。
 ああ――なんで私は戦争系ギルドに所属してるんだろう。なんで謝りながら人を襲って経験値を稼いだりしてるんだろう。拓郎様やエイプリルスノウならそんなことしない。気に入らないことをやったりしないし、やると決めたら謝ったりなんかしない。
 むしろ、目の前で人が襲われてたらそれを守るような気がする。あ、でもどうかな、エイプリルスノウだったら〝でもゲームで人を襲うのは別にルール違反じゃないし怒る資格なんてないかも……〟くらい言い出すかも。いやでも、きっと何か言い訳を見つけてぐちぐち言いながら喜々として守りそうな気がする。うん、やりそう。
 私は所属していたギルドを抜けて、水嶋にあやかりアイランドスノウと名乗ることに決め、自分の中での区切りとして〝美容師のハサミ〟というアイテムで髪を短くした。
 ――ちなみにこのアイテムは髪型を変更するアイテムなので短くするだけでなく長くすることもできる。鋏を頭の上で動かすと坊主がポニーテールになってたりする。一体どんなハサミだ。
 
 
 
 そして砂漠超えに必要なアイテムを集めている途中に襲われている人がいたので、拓郎様やエイプリルスノウならきっとそうするようにその人を守ることにした。
「お前たち、このゲームのプレイ時間は何時間だ?」
 ……拓郎様のように力を抜いて飄々と、エイプリルスノウのように格好良く――うん、多分二人ならこんな風に振る舞う。
「お前達が何時間やっていようとも俺には勝てない。動き出したら俺の世界だ。俺は生まれつきだからな」
 自信ありげな笑みを作る。
 ……うん、今のこれ絶対エイプリルスノウっぽい!エイプリルスノウっぽくできてるよ私!
 そう、二人みたくなるんだ!
「そうだ。俺は決して負けない」
 ……拓郎様やエイプリルスノウならきっと負けないから。
 だから走る。
 今のところ戦闘中断権は私にあるけど、PKerのパーティならなにかあるはずだよね?多分、メイジの方。
 戦闘中断権とは戦闘を強制的に中止することができるか、ということである。わかりやすいのが足の速さだ。プレイヤー操作の影響もそれなりにあるが、どれくらいの速さで走れるかというのはほぼAGI(敏捷性)と装備の重さで決定される。そして相手よりも速く走れるプレイヤーはいつでも戦闘を止めて逃げることができる。つまりその場の誰よりも足の速いプレイヤーは戦闘中断権があるということになる。
 逆にプレイヤーを狩ることを意識してビルドしているプレイヤーは逃がさない手段を持っておく。麻痺やバインド、低速化呪文、高ダメージの遠距離攻撃などだ。
 ……この場合はおそらくあのメイジがバインド系の呪文を覚えてるはず。
 戦争系ギルドに所属していたことで対プレイヤー戦の知識が蓄積されている。
 もしも致命的な呪文が撃たれても対魔法属性のついている短剣で防げるようにメイジを左側に保ったままタンク型ファイターから間合いを取るように走る。
 このまま速さで戦場を支配死続けられれば勝ち。そうでなくても正面から斬り合っても勝てる自信はある。でも――――
 ……バインドされて剣の間合いの外から斧で2撃くらい喰らったら流石に不味い、かな。
「――スウィートリヴェンジ、それにシニスターディヴィジョン」
 スターウォッチが呪文を唱えるとスターウォッチの身体と剣が黒いもやのようなものに包まれる。
 スウィートリヴェンジとシニスターディヴィジョンは精霊属性の強化呪文である。
 スウィートリヴェンジは与えたダメージの一部を自分のライフ回復に変換できる強化を与える呪文で、シニスターディヴィジョンは使用者の精霊属性のレベルに応じた固定値の攻撃力上昇効果を武器に与える呪文である。
 どちらも使用者のINT(賢さ)パラメータを参照しないため、INTを上げるつもりのない前衛職用に用意された呪文である。
 しかし、シニスターディヴィジョンは広く使われているとは言い難い、他に強力な強化呪文はいくらでもあるからだ。この呪文が使われるのは、主に転職直後に限られる。その場合はジョブレベルは低くても精霊属性のレベルは維持されるため、他の元の攻撃力に対して割合で攻撃力を上昇させる呪文よりも上昇値が圧倒的に高くなる。
 ……でも、その固定値の上昇というのが私には都合がよかった。
 例えば攻撃力を1.1倍にする呪文であれば与えるダメージも1.1倍になってそれで終わりだ。
