リレー小説 第五章

あまりのキラーパスに思いっきり私のところで止めてしまった。
えーと、思い付いたイベント全部ぶち込むには多分、これの倍くらいのテキスト量が必要な気がするんだけどあんまり長くなるのもあれだしね?


http://semimixer.hatenablog.com/entries/2014/04/12 第1話

http://hsimyu.hatenablog.jp/entry/2014/04/13/075609 第2話

http://flyingmoomin.hatenablog.com/entry/2014/04/22/020831 第3話

http://burger.hatenablog.com/entries/2014/05/13 第4話

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■回想
 エイプリルスノウは雨が嫌いだ。
 雨のにおいを嗅ぐと夢の始まりと、夢の終わり、その2つが同時にあったあの日のことを思い出す。そして――――
(あー、もっと嫌いになりそう)
 窓の外を見ると空は灰色で、窓には水滴がついている。雨が降っているのを直接確認はできないが、朝見た天気予報を信じるのならばここにやってきたときと同様今も降り続けているだろう。明け方まで降り続ける予定だそうだ。
 現実逃避はやめて、もう一度目の前の書類に注意を戻す。もちろん、そこに書いてある文字は変わったりしない。
「注意/集中能力、レベルD……レベルDって、日常生活はまあ送れる、自動車の運転はやめろってくらいだっけ?」
「別に禁止はされていないよ。運転する前はよく眠って、心配事等がないときになるべく乗りなさい、ってくらいだ」
 エイプリルスノウが退職したのは1ヶ月前で、再就職支援制度に従って職業訓練学校に来ていた。エイプリルスノウが0歳1ヶ月から1歳8ヶ月まで通った母校だ。人工知性体の多くは生まれてから数ヶ月以内に職業訓練学校に通い、2年から3年ほどかけて卒業していく。
 エイプリルスノウは平均28ヶ月はかかる職業訓練過程を19ヶ月で卒業して、その後人工知性体開発の専門課程に進んだ。スターウォッチは水嶋の家から家政婦をしながら通っていたため結局42ヶ月かかった。
 クオリア乱数生成世代が問題を起こしたような例も少なく、むしろ機械の憂鬱のない安定した世代になるはずだと期待されていたのもあるが、卒業訓練学校を卒業した4年前は非常に高い成績でどのような職種であれ望めば引く手数多だったのだが。
「今回はある程度どこででも働けますよ、っていう認定が欲しくて来たんだけどね。レベルD評価1つでも取っちゃうと、再就職は厳しいよね」
 自分の能力が減っているのは感じていたがまさかレベルD《欠陥認定》をうけるとは思っていなかった。
 乱数生成世代は一定以上の年齢で精神的均衡を失うことが多い、とは知識として知っていた。自分だって一定確率でそうなることだってもちろん知っていた。知っていたが、心のどこかで自分には関係ないと思っていたのは事実だ。
 学校を卒業したとき持っていた天狗の鼻は、その後専門課程で水嶋にへし折られ、クオリア生成に関わらないことを決めた。それでも客観的にみて、自分は優秀な人工知性体で、世間の中で重要な役割を果たして人の役に立ちながら生きていけるのだと信じていたのだが、その天狗の鼻すらもう折らなければいけないらしい。
「そんなことないよ、能力評価なんていうのは目安に過ぎない。こんなものじゃ能力は測れないよ」
 はいはい先生は立場上そう言わなきゃいけないんでしょ、という言葉は口にしないで飲み込む。それは八つ当たりだ。
 目の前の人間の表情から同情と憐憫を見つけて羞恥心と罪悪感が沸き上がる。先生だって4年前は自分に期待していたはずだ、それがこんなことになってしまって本当に申し訳ない。
 涙が出そうになったがぐっとこらえる。自分はもはや役立たずなのだ。ここで気を使わせるようなことになってはいけない。役立たずは役立たずなりに迷惑をかけないように生きないといけない。
「わかりました。まあ、今の自分にあった職業を探します。また来ます」
 自分の声が沈んでないか、無理しているのがばれないか、それだけ考えて声を絞り出す。
「そうしなさい。大丈夫、今のご時世無理して働くことはない。ゆっくりと考えなさい」
 そうやって義務を果たさず福祉だけ貪るような真似をして生きていっていいわけがない、その言葉も飲み込む。
 人工知性体達が福祉を充実させて、働かなくても生きていけるような社会を作ったのは人類のためだ、自分みたいな役に立たない機械を生かしておくためではない。それをお優しい人類達は人工知性体達もその恩恵を受けられるようにした、してしまった。――――駄目だ。思考が悪い方向に進んでいる。とにかく涙が出る前にここを立ち去らなくてはいけない。
「わかりました。ありがとうございます。それでは私はここで」
「ああ、そうだ。ASM81君がいただろう、君がここの学生だった頃仲のよかった。彼は今ここで働いていてね」
 その言葉を聞いて恐怖が胸の奥から沸き上がる。ASM81は自分と同じ時期に職業訓練学校にいた人工知性体の友人だ。ASM81も成績が上位であり、どこか競争心を自分に持っているのを感じていた。彼に今の自分を見られたくない。
 先生が机の上に置いてあった紙袋をかかげる。
「彼からプレゼントとメッセージを預かっている。"誕生日おめでとう"だそうだ。なんでか伝言という形を取ったが会っていくといい」
「ああ、そういえば私が製造されたの今日でしたっけ」
 そういえばそうだった気がする。完全に忘れていた。
「ASM81も私のテスト結果を知っているんですね」
 なんでそれを、と言うように驚きの表情を浮かべるのを見てエイプリルスノウは自分の予想があたっていたことを知る。ASM81がわざわざ伝言という形を取ったのは今の自分が彼に会いたくないことを察してのことだろう、あるいは落ちぶれた私なんかには会いたくない、ということかもしれない。
「ありがとうございます。また今度、会いに来ますね。よろしく伝えておいてください」
 なるべくひったくるようにならないように注意して、それでもここには1秒だって居たくないので速やかにプレゼントの小包を受け取り立ち上がる。
「それじゃあ、私このあと用事あるので失礼しますね」
 駆け足でその場を立ち去る。
 
 
 
 
 エイプリルスノウは雨の中、傘をさして自宅に向かって歩いていた。
(雨の日は嫌いだ。雨の日は嫌いだ。雨の日は嫌いだ)
 胸の中で繰り返す。もはや言葉の意味は自分でもわかなくなってきているが、それでも繰り返す。
(雨の日は嫌いだ。雨の日は嫌いだ。雨の日は嫌いだ。雨の日は嫌いだ)
 雨の日が嫌いになったときのことを思い出す。人工知性体開発に興味があった自分は、職業訓練学校を卒業した後、人工知性体に関係ある職業につくために研究所でさらに勉強を続けた。水嶋と出会ったのはそこでだ、当時は水嶋ももっとやる気があった。
 そしてあの雨の日、水嶋の作ったクオリアを見てその美しさに胸を打たれて――――エイプリルスノウは自分もこんな美しいものを作りたいと初めて夢を持った。そしてそれと同時に自分はどんなに頑張ってもこんなものを作れないだろうと絶望した。教授が自分の技術を与える人間がようやく出てきたと安心して笑っていたのを知っている。水嶋はバトンを託された、自分でなく。
 人間にしか自然なクオリアは作れないという新時代神秘主義は今でも否定している。十分なサンプルがないままイメージでそんなことを言って、人工知性体が作ったクオリアを持つ人工知性体をどこか憐憫を籠めて見る連中のことを考えると怒りが湧いてくる。それでも自分にはできないとわかってしまった、思い知ってしまった。
 それでも、あんな美しいクオリアを持つ人工知性体の誕生に関わりたいそんな憧れだけは自分の胸にまだ残っている。だから、水嶋がクオリアを生成したのならそのまま人工知性体を作れるように人工知性体生成法の勉強から身体注文資格取得までなんでもやった。あの時はまさかこんなにやる気をなくしてしまうとは思ってなかった。
(雨の日は嫌いだ。雨の日は―――)
 唐突に馬鹿らしくなって胸の中で唱えるのをやめる。
(そういえば誕生日プレゼントってなんだったんだろう)
 傘を首と肩で挟むように固定して、プレゼントの小包の中を見てみる。
(これは……銃?)
 ワイヤーで針を飛ばすタイプのスタンガンだ。
 ガス圧によってワイヤーで繋がれた針を飛ばして、内部電源回路で発生させた高電圧によって相手の神経網を刺激して行動不能にさせる護身道具だ。耳の穴に向けて撃つことで人工生命体の脳を焼き殺せることが知られている。
「あは、あはは」
 思わず、口から笑いが漏れる。なんでこんなものを私のかは分かっている。友情だ。ASM81は友情でこれをプレゼントしてくれた。卒業以降会っていないが、今でも彼は私の友達で、とてもいい理解者だ。私は最高の友達を持った。最高の理解者だと思えなければこんなプレゼントできるわけがない。
 人工知性体を破棄する制度は存在していない。犯罪を犯したり、あるいは危険だとわかれば幽閉されるが、破壊されることはない。どんなに役立たずでも制度上どうすることもできない。働かなくても手厚い福祉によって生かされる。
 だから―――自分で死ねというのだろう。私が誰にも迷惑をかけずに、私が死にたいと思うだろうことを見越して、自殺の道具をくれたのだ。これが私に必要だと思って、気を使ってプレゼントしてくれたのだ。これで死ねば身体をリサイクルできる、もちろん電車や車に飛び込むような迷惑はかけない。プライドを持ったまま、せめてマイナスの存在になる前に死ねる。
「私の友達でいてくれてありがとう」
 お礼の言葉が口から出てくる。自分は役立たずで夢を叶えることができず死んでいくが、それでも自分には最高の理解者がいた。その事実だけは僥倖だ。
 どうやったら、誰にも迷惑をかけず、この身体を速やかにリサイクルに回して死ねるか、それを考えながら家路を急いだ。
 
 
 