 しかし、シニスターディヴィジョンは例えば攻撃力+500という形で強化を与える。それがどういうことかというと時間あたりの攻撃回数が多ければ多いほど効果が高いということだ。
 例えば斧で一回攻撃するのであれば単に攻撃力+500で終わるが、その間に片手剣で2回攻撃するのであれば単純計算で+1000になる。 そしてスターウォッチは攻撃回数でダメージを稼ぐビルドであり、また左手の装備を防御力重視で選んでいるため割合上昇の効果が低いため、シニスターディヴィジョンを愛用していた。
 敵のメイジが右掌をこちらに向ける。
「ドゥームイ――――」
 ドゥームインエヴィタブルは衝動系のバインド呪文で腕を向けた方向に出る。衝動系によくある味方を巻き込まない設定無し追尾なしの直線形呪文なため、術者の位置取りと狙いが重要になるが、その代わり速さと再使用可能までの時間が短い。
 相手が呪文名を言い終わる前に効果が頭に浮かぶ。
 ……やばりバインド系だったね。あと、大切なのは――
 それが手を向けた方向に出るということだ。
「――ンエヴィタブル」
 メイジが呪文を唱え終わった頃にはエイプリルスノウは向けた腕の内側にいた。
「えっ」
 左手に持つ短刀でメイジの腹を袈裟に斬る。右手の片手剣を振るには距離が近すぎる。
「まず一人」
 つぶやき、肩からメイジに突撃して体制を崩し、そのまま距離が離れたところを自分を抱きしめるように身体に巻いていた両の刃で挟むように斬る。
 メイジの身体が光の粒子になって消える。死んだため直前の街にワープしたのだ。
「AGI,STR特化の精霊系ベルセルクってまさか黒の死神!?」
 かわいい見た目のタンク型ファイターが驚いたようにつぶやく。
 ……あー、そういえば黒の死神とかあだ名ついてたみたいですね。
 さて、なんて返そうか。そうだよー、とか?違うな。うん、違う。もうPKerは引退したんだ?うーん、何か違うし現在進行形でPKingしてるしね?
 もっとこう、拓郎様やエイプリルスノウなら――
「黒の死神はもう死んだ」
 すれ違い様に斬る。
「ここにいるのはただの通りすがりの狂戦士<ベルセルク>だ」
 背後からXの字を描くように斬りつける。それで相手のHPがゼロになり消えたが斬る前に言い終えたのでちゃんと相手は台詞を最後まで聞けたはずだ。
 ……そう、これ!これだ!あの二人ならこういう格好いい台詞で締める!うん、かなりぽい!
 血がつくわけでもないのでまったく意味がないが剣を軽く振ってから鞘に収める。
「さて、終わりか。ひょっとして余計な手出ししちゃったかな」
「あ、いえもう少しでレベル上がるところだったので助かりました!」
 ……だったら私が戦ってるうちに街に帰ればよかったのに、なんて考えちゃうのはちょっとPKerの思考過ぎるかな?
 いけないいけない。助けて貰った隙に逃げるなんてよくないよ。ちょっと周囲の人に毒されてるよ。二人みたく強く生きるって決めたんだから、こういう考え方しちゃ駄目だよ。
「あー、ところでこのへんで狩りしてたってことはいくつかオレンジ持ってないか?持ってるなら買いたいんだが」
「あ、いえ、だったら持っている分お礼に差し上げます!」
「別にお礼のためにやったわけでもないんだが……まあ、くれるっていうならありがたくもらうよ。ありがとう」
 相手がアイテムウインドを開き操作すると、交換画面が出てきた。受け取るアイテムはオレンジ8個、こちらから差し出すアイテムはなし。承諾ボタンを押す。
 ……これで目標としていたアイテムが確保できた。
 飲み水は直前の街で買い込めばいい。このオレンジは大したアイテムでもなくみんな狩りの合間に食べてしまうため流通していないが、実は虫除けの材料になる。砂漠を越える上でバインドを唱えるサンドワームを避けることができれば相当楽になるはずだ。
 ……柑橘類で避けられる虫って羽虫とかだと思うんですけどねー。
 サンドワームは普通に1メートルはある大型のミミズでオレンジで避けられるとは到底思えない。とはいえ、虫属性であれば相手がどれだけ巨体でもそれなりに狙われづらくなるのが虫除けだ。
 ちなみに、ミミズ型モンスターは気持ち悪いだけでなく身体の向きが分かりづらくてサイドアタックやバックアタックが成功させづらいというのも嫌われている。
「さて、じゃあ行くか。二人を捜しに隣国――衝動集落群に」

幕間

え、私そんなんじゃないけど……?