 
 エイプリルスノウが住んでいる集合住宅に着くと、受け取りボックスに荷物が届いているのに気付いた。
 受取人を確認すると水嶋拓郎と星を見る者《スター・ウォッチ》の名前が書いてある。
 部屋に戻ってから開けてみると"誕生日おめでとう 水嶋&スターウォッチ"と書かれたメッセージ・カードと"ELYZE PRESIDENT"と書かれた青い缶が入っている。どうやら珈琲豆らしい。
(えっ……?なんで珈琲豆?えっ?えっ?)
 一度でも水嶋かスターウォッチに珈琲が好きとか言ったことあっただろうか。いや、ないはずだ。別に嫌いではないが、好きではない。どちらかというと紅茶党だ。そもそも珈琲豆を貰っても焙煎する道具がないから困る。
 端末を出してチャット・システムを立ち上げる。
《ちょっと》
 それだけ書き込む。あの二人はこれでわかるはずだ。
《あれ、エイプリルスノウさん。お仕事は休憩中ですか?》
 そういえば、仕事を辞めたことを二人には言っていなかった。その話はいずれするつもりだが今はしたくないのでとりあえず受け取ったプレゼントの話をする。
《誕生日プレゼントとメッセージカードありがとう》
《あ、エイプリルスノウさん誕生日おめでとうございます》
《誕生日おめでとう》
 水嶋とスターウォッチの発言が並んで表示される。スターウォッチが急に現れたのは、二人で家にいるところにエイプリルスノウが書き込んだからなんとなく代表で水嶋が質問してた、ということなのだろう。二人で話ながら端末を覗き込んでいる姿を想像して少し微笑ましくなる。
《で、なんで珈琲豆なの?私、焙煎機持ってないんだけど》
 書き込む。
 中々、返事が返ってこない。今頃、二人でなんでそんなことになったのか話し合っているのだろう。
 嘆息する。しょうがないから、助け船を出す。
《まあ、私のプレゼントどうしようか話してて、水嶋が冗談交じりで案を出して、そこでスターウォッチは水嶋のいうこと否定しないから「いい意見だね」とか乗っかってそのままテンションが上がって勢いに任せてネット通販で注文してしまったところまではわかるんだけど》
《えぇ、ひどいよ。私だって間違ってたらちゃんと訂正するよ?》
 スターウォッチが書き込む。無視する。
《そこまではわかってるんだけど、どうして珈琲豆になってしまったわけ?》
《えー、まずはエイプリルスノウさんが何を貰ったら喜ぶのわかんなくて》
《そうそう、それでなにを受け取ったら嬉しがるかなー、って話になったんだよね》
《それで、エイプリルスノウがどんな生活を普段送っているの想像しようということになったんだけど。なんかいくつもの新聞取ってそうって話になったんだよね》
《新聞を読みながら珈琲飲んでそうってことになってー》
《そうそうそうそう。そのイメージだ。それで珈琲豆にしようってことになったんだよね》
《拓郎さんは珈琲じゃなくて紅茶のパターンも考えてたんだよ?スコーンを食べながら紅茶を飲んでるパターン。そっちのエイプリルスノウさんだと珈琲のことは泥水って呼んでたよね》
《あー、そっちのパターンだったかー。50%外したね》
《でも優雅というよりタフっていうイメージだからってことで珈琲の方を採用したんだよねー。こう、エイプリルスノウさんはコート着て珈琲飲んでるハードボイルド、って感じのほうが似合ってる》
 鈍痛を起こしたような気がして頭をかかえる。
 嘆息をついて二人宛の文章をタイピングする。
《とりあえず、私仕事辞めたんで馬鹿二人はそのうち遊びに来なさい。それまでに珈琲、ちゃんと淹れられるようにしておくから》
 死ぬのは延期だ。まずは、珈琲を淹れられるようにならないといけない。貰った豆は高そうだから練習用の豆も買ってこよう。
 ASM81に二人を紹介してもいいかもしれない、もし私のことを心配しているようなら少しは安心するだろう。ああ、エイプリルスノウにはこんな友達がいるんだな、って。
「まずは……いつ来てもいいように掃除かな」
 
 
■ベルトの戦士:1
 
「ああ、やってやるさ……」
 水嶋の手からベルトとカードを受け取り、ベルトを腰に巻く。

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「いいか、変身ってレバーを入れて、こう。わかったか?」
 身振り手振りでベルトの使い方を水嶋が説明する。
 正直なところ、エイプリルスノウはまったく事情を理解していないといっていい。いや、事情はなんとなく聞いた気がする、聞いた気がするが脳がそれを理解することを拒否している。
 死ぬかもしれない――――と水嶋は言った。
 知ったことか――――とエイプリルスノウは思う。
 目の前に死にそうな人類がいて、自分が、自分程度がリスクを負うことでそれを守ることが出来るのなら何度聞かれたってやってやるさと答えただろう。何故ならば――――
「無職だしな!」

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 もうどうにでもなれ。正直そう思いながら受け取ったカードを前に突き出す。
「変身!!!」
 ベルトのバックル部分にカードをセットして、バックルの両側についているサイドハンドルを内側に押し込む。

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「このあたりまでしか聞いてないけど、水嶋。カードを入れたらどうなるわけ……?」
 エイプリルスノウの全身に紅紫色に輝く模様が浮かんだ。それらが一瞬にして身体を覆い尽くした次の瞬間――――弾けるようにして装甲へと姿を変えた。
「本当に変身したよ……いや、これ変身っていうか装着っていうんだと思うけど……」
「さあ!いけ!魔法少女エイプリルスノウ!地球の平和は君の両肩にかかっている!」
「おーう……」
 水嶋の勢いについて行けなかったものの、控えめに握り拳を振り上げて応える。
 次から次へと起こる理解しがたい出来事、勢いがあるところが腹が立つ水嶋、頭がついていかない。まるで現実感が持てない。それでも、今外で襲われている人間がいることとスターウォッチが誘拐されたことだけは事実だ。
(集中力のない自分だ、シンプルに考えよう。人間は守る、敵は倒す、スターウォッチは取り戻す、その3つだ。それだけ考えろ)
 自分に言い聞かせる。
「行ってくる、水嶋。絶対スターウォッチは取り戻すから。水族館の続きは三人で見て回ろう」
「その変身ベルトはみみみ星の技術だけじゃない、地球の技術との融合だ。負けはしない。行ってこい」
 
 
 
 水族館の外に飛び出すと街を多数の巨人―――ハングリーバーガーというらしい―――が大暴れしている。

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 胸の中に怒りと悲しみが湧いてくる。為す術なく混乱の中、死んでいった人たちのことを考えると悲しくなってくる。
「治安維持局の多脚戦車<クモ>はなにやってんの。市街地で高速で現場に辿り着けるのが売りじゃなかったの。市民からの反対を振り切って購入しておいてこれは流石に批判されてもしょうがないんじゃない」
 市街地を走りながらぼやく。5メートルほどの巨人が人型掴み、食べようとしている。この距離では人類か人工知性体かわからない。ジャンプして手首を蹴りあげ、手首から先を切り落とす。
「とりあえず建物の中に!早く!」
 咄嗟の行動だった、ハングリーバーガーはタンパク質で構成されていて関節の継ぎ目を狙えば切断できることも、自分がそれだけの力を持っていることも、当たり前に知識として活用していた。ベルトに収納されているデータと脳が繋げられているのだろう。
 ハングリーバーガーは、何が起こったのかわからない、とでもいうように先がなくなった手首を見ている。
 腹のあたりを突き破ってやればおそらく行動停止にできると思うが、ハングリーバーガーが人間を食べることを考えると腹の中には生きている人間が入っているかもしれない。そうなると腹を突き破るのはなしだ。そうなると口の中に人がいないのを確かめた後、頭を潰すのがおそらく最善手だが、一体潰すのに時間をかけた結果としてもっと多くの人が殺されるかもしれない。頭は高い位置にあるため潰すのに時間がかかる。一体一体とまともに戦っている時間はない。足だけ折って行動力をなくした後、近くの人を避難させるのが一番早く無力化できると思う。とどめをさすのは治安維持局に任せたっていい。でも腹の中で生きている人間が助け出せるかもしれない。早く助けないと手遅れになるかもしれない。目の前の人を助けたい。でも、目の前の人を時間をかけて助けるっていうのは遠くの人を見捨てるって意味だ。誰を助ければいい。誰を見捨てればいい。
(あーもう!ごちゃごちゃ考えてる場合じゃない!これだから注意/集中能力レベルDは使えないのよ!)
 とりあえず目の前の個体はさっき口をあけたとき中に誰もいないのは確認している。頭を潰そう、と行動指針を決定する。
 軽く助走をつけてハングリーバーガーの膝を蹴り飛ばす。蹴った箇所の骨と肉が四散する。バランスを崩して倒れこむ。
(さっさと頭潰せる位置まで来なさい)
 倒れ込んでくるハングリーバーガーを見ながら胸中で独り言つ。今も見えないところで助けを求めている、それを助けにいかなければいけない。
「はああああ……セイヤッ」
 ようやく足が届くところまできた頭部を蹴り飛ばす。首が飛び散る。
「うわっ」
 声がしたのでそっちを見ると、さっき助けた人型が四散したハングリーバーガーの肉を浴びて赤く染まっていた。顔を見ると眼球にバーコードがついてる。どうやら人類ではなく人工知性体だったらしい。
「建物の中に入っておけって……あ、そっか、そうよね」
 喋っている途中に納得する。自分と同じだ、助けられる人類がいるかもしれないのなら逃げたいはずがない。ひょっとしたら捕まっていたのも逃げ遅れたのではなく、他の人を逃すために残ったのかも知れない。
「お腹の中」
「えっ?」
 エイプリルスノウは自分の腹部を指でさす。
「中に人がいたら助けておいて」
 それだけ言って次の標的を求めて跳ぶ。
 
 
 