7-5「事情を聞くのは止めてよね。そういう約束なんだから」


 四つある初期開始位置の一つ、聖典教会。この街は他の街の30倍近くのプレイヤーに初期開始位置として選ばれている。
 その理由は大型秩序系ギルド【四月の雪騎士団】とその下部組織の存在により、他の初期開始位置に比べ治安が護られているからである。
「悪いわね。リアルマネートレードみたいな真似させて。多分規約上ギリギリセーフだから少なくても初回は警告で済むと思うんだけど」
 言いながら四月の雪騎士団の団長、エイプリルスノウ――バーチャルクエスト内でもその名前を名乗ることにした――は約束していたアイテムを渡すため交換操作を行う。
「いえ、納得ずくでの取引なので。調査結果はメッセージで送ってあります」
「どうも」
 エイプリルスノウが他プレイヤーを仲介して調査会社に調査させたのは、現実世界での水嶋拓郎とその所有人工知性体ふたつのがどうなっているかだ。
「なるほど。コールドスリープサービスね。本人の承諾ありで現在冷凍中で契約期間はたったの一年と」
 エイプリルスノウは苛立たしげに親指で唇をいじり――自分が不審がられた目で観られているのに気付いた。
「一応言っておくけど、事情を聞くのは止めてよね。そういう約束なんだから」
「あ、はい。大丈夫です,納得してます」
 明らかに納得されていない表情で言われ、エイプリルスノウは気付かれないように嘆息する。
「眠っているはずの人工知性体と私の名前が同じだって?ただの偶然でしょ、あるいは私が被せてるか。冷凍睡眠中はゲームどころか思考すらできないはずなんだから」
 そのあと、口の中でなにか呟いたがそれは誰にも聞き取れなかった。エイプリルスノウは口の中でこう言っていたのだ。
(思考すらできないはずだってのに……本当あの星の技術はどうなってんのよ)
 取引した男は不機嫌そうに髪をいじるエイプリルスノウを前にしばらく気まずそうにしていたが意を決したように口を開いた。
「その、団長は何を考えてるんですか?」
「何って……何が?最近、考えていることなら次の大型バージョンアップでタンク型メイジビルドが弱体化されないか心配してるけど」
「いえ、そうではなく――いえ、それも心配ですけど」
 四月の雪騎士団は騎士団を名乗っているが、その構成員のほとんどはメイジ系の職業である。
 タンク型魔法使い<メイジ>とはタンク型にビルドされたメイジとその上位職である奇跡使い<ソーサラー>と召喚士<サモナー>を指し、これは従来のビルド指向から大きく外れている。タンク型メイジはVIT(体力)とINT(賢さ)を中心に上げる前衛で戦うメイジである。このメイジの特徴はタンクとして相手の攻撃を受ける役とアタッカーとして攻撃する役の二つを同時にこなせることだ。
 無論、戦士<ファイター>系に比べると装備できる防具やスキルの差でタンクとしての能力は落ちる。しかし、通常の後衛メイジに比べると前衛を前に置かない分、射線を確保しなければ使えない直線形の攻撃や前衛を巻き込むおそれのある範囲系の攻撃を気にせず使えるため、アタッカーとしての性能は高い。そうした前衛を気にしないと使えないスキルはそのデメリットこみで調整されているためだ。
 そして、タンクとしての性能はファイター系に比べると劣るという欠点も後衛を配置しないことで解決される。ファイターに劣るといってもファイターと後衛型メイジの組み合わせよりも、タンク型メイジ二人の方が後衛を護る必要もないこともあり総合的に見て死にづらく、さらに火力もタンク型メイジ二人のほうが優れている。
 これまでのパーティが、専門家が集まり前衛と後衛に別れる思想であったならば、タンク型メイジは万能家が集まり全員が同じように動くという思想のビルドということだ。
 さらに必要とするアイテムが同じなためパーティ内で補充し合うことができる。また最初から避けたり防いだりするつもりがないため初見の相手にも安定して機能し、集中力も必要とせず精神的にも継続して戦い続けることができ、相手の初動を見て前衛で攻撃を回避するという勇気や技術が必要ないために誰であっても同じようにビルドすれば同じように活躍出来る。