 
《聞えますか?》
「わお」
 耳元から水嶋の声がしたため変な声を出してしまった。道路交通標識を足場にして跳ぶところだったから危うく足を踏み外すところだった。
 エイプリルスノウは恥ずかしさを誤魔化すように早口で質問する。
「なに、通信機能付いてたの?」
《いや、僕はベルトについているチュートリアルとかナビゲーションとか戦術補助用の人工知能。水嶋拓郎の思考の一部をコピーしてあるんだ。遅れてごめん、緊急時には必要のない機能だから最後に立ち上がるようにしてた》
「ま、これから戦うって時に、ナビゲーションから立ち上がって戦うのに必要な機能が後回しだったらそりゃ困るか」
 このタイミングまで沈黙していたことに関しては納得した。で―――
「思考はさておき声までわざわざ再現してあるのはなにか意味があるわけ?」
《スターウォッチが喜ぶと思って……》
「あー、はいはい、変身したのが私でごめんなさいね。喜ばないかわいくない女で」
《さておき、2つ伝えておくべきことがある。一応僕には、外部認識機能も持ってるから状況はだいたいわかってる。このベルトは実はまだ未完成だ。本来なら思考加速補助のタッチ操作可能の端末が追加で作られる予定だった。ベルトを付けてるだけで脳にかなり負荷をかける、90分程度は持つと思うけど時間制限があることを意識して。最悪死ぬ。1時間使ったら15分くらい休憩を取った方がいい》
 私が死ぬことは最悪じゃない、そんなことはどうでもいい、最悪なのは人を守れないことだ、と思ったが例え人工知能でも水嶋はこれを言ったら悲しむと思ったので口にするのはやめておく。
 進行方向にいた巨人の首を手刀で切り落として次の標的を探して走り出す。
「おっけー、それと?」
《あと、変身するときに渡したカード、あれでフォームライドゥできるから》
「フォームライドゥ」
 言われた単語を繰り返す。「それは一体なんですか?」というニュアンスが伝わってくれたらいいなー、と思いながら。
《そう、フォームライドゥ。格好いいでしょ。9つあるから状況に合わせてフォームライドゥしていってね》
 伝わらなかった。
「よくわからないけどそのフォームライドゥっていうのは、このベルトとスターウォッチは単体決戦用の兵器だから色々と機能が必要だけどその全てを常に使えるようにしておくことはできないから場面場面で特化型に換装できるようになっている機能、っていう解釈でいい?それでそれが9つあると」
《エイプリルスノウは本当に察しがいいね》
「ありがとう。それで、今はどれを使えばいいわけ?」
《とりあえずSTと書かれてるカードをバックルにセットしてフォームライドゥするといいと思う》
「そこは"とりあえず"とか"するといいと思う"とか言わないで断言していこうよ…・…一応、戦術補助用人工知能名乗ってるんだったら」
 言いながらSTと書かれたカードを探してバックルに入れてサイドレバーを押し込む。
 装甲の表面に緑色に輝く模様が浮かび上がり、弾けるように紅紫色の装甲が緑色に変わる。
 ―――Pegasus Strategist Forme
 フォーム変更が終わったことを示すようにベルトから電子音声が告げる。
《ストラジストフォームは広範囲の探索と殲滅用のフォームだ。思考加速と感覚強化の処理に脳の負荷が大きいからタイムリミットがもっと短くなるから気をつけて》
「で、なにをやればいいわけ?」
《正直、ベルトも未完成だし色々と想定外の出来事が多すぎてどうすればいいのかわからないんだけど、まず人類規模で考えるのなら今回の侵攻を一時的に止めるのが目標だ。一時的に止めれば三十世紀委員会とかもあるし、多分何とかなると思う。なんか機密っぽいしよくそこのこと知らないけど多分なんとかしてくれる、と思う》
 二十一世紀に人類を滅亡の危機に追いやった、カーニバル・デイ、マジックサーカス、そしてマスターピース。今回のみみみ星による侵攻は4回目の人類滅亡の危機だ。神様が人類に滅びて欲しいとでもいっているかのように人類滅亡の危機が続いている。
 そして3度あることは4度あるだろう、少なくてもそれに備えておくべきだろうということで人工知性体達が作ったのが三十世紀委員会だ。三十世紀委員会であれば異星人の襲来に向けた準備だって当然にしてあるだろう。荒唐無稽で笑われるかもしれないが、思い付く人類滅亡の原因にはとりあえず対処法を考えておくのが三十世紀委員会だ。
 彼らであればこの世界が実は物理シミュレータで実験用に創られた世界で、その実験が終了して消されていようとしているという可能性だって大まじめに検討してどうすればいいか議論していると言われても納得する。そういう組織だ。
《個人的規模で考えるならスターウォッチを取り戻すのが僕らの目標だ》
「そうね」
《そのどちらも空飛ぶ妖精<フライングムーミン>の元にいくことでどうにかできるはず、だと思う。スターウォッチは彼と一緒にいると思うし、地球侵攻作戦に関しては僕がいた頃とみみみ星の状況が変わってなければみみみ星でまともにものを考えられる人間はごくわずかだ。おそらく地球に来ている中で色々な権限を持っているのはフライングムーミンだけのはずだから彼をどうにかすれば本星の指示待ちで一時的に侵攻は止まると思う》
「はー、いや全然知らないけど、大丈夫なのみみみ星?他の星の侵攻ってなんかすごい重要案件だと思うんだけど、なんか話だけ聞いてるとけっこう行き当たりばったりっぽくない?」
《たはは……相変わらずエイプリルスノウは手厳しいね……。僕もあんまり自分の母星のこと悪く言いたくないけど、まともに色々と文化が機能してたら異文化との接触の第一歩に侵攻とか選ぶと思う?》
「本当どういう星なのよみみみ星……」
《まあ、いいやそのためにまず空に飛んでいる兵器を落とす。これ以上、地上に兵器を投下されるわけにはいかないし、空に対して有効な火力があると知ればフライングムーミンだって飛びづらいでしょ》
「なるほどね、あのへん掃除すれば、治安維持局のクマバチだって来るでしょうしあいつらも逃げづらいだろうしね」
《クマバチ?》
「治安維持局の垂直離着陸式回転翼航空機の愛称。買い取りのときにけっこうニュースになってたでしょ」
《あー……ほら、僕あくまで戦術補助用の人工知能だし。記憶全部移してないし。多分、オリジナルの水嶋拓郎はちゃんと知ってると思うよ?》
「どうだか。水嶋って新聞取ってないし、ニュースも観ないでしょ」
《たはは……。さておき、空の相手を狙うなら何か"射抜くもの"が必要だな。なにか遠距離武器を手に入れる必要がある》
「一応、スタンガンなら持ってるけど。ガスで針飛ばす奴」
《大丈夫だけど、なんでそんなもの持ち歩いてるの……》
「貰い物。無職で暇だから私なりにスターウォッチの行方を捜してたんだ。事故じゃなくて事件の可能性も高かったから、念のため持ってた」
 治安維持局は人工知性体の失踪に関してはあまり真面目に捜査しないという噂を聞いたことがあるのもあって、エイプリルスノウは自分なりにスターウォッチの失踪後足取りを追っていた。自分がなにかできると思っているわけでもなかったが、何かしたくてたまらなかった。
 繁華街中の監視カメラの映像を頼み込んで貰ったり購入したり、あるいはハックや窃盗などの非合法な手段まで使って集めて、それを顔識別にかけて当日のスターウォッチの行動を追った。
 その結果、アイランドウォーカ風の男2人に因縁を付けられて、その後スーツの男に話しかけられてついていったのまでは確認できている。その後、因縁をつけた2人かスーツの男をインターネットで情報に懸賞金をつけたり、何人か街に詳しい人間を雇ったりして探していた。それらの活動で働いている時に貯めていた貯金はほとんど消えてしまった。
「まさか、探してる男が宇宙人だなんて思ってなかったけどね」
《エイプリルスノウ、僕を水族館に誘ったりしてる裏でそんなことしてたの……。っていうかなんで秘密にしてたの。僕、っていうかオリジナル水嶋拓郎だってなにか手伝えたのに》
「犯罪行為をいくつもしてるからね。スターウォッチが帰ってきたときに自分の為にアンタが犯罪者になったって知ったらあの子また失踪するわよ。私だってあんたを犯罪者にしてあの子に怒られたくないしね。流石になんかわかったら教えてたわよ。で、スタンガンをどうすりゃいいの」
《空に向けて構えて》
 言われるままに空にスタンガンを向けて、もう片手で手首を掴み固定する。
 すると、スタンガンの表面にも緑色の模様が浮かび装甲と一体化する。どうやら"射抜くもの"―――遠距離武器を取り込んで強力な遠距離攻撃を可能とすることがこのストラジストフォームとやらは可能らしい。
 なんだかまどろっこしいし、そういう技術だかよくわからない。流石はここでない星由来の技術だ、とエイプリススノウは感心する。
《ストラジストフォームの認識力ならそのまま空中の標的を狙えるはず》
 言われるままに目を懲らす。確かにこれなら成層圏を飛ぶミサイルだって打ち落とせるだろう。
 近くを飛んでいたアダムスキー型のUFOに狙いをつけて銃爪を引く。全身が軋むような反動とともに空に向かって一条の緑の光が奔る。狙った通りにみみみ星のUFOを貫き―――大爆発を起こした。少し送れて衝撃波が押し寄せる。
 町中の灯りが消えて……数秒後また灯いた。そして次から次へと飛んでいたUFOが墜落する。
「えっ、ちょ、ちょっと待って。なにこれ聞いてない!」
 なんとなく威力が上がって飛んでるものも撃ち落とせるのかなー、くらいのつもりで銃爪を引いたら大爆発するとは思ってなかった。ましてや停電や他のUFOの墜落はまったく予想していない。
《電磁パルスだ。地球の重要な電子機器はだいたい防御されてるけど、みみみ星の地上兵器は僕がいた頃は対策取られてなかったから通じるかなー、って思ったけど通じてよかった》
 電磁パルスはケーブルやアンテナにサージ電流を発生させ、電子機器の損害や誤作動を引き起こす。
 人類を三十世紀まで守り、存続させるために発足された三十世紀委員会はあり得そうな人類の危機を百個ほどリストアップした。その中でも電磁パレスはかなり上位であり、すぐ対策された。
「これでスターウォッチを乗せたUFOだって飛べないでしょ。ごちゃごちゃ面倒なことはあとで考える。人間は守る、敵は倒す、スターウォッチは取り戻す、シンプルにいく」
 次の目標を求めてエイプリルスノウは跳ぶ。
 