 タンク型メイジはバーチャルクエストのビルドにおける最適解とまでいわれたビルドであり、それだけに次回のバージョンアップでは弱体化されるのではないかと噂されている。
 このタンク型メイジを考案したのがエイプリルスノウである。
「ちょい弱体化するくらいなら我慢するけど、タンク型メイジのコンセプトが壊れるレベルだとギルド自体が壊れかねないからなぁ。だから早めに勢力拡大したかったけど戦争系の奴らに邪魔されるし」
「そう、それです。団長はこのゲームに秩序をもたらすことにこだわっているようには思えません。むしろ勢力を拡大することばかり考えているよう思えます」
 エイプリルスノウはもう一度、気付かれないように嘆息した。自分は別に秩序をもたらそうなんて傲慢で正直面白いこと一度も考えたことないとここで言えてしまえばどれだけ楽か。
 しかしそれはできない、そういう名目で人を集めて利用してしまっているのだから。
「そんなことないわよ。でなきゃPKK(Player Killer Killer)ギルドなんてわざわざ立ち上げないでしょ」
「すみません。変なことを言いました」
「まあでも、確かに勢力拡大については焦りすぎてるかもね。私はね、このゲームのどこにいても私と四月の雪騎士団の名前が耳に入るようにしたいの。私に会いたいって人はどこにいても私に会えるのが理想ね」
 本当にそれだけなんだけどなぁ、胸中でぼやく。
 本当にただどこにいてもこのギルドの名前が耳に入るようにして、水嶋やスターウォッチと再会したい。本当にそれだけだ。そうでなかったら誰がこんな自分の名前が入った恥ずかしいギルドなんてつくるものか。
 しばらくこのゲームをプレイして、多くの人がPKerに辟易しているのが分かって誰もが殺された苦い思い出があることがわかった。自分も何度も殺された。だからこそ、防衛のためのギルドを作れば人が集まって効率よく経験値が稼げると思った。システム的に大型ギルドのリーダーは様々な恩恵が得られる。
 そして途中からこのゲームに秩序をもたらすという目的を掲げた方が多くの人を集められることに気付いてそうした。タンク型メイジというビルドを考案したというのも宣伝になったらしい。
 そしてやっかいなのはニュース系サイトに四月の雪騎士団の活動が取り上げられたことだ。
 その結果「どうやらあの誰もがクソゲーの評価と共に名前を聞いたことがあるバーチャルクエストがクソゲーじゃなくなりつつあるらしいぞ」という認識が広がった。そして娯楽に飢えた人々はその変化を当事者として迎えたいと考え、四月の雪騎士団を頂点とする秩序系ギルドで活動するために、あるいはPKerとして打倒されるために、多くの人がバーチャルクエストを開始した。最も低い時期に比べると百倍近い新規登録数を記録したとも言われている。
 エイプリルスノウの提唱した〝秩序系〟のギルドはインターネットの大きなうねり、いわゆる祭状態となり、このあたりから主導権はすでにエイプリルスノウの手を離れたといってもいい。
 そうしてエイプリルスノウは気付いたらこの世界でも最大規模のギルドどころか下部に多くのギルドを従えた、秩序系ギルドのリーダーになっていた。
 とはいえ、自分では制御出来なかったとはいえこれはエイプリルスノウの目的のために都合がいい。組織が大きくなればなるほど水嶋やスターウォッチの耳に入りやすくなるのだから。
 だから、どこまでも勢力を伸ばしてやる。そう思う。この世界を覆うまで。
「さて、とはいえこの国で満足する気はないっていうのは私だけでなく総意だと理解してるわ」
「それは、確かにそうです」
「行きましょう、秩序をもたらすために。手始めに隣国、衝動集落群からよ」

幕間


不機嫌そう?いきなりゲームに閉じ込められたらちょっとくらいやさぐれるっつーの。



7-6「なんとなくだけどもうすぐこの国にみんなが集まってくる気がするんだ」

「俺はこのゲーム――――バーチャルクエストが好きだった。そう、とても好きだったんだ」
 暗闇の中で男はつぶやく。
 周囲に立っているプレイヤー達は無言で同意する。どのプレイヤーも長い間このゲームをプレイした高レベルのプレイヤーである。
「俺の愛したバーチャルクエストは殺し殺される世界だった。そこには荒廃があった」
 ――――俺の故郷のみみみ星のような滅びに向かっているという退廃感があった、とは続けなかった。その言葉が通じるのは自分と、あとはこの世界のどこかにいる一人の男だけだ。
 いくつもの地球のゲームをプレイして、そのほとんどが合わなかった。そりゃあそうだ、本来ゲームをプレイする層である地球人とは文化も培ってきた精神性もまるで違う。
 だが、バーチャルクエストだけは違った。ここには故郷と同じような退廃があった。諦めがあった。終わりに向かう息苦しさがあった。
 だから、このゲームを水嶋と一緒にプレイしたかった。
「しかし、俺たちの愛したバーチャルクエストは失われつつある。あの秩序系とかいう連中のせいで変化しつつある」
 このゲームは変わりつつある。活気づきつつあるのを肌で感じる。
 ――そんなもの認められるわけがない。
 もしもこの変化の原因が、自分が水嶋達をゲームに取り込んだことにあるのならば。
 もしも水嶋が退廃的な世界を変えることができるのなら。
(だったらどうして俺たちの故郷でそれをしない!)
 認められるわけがない。認められるわけがあるはずない。退廃的なものが変わるなど。諦めていたものがもう一度前を向くなど。
 もしもそれができるのなら水嶋でなく自分がやっているはずだ。やる気勢だった自分がみみみ星を活気づけていたはずだ。さっさとみみみ星を見捨てた水嶋ではなく、地球を侵略してまでみみみ星に尽くして命までも一度失った自分こそができてなければおかしい。
 だから変化なんて認められない。
「そうだ。変化なんて認められない。このゲームをずっと支え続けたのは誰だ。愛し続けたのは誰だ。秩序系とか言っているあいつらじゃあないだろう」
 水嶋は確かになんでもできる奴だった。へらへら笑いながら、あらゆる技術を吸収して平然と自分の上をいった。地球侵攻すら一人で食い止めた。
 でもそれは――――みみみ星はあいつの力を持ってしてもどうにもならないという前提の中で俺たちは道を違えたんじゃなかったのか、水嶋。
 その前提が違っているだなんて認められない。そうだ、認められないんだ。
 思考がループしている気がする。最近こればかり考えている。認めない。認められない。認められるはずがない。それだけだ。
 だから
「だから、俺たちは俺たちのゲームを取り戻そう。あんな奴らに俺たちのバーチャルクエストを壊されてたまるか。俺たちの手で護るんだ、この世界を」
 そうだ、退廃的なものは退廃的なままでなくちゃ駄目なんだ。だからこの世界を変化から護らなくてはいけない。でなきゃおかしい。間違っている。認められない。
 これから俺たちは秩序系とかいう間違っているギルドとの戦争を始める。ギルドに参加しているというだけで殺されるようになったらきっと誰もがギルドを抜けるだろう。街を出たらすぐ殺されるとなったらこんなゲームすぐやめるだろう。それでいい、これはそういうゲームなんだ。いやなら別のゲームをやればいい。
 古参プレイヤー達は、このゲームを愛し続けたプレイヤー達は俺の提案に乗ってくれた。この世界の変化を拒絶してくれた。わかるか水嶋、これが愛なんだ。お前みたく簡単に故郷を捨てられる人間にはわからないか。
「あいつらはすぐに思い知るだろう。タンク型メイジではSTR特化型狩人<ハンター>には絶対勝てないとな」
 俺はこの世界の変化を拒絶する。その上で、もしも水嶋、お前がこの世界を変えることができるのなら。
 ――どうか、みみみ星を変えてくれ。お願いだ。頼む。あんなでも二人の故郷じゃないか。
「いくぞ。あいつらを潰すために。聖典教会に行くためには衝動集落群を抜けなきゃか」


       ***


「おや、武器作成中ですか?水嶋」