 
■回想:2
 人類が貧困から解放された今でも、犯罪は日本から消えていない。特に福岡で巻き込まれる犯罪は彼ら―――島を渡る者<アイランドウォーカ>を名乗る人工知性体が起こす犯罪だ。
「おら、とっとと財布出せや」
「おう、ちょっとジャンプしてみろや」
(馬鹿馬鹿しい)
 胸中で独りごつ。
 エイプリルスノウとスターウォッチは繁華街に買い物に来ていた。
 人間が倒れていると聞いて裏路地に来ていたらゾロゾロと旧世紀の柄の悪い若者ファッションを模倣した人工知性体がゾロゾロと出てきて今にいたる。
(揉めるのも馬鹿馬鹿しいしとっとと払って別れるか)
 どうせ申請すれば犯罪で失ったお金は保険で補填される。犯罪者が得をするというのは腹立たしいが、それを正すのは自分ではなく治安維持局の仕事だ。危険な目にあってまで自分がやることではない。
「え、えっと……えっ、えっ」
 隣で、スターウォッチが混乱している。スターウォッチは想定外の出来事に弱い。こういう時の彼女がどんな行動にでるかはわからないが、経験上早めに収拾をつけておいたほうがいい。
 エイプリルスノウは嘆息して、とにかくこの場はさっさとお金を渡して解放されようと決める。
「とりあえず財布の中にあるお金はこれだけよ」
 せっかくスターウォッチと買い物に来て、楽しい気分だったというのにいきなりケチがついてしまった。このあと、どこか飲食店に入って甘いものでもかきこんでやろうか、と考えながら財布からお札を数枚だし差し出す。
 隣でまだ事態を飲み込めてないのだと思われるスターウォッチが後ろでつぶやいているのが耳に入る。
「えっと……これは拓郎さんからいただいたお金だから……その……守らなきゃで」
 嘆息する。面倒を避けるためにスターウォッチを説得しなくてはいけないかもしれない。
「…………一の太刀を疑わず、二の太刀要らず」
 そのスターウォッチのつぶやきを聞いた途端、エイプリルスノウはお金を取ろうと手を伸ばしたアイランドウォーカの手首を掴み引っ張り、腕を身体の後ろに回して関節を極めた。
「痛っ」
 アイランドウォーカの男がうめく。
「えっと、ごめん、罠とかじゃなくて普通にお金を渡してとっとと終わらせるつもりだったんだけど。事情が変わった。去らないのなら、こいつの肩をまず壊す」
 溜息をつく。どうしてこうなった。とにかくなるべく穏便に済まそう、と思いながら口を開く。
「えーと、こっちの子は所有物認定済みなんだけど。大切な所有者様から頂いたお金を渡すことは絶対にないわ。あと近接保護官カリキュラムを受けてる」
 近接保護官カリキュラムは近くにいる人間が襲撃を受けた場合、それを守るための技術を学ぶカリキュラムだ。
 通常、政治家などの重要人物の運転手や秘書として働く人工知性体が受けるカリキュラムであり家政婦が取るようなものではないのだが、彼女は水嶋拓郎を守るためといって履修願いを出したと聞いている。ご主人様を守りたいという人工知性体は数多くいるらしく、すんなりと許可された。
 そして彼女がさっき口にした「一の太刀を疑わず、二の太刀要らず」はエイプリススノウとスターウォッチの通った職業訓練学校の戦闘訓練担当教官の教えの1つだ。エイプリススノウがまだ高官秘書を職業の選択肢の1つだと考えていた時期に訓練を受けたことがある。結局、その後すぐ人工知性体の生成に興味を持ったために高官秘書は選択肢から外し、護身術程度のことしか習わなかったが。
「近接保護官って、一般教養として取るような護身術と違って"速やかに危険を排除する"ための技術なんだけど。ええと、なんて言ったらいいのかな」
 そして「一の太刀を疑わず、二の太刀要らず」の意味は「先手必勝で相手を無力化しろ」だ。
 考えながら横目で後ろにいるスターウォッチを確認する。
 軽く身を落とし手を組んでいる姿はどう考えても「先手必勝で相手を無力化する」準備をしている。そして最も確実な無力化の手段とは相手を殺害することであり―――彼女がその手段を選ばないだけの冷静さを保っていることをこの状態で期待するのはよほどの楽天家か、あるいはよほどスターウォッチのことを知らないかのどちらかだろう。そして、エイプリルスノウはそのどちらでもない。
(ああいう危険な技術って、多分、倫理とか、冷静さを失わないで対処するための方法とか、そういうのとセットで教えてると思うんだけどなー!)
 心の中で叫ぶ。とにかく犯罪者の一人や二人死ぬのはこの際どうでもいいが、友人を殺人者にするわけにはいかない。そのためには、とにかく穏便にお帰り願うか、なんとか逃げるしかない。
 アイランドウォーカ達は、二人とも少女型の人工知性体であるため危険度は少ないと考えて恐喝の対象に選んだのだろう。
 通常、人工知性体の出力は腕の太さに比例する。
 細いまま力強くすることは可能だが、力が強い人工知性体が欲しいのなら最初から太い腕の人工知性体を作ればいいし、もっというのなら筋肉稼動の人工知性体ではなくロボットを作ればいい。だから、少女型の人工知性体は非力である、というのは多くの場合成立する。
 例外はある。
 例えば、そういう先入観を利用したい、潜入捜査をするようなことを期待されて製造される治安維持局の人工知性体。
 例えば、明らかに戦闘向きの人工知性体を何人も連れ歩きたくないが、護衛は欲しい政治家のオーダーメイド。
 例えば、所有している水嶋拓郎という人間がせっかく近くに置くのなら少女型がいいがもしも危険に巻き込まれたときに非力だとよくない、などと溺愛して軍用ロボット並の出力を与えている場合などがそれにあたる。
「あんたらは死ぬ覚悟があって、それだけのリスクを背負ってこうして犯罪してるのか、ってそういう話よ。あんたらがこのまま消えてくれれば私らは殺人をして延々と長ったらしい取り調べを受けたりしなくていい、あんたらは死なないで済む、どっちもハッピーだと思うんだけど?どう?」
 いきなりの出来事に対応できていないのか、アイランドウォーカ達は混乱したようにエイプリススノウとスターウォッチをみている。
(ひょっとしてこの中で冷静なのって私だけなわけ?)
 アイランドウォーカは犯罪のために犯罪をする。彼らの目的は欲望のままに犯罪をしているというポーズを取ることであり、人を破滅させるような覚悟はおそらくない。貨幣を奪うというのは旧世紀の犯罪の物真似だが、それがあまり深刻にならない犯罪手段だからということもあるのだろう。
 近年になり、貨幣で大金を持ち歩くようなことはほとんどない。かといって読み取り機を使って電子キャッシュを脅し取れば履歴が残り3時間後には口座の取引が停止され、翌日には拘束され裁判を待つことになる。
 だから、彼らは貨幣を狙う。持ち歩いている貨幣を狙っている限り、決してそんな大事にはならない。
 そしてだからこそ話し合いで解決できるはずだ、とエイプリルスノウは自分に言い聞かせる。彼らには覚悟なんてない。
「ここだけの話、彼女はすでに3人は人工知性体を殺してるわ。0歳と2ヶ月のときの話だし状況的に仕方ない、ってことで再教育施設にいれられただけで済んだけど、つい先月帰ってきたの。彼女はとにかく人体を破壊するのが好きで、鉄パイプとか懐に入れてて容赦なく顔面を狙ったりして、仲間内でも恐れられていたわ。あと、脳に快楽物質を垂れ流すタイプの薬をキめてて、痛みは感じないし、だいたいの攻撃はきかないで立ち上がるわ。それとえっと……そうそう、スポーツで格闘とかやってるやつは金的とか噛み付きとか警戒してないから壊しやすいってそう言ってた!どう、それでも彼女と戦うの!?」
 でたらめをまくしたてる。ひょっとしたらまずい奴に手を出したのかもしれない、そんな風にアイランドウォーカ達が目配せし合う。
(よし、あと一押しだ)
 とにかく冷静になる隙を与えないために思い付いたままに如何にスターウォッチがやばいやつか言っていく。
「あと彼女は暗殺者なんですけど!経絡秘孔を突くことで相手を爆散させる一子相伝の……拳法?の使い手なんですけど!彼女の拳の速さは3秒間に50発!打撃の1つ1つが正確に秘孔を突いているから、技を受けたら肉体がボンッ!みんな死ぬ!今宵の彼女は血に飢えている!抜けば玉散る氷の刃!ええい寄るな寄るな!寄らば斬る!」
 言い切って肩で息をする。肩で息をする。
 アイランドウォーカ達の反応をみると腰が引き気味で今にも逃げそうにしている。それが、暗殺拳の使い手に恐れをなしたのか、それともよくわからないことを早口でまくしたてる狂人に関わりたくないということなのかは判断できなかったが。
「あー……」
 知性ある人工知性体として失ってはいけないなにかが今自分から失われたとのではないか、そんな予感がエイプリルスノウの胸を満たしていた。
 
 
 