「リアルネームでは呼ばないでね」
「この辺りには私たちしかいませんよ。マジックソナー取ってますし」
「さよけ」
 話している間にも水嶋が鉄を叩く音が響く。どうせどう叩こうとも武器の出来には関係ない。
 だから話ながらでもなんの問題もないし、話しかけられる前は宙にウィンドを表示して色々と読みながら作業していた。
「あ、ひょっとして私用の新しいダガーですか?」
 猫の耳の意匠がついたカチューシャをつけた、黒いゴシック服の少女が首をかしげる。
 ここは衝動集落群にある水嶋の工房で水嶋のフレンドしか入ることはできない。入り口は共有でドアをくぐると各個人の工房に飛ぶために入り口だけはいつも混んでいる。
「いや違うけど。最近お金貯めてるの知ってるでしょ。装備したい格好いいデザインの鎧があったんだけど属性的に僕は作れないし。買おうかと思って」
「にゃーんだ。残念です」
「気になってたんだけど猫の耳をつけたりたまに言葉を猫っぽくするのはしばらく猫やってたからなの?」
「はい、そうですよ。今気付いたんですにゃ?」
 彼女はみみみ星のA.I.だ。普段は猫の中で眠っていたらしいが、このゲームに取り込まれるときに巻き込まれて一緒に閉じ込められたらしい。
 地球侵攻を企てた相手で、彼女のせいでベルトが未完成のまま戦うことになったりと苦戦させられた相手なので文句の一つも言っていい気がするが、忘れられていたりエイプリルスノウに雑に説教されたりとかわいそうな気がしてつい何も言わないでいる。
 あとは自分と同じ24時間繋ぎっぱなしのプレイヤーが隣にいた方が狩りでもなんでも捗るという理由もある。
「あ、もしかして一時期聖典属性レベル上げてたのもそれとなにか関係があるんですか?」
「いやあれは新しい戦術思い付いたんでそのため」
「へー、どんなのです?」
「抜刀術スキルあるじゃん?あの鞘から抜くときの威力を上げるやつ」
「はい、ありますね」
 抜刀術スキルは戦士<ファイター>系の職業と鍛冶<スミス>が取得できることのできる刀用スキルだ。
 効果としては名前の通り、強力な抜刀術を使うことができるのだが――狩りをするときにいちいち鞘に刀を収めることはしないため最初の一回しか効果のない。そもそもすぐ対応できるように街から一歩でも出たら刀を抜いて移動している人がほとんどだ。
 そのため抜刀術スキルは取る価値のないスキルとして扱われている。
「で、それとは別に聖典属性にソードオブピースあるじゃん。光の剣を作るやつ」
「ありましたっけ、そんなの」
「まあ、すぐ効果消えるしまず取るような呪文でもないから憶えてなくて当然かもな。さておき、あれ説明文を読む限り両手剣を作り出すように読めるんだけど実は刃物カテゴリの武器ならなんでもつくれるわけね?」
「あー、わかりました。それが鞘に収まった状態で出てくるから呪文を唱えるたびに抜刀術スキルが使えると。再使用可能時間+詠唱時間に一回抜刀術攻撃ができるということですね」
「そうそう!よくない!?」
「正直に申し上げますと、どう考えても使ったスキルポイントがもったいないだけの、やりたかっただけ系コンボですにゃん」
「そうだけどね。でも格好良くない?」
「……まあ、わかります」
「でも、よく考えたらソードオブピースで出てくる剣の攻撃力ってINT依存だしSP全然足りないから流石に諦めたけど」
「あらら」
 みみみ星のA.I.の少女は残念そうな顔をつくる。言葉のわりにそのコンボは格好いいと思ったのかもしれない。
「っていうかそれレベル上げ始める前に気付きましょうよ」
「たはは……」
「あ、でしたら私がソードオブピース取りましょうか?私INTかなり上げてますし高速詠唱もあるのでチャージ速度も速いですよ。私がガンガン刀作ってそれを水嶋が抜刀するという形で」
「お、マジ?せっかく思い付いたコンボだし諦めるの惜しいなーとは思ってたんだよね」
「ですね。考えてみたらかなりクールなコンボな気がしてきました。見た目も面白格好いい気がしますし。とはいえ聖典属性レベルは今から上げることになりますけど」