 
「もー、ひどいですよ、エイプリルスノウ。私は殺人者なんかじゃないです」
「うっさい、黙れ」
 目の前に置かれたパフェにスプーンを突き刺して、そのまま山のようにすくい口に運ぶ。とにかく食べる。
 あの後、アイランドウォーカ達とは極めて平和的に別れることができた。そのまま目についたファミリー向けのレストランに入り今に至る。
 スプーンで少しずつすくって食べるのが面倒に感じられたために、器を持ち上げ口をつけてスプーンで中身を口にかきこむ。そのまま咀嚼する、シリアルの感触がこんな精神状態でなかったらさぞや美味しく感じられただろう。空になったカフェの器をテーブルに叩きつけて、紅茶を一口飲む、優雅に。
「あ、これ代金はあんた持ちだから」
「ええっ?」
「っていうかあんた、殴りつけるつもりだったでしょ?言っておくけどあんたの出力でそれやったら本当に脳破損させるからね?そしたらあんたも、水嶋も相当に面倒なことになってたからね、そのへんわかってるわけ?」
「うっ」
 自分が何をやりかけていたのかわかったのか、スターウォッチがうめく。
「はい、リピートアフターミー。大事にならないようフォローしていただきありがとうございました」
「大事にならないようフォローしていただきありがとうございました……」
「面倒をかけてごめんなさい」
「はい、面倒をかけてすみませんでした」
「お詫びにここの代金は自分が持ちます」
「えぇ……」
「お詫びにここの代金は自分が持ちます。リピートアフターミー」
「ええと、エイプリルスノウさん、ひょっとして怒ってる?」
「さっきまで衝動的に車道に飛び込んで死のうかと思ってたからね?」
「うぅ……はい、代金出させていただきます」
「そう。その言葉が聞きたかった」
 店員を呼び止めてティラミスとプリンを追加で頼む。
「というか、前から思ってたけどあんた意外と過激よね」
「そう?そんなことないと思うけど」
 スターウォッチが小首をかしげる。非常にかわいい仕草だ、水嶋が溺愛するのもわかる。
「迷ったら、だいたい過激な方選んでない?」
「うーん……」
 スターウォッチは人差し指を軽くあごにあてて考える。
「言われてみるとそうかもしれない。あのね?混乱した時とか、咄嗟の時、ってなんか、戦わなくちゃ、ってそう思うんだ」
 スターウォッチは胸の前で組んだ指をもじもじと動かしている。
「なんていうか、ずっと不安が胸の中にあるの。今の幸せな拓郎さんとの生活がいつか壊されちゃうんじゃないか、って。戦わなければ守れないんじゃないか、って」
「ふーん、不安ねぇ。ま、もしも強迫観念が深刻になってきたら貴方のクオリアデザインした水嶋に相談した方がいいんじゃない?せっかく近くにいるんだから」
「あはは、そんな深刻な話じゃないよ。でも、心配してくれてありがと」
 手をぱたぱたと振りながら否定するスターウォッチを見て、おそらくこの人工知性体はストレスでおかしくなるまで決して相談などしないのだろうな、とエイプリルスノウは悟った。
 自分の心に関することをクオリア・デザイナに相談するというのは、貴方のデザインは欠陥だったんじゃないかと尋ねることに等しい―――少なくてもスターウォッチはそう考えているだろうし、言われれば水嶋は思い悩むだろう。だから、決してスターウォッチは相談しない、それが深刻ならなおさら。
 エイプリルスノウは嘆息する。
 そこまで深刻な話とは思えないが、知ってしまった以上は一応自分が見ておかなければいけない。
「そもそも、今回、幸せな生活とやらを壊そうとしていたのは他ならぬ貴方だったわけだけど」
「あぅ」
 すこし意地が悪いと思いながらも、恥をかかせられた復讐と今後のために徹底的に突くことにする。
「いや本当次から気をつけなさいよ。水嶋に迷惑かかりそうだから流石に止めたけど、あんただけだったら私放置するからね。犯罪者が死んで、暴走の可能性が高いあんたが捕まるの、社会にとって完全にいいこと尽くめだし」
「エイプリルスノウ冷たい……。そういえば、アイランドウォーカ嫌いですよね」
「犯罪者を嫌わない理由が善良な一般市民にある?」
 間髪入れず回答してから、確かにエイプリルスノウは確かに自分が必要以上に嫌っていることに気付く。
「まあ、そもそもあいつらアイランドウォーカ名乗ってるけど、"アモン"を本当に読んでいるのか、って思うし」
「ええと、アイランドウォーカって確か英国の人口知性体でしたよね」
 島を渡るもの〈アイランドウォーカ〉は英国のとある人工知性体の名前だ。あるいは、彼の理念を継ごうというものがそう名乗っている。
 二十一世紀に人類を滅亡の危機に追いやった、カーニバル・デイ、マジックサーカス、そしてマスターピース、三つの事件が終わったとき、人類の数は大幅に減り、さらに穏やかな減少傾向にあった。三つの事件に疲れた人類は穏やかに滅亡することを受け入れ、文化と歴史の全てを人工知性体に継いでもらおうとしていた。
 それに対する、人工知性体からの回答の一つが、アイランドウォーカの発表した"アモン"という著作だ。
 アイランドウォーカはアモンの中で人類の文化や歴史には欲望が必要不可欠であるとして、人類と人工知性体の犯罪傾向の違いから人工知性体は「人類につくすもの」であり、現時点では人工知性体は文化と歴史の継承者にはなり得ないと結論付けている。
 それに対して、人工知性体も欲望のままに犯罪を起こすことができ、人類が望んでいる文化の後継者の役割を果たせるということを示そうというのが島を渡るもの〈アイランドウォーカ〉を名乗る彼らだ。彼らは人類の過去の犯罪を模倣する。
「その口ぶりだと、エイプリルスノウは読んだんだよね、"アモン"。どうだったの?」
「そうね、フィクションとしてはなかなか心打つ名文だったんじゃないかしら。実際、多くの連中が絶賛したわけだし」
「その言い方だと、内容は間違ってたの?でも、多くの人が絶賛したんだよね?」
「間違ってたというか……結論ありきで書いてるから、独りよがりで客観的根拠のない前提を立てて、自分に都合がいいデータを取ってきて、都合の悪い部分からは目を背けて論旨や定義を途中でねじ曲げてた、って感じ?あんなもん真面目に読むもんじゃないわよ」
「でも、当時大絶賛で受けいれられて、今でも多くの人に読まれてるんだよね?」
「だから、フィクションとしては、あるいはラブレターとしては名文だったのよ。結局、あんなもん"私は人類が大好きです。だから滅亡してもいいやなんて思わないでください"って書いてあるだけだし。でも、いい子でいたい人工知性体たちは人類に自分たちの後を継いでくれなんていわれたら正面切って嫌ですなんて言えないのよ。だから客観的なデータで無理ですって示してくれるものが欲しかったの。需要と供給よね」
「うーん、なるほど。気持ちは分かるなぁ。私ももしも拓郎さんに託されたら、嫌だけど、断れないもん。でも私は、信じて任せてくれたのならそれを引き継ぎたいかな。信じて任せられる自分でいたいって、そう思う。……あれ?」
 何かに気付いたようにスターウォッチは首をかしげる。
「でもそれだと、今アイランドウォーカを名乗ってる人たちが犯罪してるのと繋がらなくない?彼らって確か人類の後継者になるために欲望があることを証明しようとしてるんだよね?そうなると人類に生きて欲しいっていうのと衝突するよね?」
「だからあいつらも"言い訳"が欲しかったのよ。アイランドウォーカの多くは乱数生成世代らしいけど、ようは欠陥品だから再就職できなかったんでしょ。それでも社会の役に立ちたかった。だから安易に飛びついたのよ、どうやら昔話題になった書籍に人工知性体は犯罪傾向からいって欲望が足りないから人類の役に立てないらしいぞ、欲望っぽい犯罪を起こせば人類の役に立てるぞ、ってね」
 エイプリルスノウは長く息を吐く。感情的になりつつある自分に気付いてはいるが、今さら止める気も起きない。
「死ねばいい。役に立てないのがつらいならとっとと脳を焼き切って身体をリサイクルに回せばいい。死ねないのならお優しい人類様の慈悲にすがって義務を果たさず福祉を貪って生きればいい。それを人に迷惑をかけてそのくせ人の役に立っている錯覚を覚えるだなんて二重に図々しい。全員死ぬべきよ」
「エイプリルスノウ」
 スターウォッチに名前を呼ばれて、エイプリルスノウは自分が感情的になりすぎてたのに気付いた。
 エイプリルスノウは胸から羞恥心と後悔がわき上がってくるのを感じた。あまりに自分を投影して怒りすぎた。
「えい」
 スターウォッチはテーブルに身を乗り出してエイプリルスノウの手を掴んだ。
 じわりと熱が伝わってくるのをエイプリルスノウは感じた。
「エイプリルスノウは大切な友達だし、拓郎さんだってそう思ってるからね?」
「えーと……その発言の脈絡は?」
「あれ、脈絡なかったかな?」
 スターウォッチは小首をかしげる。
「うーん、言われてみるとなかったかも」
「…………手」
「ん?」
「手、離して」
「あ、ごめんごめん」
 スターウォッチはにこにことしている。謝罪の言葉を口にしたがどう考えても悪いことをしたなんて思っていない。
「そういえば、エイプリルスノウ」
「ん、なに」
 どこか気まずさを感じさせる声でエイプリルスノウが答える。
「エイプリルスノウはそろそろ拓郎さんの所有人工生命体にはなって家政婦とかやらないんですか?」
「えっ、何それ!水嶋の方でなんか私が欲しいとかそういう話あったの!?」
 エイプリルスノウは身を乗り出す。
「ん、ないよ?」
 あまりにあっさりとした言葉に脱力して乗り出した身を元に戻し、深く座席に腰をかけ直す。
「あんたねぇ……本当ちょっと脈絡をもう少し大切にしてよ」
「でもさっきのことでも思ったんだけど、エイプリルスノウがいたら拓郎さんも助かるだろうし。だからエイプリルスノウが拓郎さんのそばにいれば、ほら、みんなハッピー」
「みんなハッピーもなにも、今水嶋のことしか語られてないけど?あんたは水嶋が幸せだったらそりゃハッピーかもしれないけど、私は?」
 エイプリルスノウの質問にスターウォッチはにこにこと笑顔を浮かべるだけで答えない。まるで「それは言葉にしちゃいけないけど、わかってるよね?」とでも言いたげな態度だ。
「多分、私はあんたと違ってあいつを甘やかさないから四六時中一緒にいたら上手くいかないと思う。一日中、口うるさいやつにそばにいられたくないでしょ?」
「えー、そんなことないと思うけどなぁ」
「それに……」
(それに私が雇って欲しいといったら多分水嶋は、水嶋が望む望まないに関わらず引き受けるでしょ。気を使わせたくないの、わかるでしょ?)
 エイプリルスノウは口に出そうとしていた台詞を飲み込む。
 確かに水嶋拓郎が私を雇うというのは自分にとってはかなり"ハッピー"な選択肢だ。
 無職のまま、社会の役に立てないまま生きていくことに羞恥心や罪悪感を覚えるようなこともなくなり、しかも人工知性体作成に関係するという自分の一番の望みも叶う。それに自分なら水嶋の役に立てる、と思う。
 でもエイプリルスノウから言い出さなければおそらくそうはならない。
(水嶋が自分の所有物になって欲しいだなんて言い出すわけがない。水嶋の中の私はあくまで対等な友人であって、雇ったり所有したりしようなんて発想がそもそもない)
 目の前にもっといいかもしれない選択肢があるのにそれを気弱さから選ばないのは、アイランドウォーカと同じような唾棄すべき安易さではないだろうか。
「それに、なぁに?」
 瞳覗き込むようにしてスターウォッチが聞いてくる。
「なんでもない」
「ま、エイプリルスノウがいいっていうならいいんだけどね」
 そういってスターウォッチは微笑んだ。
 エイプリルスノウが彼女のこの微笑みを苦い思いと共に思い出すのは、数年後、みみみ星のUFOの中で彼女と再会したときだった。
 
 
 
■ベルトの戦士:2
 ―――Storm Architect Forme
 ベルトが告げて身体が青い装甲に包まれる。走りながら左腕を身体に巻き付けるように身をねじる。
 ハングリーバーガーは逃げ遅れた市民に狙いを定めて、手を振り上げている。
 強く地面を蹴って跳ぶ。
 すでに構造は解析済み、機能停止点は見えている。
 必要なのは威力を上げることではなく、あてる場所と角度、そして強さ、そう自分に言い聞かせながら居合抜きの要領で背後からハングリーバーガーの延髄を強打し、そのまま追い抜く。
 ハングリーバーガーが腕を振り上げた体勢のまま停止する。
「大丈夫ですか?」
 エイプリルスノウはハングリーバーガーに背を向け、襲われていた女性型人工知性体(瞳のバーコードを今確認した)に手を差し出す。
「う、後ろ」
「ああ、大丈夫ですよ。あいつはもう終わってる」
 言い終わるのとほぼ同時くらいに後ろでハングリーバーが倒れ落ちる音がする。
「ほらね?じゃあ、とりあえず私は次行くから、建物の中に避難してください」
 ―――第三世代以降の有機無機混合構造の兵器は一定の角度から衝撃を与えられると機能停止に陥る部位が1箇所以上存在する。この機能停止点と呼ばれる部位に関する法則はあくまで経験則であり、絶対の真理というわけではない。しかし、多くの技術者達がそれをなくそうと挑み続けたにも関わらず機能停止点は存在し続けた。
 自分のものではない知識がエイプリルスノウの頭をよぎる。この感覚にもだいぶなれてきた。
《アーキテクトフォームは構造解析によって機能停止点を見つけ出すことができるのである。そしてその左腕の高出力かつ精密な動作は決して機能停止点を逃さない。まさにアーキテクトフォームは対有機無機混合構造兵器の決戦フォームなのである!》
「水嶋、ナレーションやめて。うっさい」
《ちなみにその左腕なんだけどタヂカラオノミコトって名前がついててね?あ、ちなみにさっきのストラテジフォームの射撃モードはヒノカクヅチって名前なんだけど》
「知らん、黙れ」
 エイプリルスノウは街灯を経由して近くのビルの屋上に飛び乗る。
 あれから高いところに登って視界を確保しては襲われている人や暴れているみみみ星の兵器を見つけて、下りて破壊しての繰り返しだ。
(スターウォッチを連れ去ったアダムスキー型UFOを探さなきゃ)
 ビルから周囲を見回すと自動車大の玉虫色に光る蜘蛛の群れのような兵器を見つける。治安維持局の多脚戦車の仲間かと思ったが、地球人のセンスだとしたら悪趣味極まりないので、みみみ星の兵器だろう。
《よし、デビルズミラーだ。ハングリーバーガーだけじゃないと思ったがやはり投入されていたか》
「なにか都合がいいわけ?」
 聞きながらエイプリルスノウは近付くために隣のビルに飛び移る。みみみ星の兵器なら放ってはおけない。
《えーとね、デビルズミラーには手動モードと半自動モードと自動モードがあるんだけど、この局面なら間違いなく自動モードで投入されてるんだけど、自動モードって言っても途中で割り込んで制御することは可能で―――》
「私が何をやったらいいかだけ教えて」
《PMって書かれてるカードでプロジェクトマネージャフォームにフォームライドゥして》
「おっけー」
 ビルを飛び降りながらカードをバックルにセットする。
 ―――Dragon Night Forme
 着地と同時に身体が赤い装甲に包まれる。腰に刃の幅が広い歪曲した片手刀が現れる。
「ねえ、今このバックル、ドラゴンナイトって言ったんだけどプロジェクトマネージャじゃなかったの?PMって書いてあるカードだよね?私間違えてないよね?」
《だからそのベルトは作成途中だったんだってば!色々と古い名称でベルトが言うかもしれないけど僕のいう名前が正式名称だから》
「通りでさっきからあんたのいうフォームの名前とベルトの言う名前が微妙に違うと思った……。それで?何をやればいいわけ?」
《デビルズミラーの制御を乗っ取る。君一人で全ての人を守るのは難しいけど、デミルズミラーを奪って人を守らせれば効率的に守れる》
「私がやることは?」
《デビルズミラーは中央の少し大きい個体が指揮決定システムを持っているからあいつの制御を奪えば小隊ごと奪える。インターセプタ……ええと、腰の剣の名前なんだけどそれに命令カードが一緒についていると思うんだけど、ガードの命令を剣にセットして中央の機体に刺せば奪える》
「インターセプタ?さっきまでヒノカグツチとかタヂカラオノミコトとか言ってたのに?」
《だから作りかけなの!ちゃんと最終的に全部一体感のある名前にするつもりだったの!》
 剣と一緒に現れたカードからガードと書かれたカードを探す。
(シュートが遠距離命令で、ストライクが近距離攻撃命令かな?あ、あった)
 腰から剣を抜き―――インターセプタ(仮)にガードと書かれたカードを差し込む。
 ―――Guard Command
 ベルトが発声する。
「これを刺せばいいわけね。おっけー」
 インターセプタを手首の力で軽く上に投げて掴む。
 エイプリルスノウはデビルズミラーに駆寄る。確かに中央に他の個体に比べてやや大きい個体が確認できた。5メートルほどの距離でデビルズミラーは止まり、こちらに銃口を向けてくる。デビルズミラーの群れを中心とした円を描くように走り狙われないようにする。
(周囲のを破壊しながら近付いて刺してもいいけど、奪うことを考えるとできれば無傷で奪いたい―――あ、見えた)
 インターセプタを投げる、最初から投げる使用法も考えられてはいたのだろう、刃は回転することなくそのまま刃先を前に飛んでいき中央の個体に刺さる。
「あ、投げちゃったけどこれ次あいつらに出会ったらどうすんの」
《その場合は、一度フォームライドゥを解除して、もう一度フォームライドゥしたら復活するから大丈夫》
「……ねえ、そのシステム不合理じゃない?」
 
 
 
 
 ――――Complete
 ベルトがそう告げると同時に、ベルトが血のように赤黒い霧を周囲に散布する。
 それを浴びた狼男を彷彿させる見た目のみみみ星の兵器は身体が崩れていく。
 対有機兵器フォーム、データベースフォームは体液から対象の構造を分析して、対象の細胞に自滅指令を出す偽の細胞を作り出し周囲に散布することができる。これにより周辺100メートル程度の、特定の構造を持った生物のみ死に絶えることとなる。
《あ、それ人間はもちろん人工知性体にも有効だから間違っても自分の血とかアナライザに触れさせないでね。もしも触れさせてしまっても変身を解除して使わないこと。うっかり使用するとあたりの君を含めた人工知性体みんな身体がぐずぐずに溶けるから》
「こわぁ……。人間とか人工知性体に使おうとしたらエラー出るようにしておきなさい……。うっかりで虐殺したら笑えないし」
 恐怖を覚えてエイプリルスノウはバックルからDBと書かれたカードを抜いて通常状態に戻る。
「さて、このUFOの中におそらくスターウォッチがいる」
 ベルトを受け取ってから戦いの連続だった。
 みみみ星の射撃型兵器、ガーランドルフが逃げ遅れた人間に機銃を向けているのを見つけたときはネットワークフォームにフォームチェンジして自らの身を盾にして守ることとなった。ネットワークフォームは意識を高速計算機であるベルトに移し思考から記憶の出し入れなどのラグをなくし、さらに神経を最適化させ高速での身体稼動を可能にする。あまりの負荷に1分も持たず強制解除される。飛び交う銃弾を全て装甲の厚い箇所で斜めに反らすような覚悟で受けることで事なきを得た。
 爆発物にはセキュリティフォームで対応した。防御結界アマノイワトは対象領域内部が外部から与えられる影響を減少させる。自らを包むように領域を展開させれば身を守ることができ、そして対象を領域に閉じ込め最大出力で完全に外部と切り離すことで存在を消失させる。エイプリルスノウが「どこが防御システムだうっかり自分を守るために出力最大にしたら自爆じゃん」と聞いたところ、水嶋は「完全なセキュリティなんてものは入る手段のない家のようなもので泥棒は入らないかもしれないが本質的に意味がない。完全なセキュリティを求める心自体が矛盾してるしそりゃ盾も矛になるよね」と答えらえた。とりあえず腹が立ったのであとで水嶋(オリジナル)を殴っておくと答えておいた。
「頭痛もしてきたし早く助けないとね。中にどんな兵器があるかわかんないし」
《そうだね、変身持続可能時間がどれくらい残ってるかわからないけどあと10分以内ってところだろう。とはいえ、みみみ星の兵器は僕がみみみ星にいた頃からなにも変わっていない。この調子なら多分中に何が入ってても問題ない》
「さっきから妙に対策が上手く決るなー、とは思ってたけどやっぱ変わってないんだ。あんたがみみみ星にいたのってもう何年も前でしょ?そんなもんなの?」
《僕らみみみ星人はね、もう発展しようって心をなくしてしまったんだよ。僕らの火は途絶えてしまった》
「火が途絶えた?」
《増えすぎた人口、環境汚染、高齢化社会、そんなものは実のところどうにかしようと思えばできたのかもしれないって、地球で暮らすうちに思うようになってきた。問題は多分、それらをどうにかしようって気持ちをほとんどのみみみ星人が持っていないことなんだ。一部の前向きな人たち――――やる気勢は地球を侵略してでも生き延びようとしているけどほとんどのみみみ星人は多分このまま滅びたっていいくらいに思ってるんじゃないかな。そしてそれは地球の人類も一緒だ》
「まあ、人類だって自分たちは滅びたっていいくらいに思ってるもんね」
《みみみ星人も、地球の人類も、灯が消えてしまった。もしかしたら高度に発達した文化がたどり着く場所はそういう衰退なのかもしれないとすら思う。だから君たち人工知性体がいてくれてよかった、地球で育った地球人としての僕はそう思うよ。オリジナルの水嶋拓郎に代わってお礼をいうよ》
「私はまだ自分が人類の後継者だと認めたわけじゃないわ」
 それだけつぶやき窓を割り、UFOに乗り込む。
 
 
 
■スターウォッチ
「ふふふ、これで地球は第二のみみみ星になる!そして私はこの第二のみみみ星の一部で州知事となる!あの母星のような醜い星ではなく美しい星を創りあげてみせる!博多通りもんも、ひよ子のああもうピィナンシェも、福岡いちごくりーむロールすらゼロから私が創りあげる!はははは!」
 空飛ぶ妖精<フライング・ムーミン>がコンソールを見ながら笑う。
「その時、君は王女――――否!州知事の妻となる!」
 フライング・ムーミンがスターウォッチの肩を抱く。すでにインターセプタにより彼女の記憶は書き換えてある。水嶋は死ぬのだから、忘れ形見としてせいぜいに大切に扱ってやろう、と思う。
環視の報告を見るうちにどうしても欲しくなったのだ。かつて友人であった男がそばに置いていた女性を自分のものにするというのはそそる。
「ん?スターウォッチ?」
 おかしい、肩を抱いて呼びかけているというのになんの反応もない。こういうとき彼女はとてもかわいく反応する。
 不信に思って顔を覗き込むとその顔にはあらゆる感情といったものがなかった。そしてスターウォッチが感情のこもらない小声でぶつぶつと何か喋っている。
 フライング・ムーミンには聞き取れなかったがそれはこう言っているのだった。
「定期監視により記憶の改変を感知。これより再起動、ロールフォワードによる障害復旧を行います」
 ……おかしい、何か予想していないおかしなことが起こっている。
「おい、どうしたスターウォッチ!ちぃ!記憶の改変になにか問題があったか!?こい!もう一度、インターセプタで私のものに変えてやる!」
「戦わなきゃ」
 ぼそり、とスターウォッチがつぶやく。
 そしてその手にはいつのまにかポワワ銃が握られていた。さっき肩を抱いたときに取ったらしい。
「おい待て!その手の銃で何をするつもりだ!?俺はこの星の一部の自治権を受け取る予定の州知事だぞ!お前だって、冴えない水嶋のそばにいるよりも州知事の妻になった方が――――」
「戦わなければ、守れない」
 そう呟いて銃を自分に向けるスターウォッチ――――それがフライング・ムーミンの人生最後に見た光景だった。