「うん、僕も抜刀術スキルのレベル上げとく」
「あ、そしたらできれば新しいダガー作って欲しいにゃん。今のそろそろつらくなってきたので。いつもの魔力上昇に特化してて、SP消費で攻撃力上げられるやつでお願いします」
「あー……これからまたお金すっからかんになるから、材料自分で取ってきたら作るね」
「甲斐性ないですね。まあ、しかたありませんか」
 しばらく無言で剣を叩く音だけが響く。
 最近の水嶋は鉱山に行って材料をとってそれを加工して武器防具にして売るの繰り返しだ。
「あー、にしてもご主人様来ないですねー」
「ん、そだね。一緒に遊ぼうって行ってこの世界に連れてきたんだからそのうち来ると思ってたんだけど」
 少女の目的はあくまでの彼女の所有者に報いることにある。二人が一緒に行動しているのは水嶋がいつかやってくるだろうと予想したためだ。
「エイプリルスノウもわりとすぐ僕を見つけるんじゃないかと思ってたけど。来ないねー」
「う……私あの人苦手です。説教してくるし、言ってることめちゃくちゃだし、すぐ保健所送ろうとしてくるし」
「あー、してたねぇ」
「普通女の子がかわいいねこちゃんを即断即決で保健所に送ろうとします!?どっちかっていうと人生に疲れてねこちゃんとカラオケと甘い物を人生の楽しみにしそうなタイプじゃありませんか!?」
「いやごめん、わかんない」
「あまりにも監視してくるんでそのうちボロだしそうだったから私眠って猫モード入ってましたからね。本当はご主人様から連絡あるまで監視続けようと思ってにゃんですけど」
「うん、現実に戻ったら保健所送ろう」
「やめて!」
 また沈黙が訪れて鉄を打つ音だけが横たわる。
「そういえば水嶋は何を読んでいるんですか?」
 またしても沈黙を破ったのは少女のほうだった。もしかしたら沈黙に耐えられない性格なのかも知れない。
「んー、今度の大型バージョンアップのお知らせと。あとプロデューサーのインタビュー。バージョンアップ中暇だしできれば睡眠そこに合せたいんだよね」
「ああ、わかります。退屈ですよね」
 バージョンアップ中は何もない空間に放り出されることになる。もしも1年待たずにこのサービスが終了したらどうなるんだろうかと心配になる。
「インタビューというのは」
「まあ、色々と。プレイヤーの分析と今後の方針みたいな」
「ふむふむ」
「えー、〝長い間愛されるゲームを作るためにはいくつもの楽しみ方のフックを用意してそしてそれらが衝突しないようにしなければいけない〟そうです」
「ふんふん、それでそれで」
「まあ、それでいくつかの楽しみ方があると。でー、まず〝この世界の住人として役割を演じるプレイヤーだ。それは自らの右腕に闇の力が封じられているという設定をつけるようなプレイヤーのことではなく、現実の自分と違う自分を演じることを楽しむプレイヤーだ〟そうです。
 えー、VRゲームでは従来文学的と評価されたような悲劇的な結末にストレスを感じるプレイヤーが多く、また悪事やあるいは善行ですら強制的にやらされることを嫌う。そしてビデオゲームでは性能だけで武器や防具を選んでいたプレイヤーもVRゲームでは見た目を考慮して選ぶ傾向にある。それは演じている役割の一貫性を損ねるからだそうです」
 強い自分を作るために、憧れている人間のように振る舞うスターウォッチはこの層に分類されるだろう。
「なるほどなるほど、私も性能がよくてもださい格好はしたくないですね。それでその人はどうすると?」
「〝読んでいる人の中にも最近実装されたクエストに対になっているクエストがあるのに気付いている人がいるだろう。例えば、村にいけば山賊から守って欲しいと依頼されるが、山にいけば街を襲うのを手伝って欲しいと依頼されるようなクエストだ。まだ実験的に行っている段階だが演じている役割から外れないでこの世界にいられるようにそのように選ぶ自由を与えていくつもりだ〟そうで。
 あと、装備したくなるような格好いい装備の選択肢が常に複数用意して、この後出てくる効率的なプレイヤーの遊び方と衝突しないよう報酬を定めるとかなんとか」