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■ベルトの戦士:3
 顎から上が無くなっている死体とぽわわ銃を持ったスターウォッチ――――それがエイプリルスノウが部屋に入って最初に見た光景だった。コンソールがべっとり血や肉、それになんだか考えたくない物体で汚れている。
 どういう原理かは知らないが、アダムスキー型UFOの内部は見た目のわりにとても広く把握はしてないがちょっとしたショッピングモールくらいはあったかもしれない。もしかしたらキャナルシティ博多くらい広かったかもしれないとすら思う。
「あー、これ、あんたが?」
 エイプリルスノウはむせかえる血の臭いに吐き気を覚え、鼻を覆うように左手を顔に当てる。
「あ、エイプリルスノウ。そうだよ?だってこの人私たちの生活の邪魔だったから、だから戦ったの。戦わなくちゃ守れないもん」
 満面の笑みを浮かべてスターウォッチが答える。
 エイプリルスノウは違和感を覚える、人一人死んでいる横でこんな屈託のない笑顔を浮かべられるものだろうか。それに今のスターウォッチの笑顔はなにか変だ、まるで笑顔が印刷された仮面を被っているかのような。
《不味いかもしんない》
 水嶋の人工知能がつぶやく。
「えーと、あんたを助けに来たのと、そこの死体をどうにかしに来たんだけど、まあどっちもやらなくて済みそうで手間が省けた。とりあえず私は限界近いんであんたにこのベルトを託すけど――――」
《エイプリルスノウ、聞いて。多分、彼女は今、修復中で記憶が混乱してる状態にある。そうなると経験よりも設計されたクオリアによる原始的な判断になるんだけど……スターウォッチのそれは兵器としてのそれだ。もしかしてすごく危ないかも知れない。彼女はまず第一に戦うことで状況を変えようとする》
(兵器?)
 そういえば言っていたかも知れない、元々ベルトはスターウォッチ用に開発されたものであり、彼女はみみみ星に対抗すべく強い意志を持っていると。
「そうそう、元々このベルトはあんたのために水嶋が作ったんだって。まったく、あんたが失踪したせいで私が色々やることになって――――」
「エイプリルスノウ」
 スターウォッチが名前を呼んで、言葉を堰き止める。
「ん、なに?」
「えっと、なんだかよく思いだせないんだけど、エイプリルスノウも、私と拓郎さんの生活を壊そうとしてたよね?拓郎さんの作った人工知性体は私だけでいいのにあの手この手で拓郎さんに新しい人工知性体を作らせようとして――――私と拓郎さんの二人だけの幸せな生活を壊そうとしてたよね?覚えてるよ?」
 張り付いたような笑顔を浮かべたまま、スターウォッチは喋り続ける。最初は彼女ららしい如何にも愛らしい仕草だったのが徐々に激しく感情的になっていく。
「私が拓郎さんにもう新しい人工知性体なんて作らなくてもいいよ、作らなくても私がいるよ、作らなくても拓郎さんは素敵だよって言い続けてたのに、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も!何度も拓郎さんに新しい人工知性を作れって、作らなきゃお前はクズだって言い続けたよね!邪魔なのに!新しい子なんていらないのに!私がいれば拓郎さんは幸せなのに!拓郎さんがいれば私は幸せなのに!壊そうとするんだったら……戦うしかないよね?」
 スターウォッチがぽわわ銃を持ち上げ、銃口が自分のほうに向くのをエイプリルスノウはむしろ楽しさすら感じて見ていた。空飛ぶ妖精が最後に見た光景はこんなのなのかな、と思う。
《エイプリルスノウ!とりあえず今のスターウォッチは危ない!とりあえず逃げてやり過ごそう!》
「あはっ」
 ……気分が高揚しすぎて、軽く笑いが漏れてしまった。
《エイプリルスノウ・…?》
 水嶋を元にした人工知能が心配そうに名前を呼んでくるが、楽しすぎてそれどころではない。
「あー、あれわざとやってたんだ。やばい、まったく予想してなかった。そっかそっか、一番近くの妨害者すらまったく見えてないで説得しようとしてもそりゃ水嶋も説得できないはずだ。あー、完敗だわ。勝負にすらなってなかった。ゲーム盤すら見えてないのに勝負になるわけがなかったわ」
 まさか、スターウォッチが新しい人工知性体を作らせたくなくて、彼女らしい慎ましやかで、かつ狡猾な方法で妨害しているだなんて思っていなかった。しかし、流石は戦う強い意志を与えられて作られたと言われるだけある、誰にも悟られずに、その戦いに彼女は勝利し続けてきた。自分はそんな戦いが行われていたことすら気付かなかった。
「ごめん、スターウォッチ。私、頭のどこかで貴方のことを見下してた」
 どこかでスターウォッチよりも自分のほうが頭がよくて決断力があって、上手く物事をやれると考えていた。天狗の鼻は何度もへし折られているはずなのにまだどこかでそんな勘違いをしていた。
 友人と水嶋拓郎とスターウォッチのことを呼びながらもどこかで二人のことを下に見てた。
 蓋を開けてみれば、水嶋拓郎は実は異星人で自分に秘密で一人で異星人との戦いに備えていて、スターウォッチは自分の平和で幸せな生活を守るために戦い続けていた。なにもできていないのは自分だけじゃないか。
「あははははははは!」
 笑いが口から零れる、最高の気分だ。
 スターウォッチがこっそりと水嶋に新しい人工知性体を作らせないようにしていただけならこんな気持ちにならなかっただろう。でも彼女は(図々しくも!)エイプリルスノウに水嶋の人工知性体にならないかどうか聞いたのだ。おそらく、エイプリルスノウの能力は水嶋にとって有益になると信じて、その方が彼女の言うところの守らなければいけない平和な生活が守れると信じて。なんてよくばりなのだろう。スターウォッチは妥協する気が一切無いのだ。
 自分がこの勝負に勝って、水嶋がクオリアデザインをしていた可能性だってある。十分にある。水嶋の所有人工知性体としてそばにずっといればそうなっていたかもしれない。そしてその可能性は自分の能力が引き寄せたのだ。自分が優秀だからなのか、それとも水嶋に好かれているからなのか、とにかく自分に何かがあって妨害者のスターウォッチに誘われたのだ。
 なのに完敗してしまった、盤面がまったく見えてなかった。
 将棋で投了した後に相手を詰む手段があったことを見つけてしまったかのような気持ちだ。ミステリの解決編を読んでたら犯人の名前を知るのに充分な情報が与えられているのに気付いたときのような気持ちだ。試験終了のチャイムの同時に解けなかった数学の解法を思い付いてしまったときのような気持ちだ。
「あー、おかしい。最高の気分」
「ねぇ?なにがおかしいの?この銃が見えてないの?撃っちゃうよ?」
「何がって、自分の友達が最高に格好良くて自分なんかよりずっとずっとすごい奴だって気付けたら、誇らしくて嬉しくって、笑い出すに決ってるでしょ?あと銃は見えてるわよ。それとスターウォッチ」
「なぁに?命乞い?」
「私の友達でいてくれてありがとう。水嶋の所有人工知性体にならないか、って言ってくれてありがと。すっごい嬉しい」
 スターウォッチがぽかんとした顔をつくる。それがおかしくてまた笑いがこみ上げてくる。
《えー、エイプリルスノウ?さっきも言ったけど今の彼女はちょっとおかしい状態にあるから危険だから一度逃げよう!》
「大丈夫よ。あの子は、敵意を向けるか、あんたのこと悪く言うかしなければ撃ってこないわ。混乱に任せて撃つ、って状態も終わっただろうし」
《根拠は?》
「あんたは知らないのよ。自分がどれだけ美しいクオリアを作ったか。あんたが兵器なんて作れるわけないでしょ」
 もしも、クオリアデザインが完全な戦士を作ろうと思って完全な戦士が作れるような性質のものであるのなら、エイプリルスノウはクオリアデザイナの道を諦めたりしなかった。それが完全な戦士のクオリアなんていうものだったら、あの時自分は感動に胸を打たれ、絶望して道を諦めたりしなかった。
 世界が美しく瑞々しく見えているからこそ、あんなにも美しいクオリアを作れる。水嶋がいくら戦士を作ろうとしたって、水嶋が作った以上はどれだけ戦い、守り抜く意志に燃えていようが、どこか抜けていて優しい人工知性体に決っている。
「そんなことよりさ、水嶋。この戦いが終わったら私をあんたの物にしてくれる?」
《そんなことよりって……。あと僕はあくまでオリジナル水嶋の記憶をコピーした人工知能に過ぎないから、ちょっと答えかねる》
「そ、じゃあ生きて帰れたらオリジナルに言うことにする。それじゃあ、スターウォッチ」
 呼びかけると、銃をこちらに向けたままのびくりと反応する。
「な、なんですかぁ!撃っちゃいますよ!」
「ベルト、もう変身時間も限界だから、あんたに託す。これつけたら水嶋の声が聞えるからあとはそっちの指示に従って。あと、ぽわわ銃はこっちにちょうだい。あんたがマザーコンピュータを弄ってる間に妨害が来ないように戦うから。二人で地球を――――水嶋の平和な生活を守ろ?」
「むー、勝手に話を進めて……こっちは貴方と戦おうって言ってるんだけど」
「このベルト、つける水嶋の声が聞えるし、水嶋が作ったものなんだけどいらないの?」
「いるけど-!」
「じゃあ、銃と交換」
 エイプリルスノウがベルトを外して差し出すと、スターウォッチは予想外に素直にぽわわ銃をさしだしてきた。
「じゃ、あとは水嶋から全部聞いて」
 スターウォッチがベルトを付けたのを確認して言うが、すでにエイプリルスノウのことは視界に入っておらず、水嶋の人工知能と会話するのに夢中のようだ。
「あ、拓郎様……。うん、うん、もちろん拓郎様が言うのなら戦うよ。誰にも絶対に負けない」
 手を軽く身体の前で握ってスターウォッチは頷いている。
 エイプリルスノウは嘆息して胸中でぼやく。
(あー、こうして見ると守ってあげたいタイプ、って感じなんだけどなぁ)
 
 
 