「なるほどね、次の楽しみ方は?」
「〝人と競うこと、人と争うことを楽しむプレイヤーもいる。もしもこのプレイヤーが闘技場のような場所ではなく、どこであってもプレイヤー同士で競いたいというのであれば取り扱いには最大限の注意が必要だ。貴方方も知っている通り、私がこのゲームを引き継いだときこのゲームは「とてもよくないゲーム」だった。〟
 〝何故ならば、こういった楽しみ方が他の楽しみ方の可能性を潰していたからだ。しかしながらバーチャルクエストの売りの一つはそのPvP要素であることは疑いようがない。また、こうしたプレイヤーによって他の楽しみ方が豊潤になるケースもある〟」
 秩序系ギルドという言葉が生まれるように対応するように戦争系ギルドという言葉が生まれた。しかしながら彼らはその言葉が生まれるずっと前からいわゆる戦争系の活動をしていた。
「それってどんなケース?」
「えー、ちょっと待って読み進める。これかな?〝また、ゲームを最適解探しのパズルとして遊ぶプレイヤーは多い。しかしながら最適解を見つけてしまえばそこにあるのは退屈であり楽しみではあり得ない〟」
 エイプリルスノウは間違いなくここに分類されるプレイヤーだ。彼女は常にどうするのが最適か考えている。
「〝さて、すぐ情報が共有される今の時代、最適解が検索すれば出てくることは少なくない。しかし、ここに対人戦という要素が加わると話は変わってくる。何故ならば人はプログラムよりも複雑で、しかも学習するからだ。・〟
 〝例えばバインド系呪文は多くの場合MOB狩りには役に立たない。しかし、対人戦で逃げる場合は大いに役に立つ。そのため、対人に備えてバインドを取得するかどうかという悩みが生まれる。これが「対人」によって生まれる豊かなゲーム性だ〟」
「なるほど、あまり私と水嶋には関係なさそうなお話ですね」
「まあ、僕らはあんまり対人戦も効率重視みたいなプレイしてないねぇ」
「私は、最初の〝役割を演じようとする〟プレイヤーですかにゃん。あえていうなら、ですけど」
「ん、あと一つ楽しみ方の例があるっぽいね。〝ゲームを通して自己表現しようとする想像力溢れるプレイヤーもいる〟。あ、これ僕っぽい〝彼らは変わったビルドや、スキル間のコンボを好む〟だって」
「なるほど、水嶋ですね」
「僕だね。〝彼らのためには変わった効果を持つスキルや有効に利用することが困難なスキルが必要だ〟だって」
「なるほど、抜刀術スキルとソードオブピースのことですね」
「あはは。さておき、〝これまでは人と争う楽しみ方ばかり強かったが、今度の大型バージョンアップでは他の各楽しみ方を増大させる〟って。楽しみだなー」
「うーん、私はなにやら向うの国ではタンク型メイジとやらが大流行してるみたいでメイジ系が弱くならないか心配です」
 タンク型メイジは周囲に同じようなビルドをしているプレイヤーが多ければ多いほど活躍するビルドだ。そのため、タンク型ビルドが流行っている地域と流行っていない地域がある。しかし、調整されなければいずれはこの世界全土がタンク型メイジで覆われるだろう、と言われている。
「前衛系メイジってことで調整の巻き添え食らいそうで嫌なんですよね。殴りメイジはギリギリのバランスの上に成り立っているんで正直少しでも弱体化したら厳しいです」
 もしもタンク型メイジを考案したのがエイプリルスノウと知ったら少女は「だからあの女は嫌いなんですよ」と叫ぶだろう。
「お、できた」
 水嶋が出来上がった剣を、市場ウインドに放り込む。鍛冶<スミス>は商人<マーチャント>の上位ジョブであるため、アイテムを売るのに対面である必要はない。
「ところでご主人様もこないですしそろそろ私たちも隣国目指したりしてみますにゃん?水嶋もエイプリルスノウやスターウォッチを探したいでしょう」
「んー、なんだかやる気しないしいいやそれに――――」
 水嶋はアイテムウインドから次の鉄鉱石を取り出し加工を始める。
「なんとなく、なんとなくだけどもうすぐこの国にみんなが集まってくる気がするんだ」