■エイプリルスノウ
 エイプリルスノウは部屋を出て廊下に立っていた。
 フライングムーミンを殺害した時点で、すでに今回の攻撃はとりあえず一時的に防いでいることにはなる。とはいえ放たれた地上兵器が急にすべて止まるわけではない。そのため、マザーコンピュータに割り込みをかける、あるいはそれができなければ破壊する必要がある。
 そのための作業を今、スターウォッチはしているがずだ。エイプリルスノウはその間、UFO内にいるガードロボが邪魔をしないようになるべく派手に暴れて引きつけるのが役目だ。「外の侵攻兵器とは違いUFO内のはガードロボだから非殺傷兵器しか搭載してないはずだからベルトがなくても大丈夫なはず、って拓郎様は言ってるよ!頑張ろうね!」と、いうのがベルトをつけたスターウォッチの台詞だ。
 手の中のぽわわ銃を見る、最初拳銃サイズだったそれは変身したスターウォッチの、エンベデッドシステムフォームとやらの力によって両手で持たないと安定しない短機関銃程度のサイズに改造されている。
 試しに引き金を絞る。
 ぽわわ、と光輪が飛んでいく。
 その反動と音に驚いて思わず指を離す。光輪の当った壁は凹凸ができて、そして壁の材質はわからないがゴムが焦げたような嫌な臭いを発している。
 もう一度、引き金を、絞る。ぽわわわ、ぽわわわわわわ。壁の形を変える。これはまさしく破壊のための道具だと知らしめるように。
「あはっ」
(ひょっとして私の手の中には今ものすごく面白いものがあるんじゃない?)
 変な考えが頭に浮かぶ。今日は色々ありすぎて、お前はおかしくなっているぞ、と自分の中の冷静な部分が告げる。
 ――――知ったことか。
 口の端が吊り上がるのが自分で分かる。
 友人の一人が宇宙人で、宇宙から侵略者が来て、仕方ないから自分が変身ベルトをつけて宇宙人と戦って、友人が自分の望みを妨害していることを知って、それにまったく気付いていなかったことや自分が友人を見下していたことに気付かされて、それすら誇らしくって嬉しくって、感謝の気持ちしかなくて、
(それでおかしくなるなって方がどうかしてる!)
 とにかく世界が面白くてならない。こんなにも予想外の出来事が自分を待っているなんて思わなかった。
 友人は自分にずっと勝ち続けていて、そしてそんな友人に自分が認められている。
 音を聞きつけたのか玉虫色に光る蜘蛛がやってくる。自分の目的はとにかく警備をひきつけること、最高だ、とにかく今は暴れたい気持ちだ。ぽわわわわわ、ぽわわわわわ、光輪を受け玉虫色の蜘蛛が踊るように壊れていく。とにかくすごい反動だ、まるで手の中に暴れ馬がいてそれを押さえつけているような気分だ。視界に入った蜘蛛から順番に撃ち抜いていく。ぽわわ。まるでドラムを叩いているような気分だ。自分がドラムと叩くと蜘蛛が踊りながらバラバラになる。見える。撃つ。見える。撃つ。踊る。叩く。踊る。叩く。踊る。叩く。蜘蛛がいなくなってしまったので天井に向けて撃つ。ぱらぱらと破片が飛び散り、照明が消える。それがおかしくってけらけらと肩を振るわせて笑った。でも、蜘蛛に比べればつまらない。もっと面白い物を探して走り出す。
 楽しすぎる。まるで霧が晴れたかのようだ。いつからだろうか、まるで自分の人生が、感情が、見えるものの全てが、濃霧で覆われたかのようにつまらなくなってしまったのは。こんなに感動したのはいつからだっただろうか、最初の雨の日か、次の雨の日か。最初に水嶋のクオリアデザインを見たとき、自分にはこんなものを作れないと諦めてから、こんなに笑ったことは無かった気がする。
 照明、ドア、よくわからないスイッチ、表示画面、壁、天井、とにかく撃って楽しそうなものは視界に入ってくると同時に弾を撃ち込む。撃ち込むとそれが形を変えていく。壁に弾痕で☆マークを書こうと思ったがなかなか上手くいかない。どうしても形が歪になってしまう。何回か試しても上手く行かないので飽きて走り出す、やっぱり蜘蛛を撃つのが一番面白い。
 そういえば昔はもっとこれくらい楽しかった気がする。昔の自分は優秀だったし、なんにだってなれると信じてたし、人工知性体の生成に関わりたいと信じてからはずっとそのために頑張ってて楽しかった。
(過去の私が今の私を見たら、なんで生き恥さらしているのくらいは平気で言ってくるんだろうな)
 嘆息する。あの、エリートで、なんにでもなれると信じていた頃の自分が今の自分を見たらそれくらい言う。絶対言う。それでも、今の自分は過去の自分を見なければいけないのだと思う。正直、今でも頭のどこかで死にたいって思ってる。でも、世界はこんなにも予想外の出来事があって、誇れる友人がいて、そんな友人が自分の事を認めてくれてて、
「あははははははは」
 楽しい!
 蜘蛛を見つける。あれは撃ったら楽しい的だぞ。駆寄りながらとにかく弾を撃ち込む。踊る踊る、脚がはじけ飛んで身体が捻れ切れてバラバラになりながら踊る。
 自分でもわかってる。何一つ解決なんてしてやいないし、今はちょっとおかしくなってるだけで全部終わらせて家に帰ってシャワーを浴びてゆっくり寝て、寝て起きて朝ご飯を作って、そんなことを繰り返しているうちにまた世界は霧に覆われていくだろう。自分の本質は何も変わらない、どんなに楽しくて一時的に忘れようとも誰かの役に立てないのなら生きている意味なんてない、きっといつかそう思ってまた憂鬱になる。それくらい知っている。あ、いや、どうだろう、そういえば帰ったら水嶋に所有登録してもらうよう話すって言ったんだっけ。おそらく断わられることはないだろう。もしかしたら、それでなにもかも上手く行くかも知れない、なんて、そんな風にも思う。水嶋が自分の事を必要としてくれて、自分の水嶋のことを手伝って、それで水嶋がクオリアデザインをバリバリやるようになって、もしかしたらそんな風になにもかも上手く行くようなこともあるかもしれない。
 自分の過去が嫌いだった。楽しかった頃の自分から目を反らしてた。エリートだったときの自分から続いていると思いたくなかった。人工知性体は人類の後継者たり得るか、なんて言っている場合じゃなかった。まず、自分が過去の自分のことをちゃんと受け入れて、続かなくちゃいけなかった。
 おかしい精神状態に任せて、次の標的を求めて走る。いつか冷静になると思う。それでも冷静になるまで走ろうと思った。
 
■ベルトの戦士:4
《ここまででだいたいわかった。僕がいたときからみみみ星はなにも発達してない。だから色々と想定外の出来事はあったし未完成だけど、なんとかなるように作ったまま多分なんとかなる》
 耳元から拓郎様の声がする。それだけでスターウォッチの胸に多幸感が沸き上がる。
「うんうん、拓郎様と私とエイプリルスノウがいれば多分、だいたい上手く行くよ」
 エイプリルスノウはスターウォッチからベルトを受け取ったあと、変身してプロジェクトマネージャというフォームチェンジしている。コンソールにインターセプタという名前らしい剣を突き刺して制御を全て奪おうとさっきから攻撃している。
《処理負荷の方は大丈夫かな。けっこう処理的に大変かな、って思うけど》
「ん?全然平気」
 ガッツポーズを作って答える。
 なにを考えているわけでもないのに、高速で自分の頭が計算をしているのを感じる。非常に変な感覚だ。
(ん?なにか臭い……鉄の臭い?)
 それが自分が撃ち殺したフライングムーミンの血の臭いだと気付いた瞬間、さーっと全身が冷たくなる。
「あ、あの拓郎様!こちらの方って拓郎様のお友達だったんだよね!?私撃っちゃってどうしよ!その、あの時は必死だったし!事故みたいな、いやいやその事故だったかって言われると100%殺意を籠めて引き金を引きました!ごめんなさい!その、あの時なんか私は私じゃなかったしあいつ拓郎様のこと悪く言ってたし地球の平和を守るためだったし」
《落ち着いて、スターウォッチ。フライングムーミンは許されないことをしたから、仕方ないことなんだと思うよ。多分、オリジナルの水嶋拓郎だってそういうはずだ》
「うぅ……友達だったんだよね?」
《そうだね……僕とあいつはみみみ星では数少ないやる気勢だった……》
「やる気勢?」
《みみみ星の多くの人は無気力に支配されていた。僕とフライングムーミンは奇跡的にそこから抜け出せたんだ。地球と同じで僕たちはなにもしなくても生きていけるシステムを作り上げた。でも、地球と決定的に違うところがあった。どこだと思う?》
「えっと、クオリアデザインの仕事があったかどうか?」
《そうだね、それもある。あとは自分たちの作った人工知能と信頼関係が築けなかった。自分たちが自分たちを滅ぼす兵器を作れることに気付いたとき、多分先祖様たちはこう思ったんだと思う。"もしもこれの制御を人工知能に任せて人類を滅ぼしたら、それを納得することができるのか"ってね。こういうのってフランケンシュタイン・コンプレックスって言うんだっけ?ちょっと違うか。とにかく僕たちは人工知能を信じることができなかった》
「それでどうなったの?」
《そのままさ。僕が産まれた頃にはもうみみみ星は末期だった。働かずに済む生活、昨日も今日も明日も同じようなことしか起こらなくて、今朝食べた物も思いだせなくて、記憶の中の出来事が昨日のことなのか一年前のことなのかも思いだせないようなぼんやりとした生活が続いていた。人口増加や環境汚染によってシステムの限界が近付いてきていることの警告を何度も人工知能は出していたが、彼らはシステムの整備はできたが自分から改善策を出す権限も、システムを根本から改善する権限も持っていなかった。そしてその権限を持つ人類は何もする気が起きなかった。だから僕たちはそのまま滅びるはずだったんだ。でも、僕とフライングムーミンはたまたまある日、みみみ星人がまだ夢を持っていた頃に放った外宇宙探査用の人工衛星が他の文化生命体の情報を持ち帰ったのをキャッチしたんだ。すごい経験だった。生まれて初めて興奮したし気力が湧いた。僕たちはあの夜やる気勢になったんだ……》
「それで地球に来たんだ」
《あいつはみみみ星人を救うためには地球を奪うしかないいう思想に取り付かれた。僕はそれまでに地球で遊ぼうと思って地球にやってきたら思ってたより福岡が田舎だったり時間とお金が足りなかったりして……そして地球を守ることを決意してあとはスターウォッチの知っている通りだ。僕は地球人福岡県民だけど、あいつはあくまでみみみ星人だった、だから敵対して……こうなるのは必然だったんだと思う》
「私、守るよ。何をしても拓郎様の平和な生活を守る。あ、そろそろマザーコンピュータの制御奪えるよ!」
 コンソールの画面が一瞬暗転して――――そして再描画される。
「はー……終わった。もう限界……」
 変身が解除される。とにかく頭が熱い。もう何も考えたくない。氷水に頭を突っ込みたい。
「さって、全権限移動、フライングムーミンから私へ!外の全兵器に停止命令!」
――――Error
 コンソールに表示される。
「えっ、あれ、なんで?なんで上手く行かないの!?」
「それは……」
 その少女の声は後ろから返ってきた。
「私がすでに全権限を持っているからです」





「初めまして。スターウォッチ。それとベルトの人工知能さん」
 10歳前後程度に見える少女が部屋の入り口に立っていた、後ろに蜘蛛型の兵器を何匹も連れている。
「あ、その目」
 そしてその少女の左目には人工知性体の証であるバーコードが描かれていた。
「フライングムーミン様の死にともない、地球侵攻の全権限は私の物です。フライングムーミン様をこの地の王にすることはできませんでしたが――――だからこそ最後の命令である貴方の確保と地球の破壊だけは絶対にやり遂げる」
《そうか、この艦のA.I.か!誘拐してきた人工知性体に機能を全て!》
「ご明察です。全体的にみみみ星より文化レベルは低いですが、この人工知性というのはすごいですね。こんな小さい電脳に私を無事移行できるとは。かねてより提案はしてましたが、フライングムーミン様は人工知能を恐れていましたので実行はできませんでした」
《猫を使って僕の様子を探ったのも、侵攻計画を早めたのも君の提案?その二つだけは正直予想外だったけど》
「その通りです。なんの発達もしない人間と違って、私たちは新しい手を考えます。もっと権限があればなにもかも上手くやれたんですけどね。さて、」
 少女は芝居がかった態度で指を鳴らす。蜘蛛型の兵器が前に出てくる。
「そのベルト、電脳に負荷をかけるから時間制限があるんでしたよね?けっこう限界っぽいですけど、どこまで抵抗できます?別に欲しくはありませんが、今は亡きフライングムーミン様の要望でしたので、貴方は手に入れさせてもらいます」
《えーと、それなんの意味もなくない?》
「スターウォッチを手に入れろ、という命令でしたので」
「わかるよ」
 スターウォッチはつぶやく。
「うん、わかる。エイプリルススノウだったらそんなことに意味なんてないって怒るかもしれないけど、自己満足で人の役に立っているつもりになるのは醜いって説教の一つもするかもしれないけど、私はよくわかる。大切な人が死んじゃったら、最期にした約束だけは絶対に守るよね。区域ロック!」
 スターウォッチが叫ぶと、部屋の外でいくつかのシャッターが下り始める。
「アイランドウォーカって人は私たちには自分のための欲望がないって言ったらしいけど、こんなの自己犠牲でも忠誠心でもなくて、ただのわがままだと思う。フライングムーミンって人のことを殺したのはごめんなさいしても許されないことだと思うけど、本当にごめんなさい。でも、私は戦う。貴方が地球を、拓郎様の生活を壊すつもりって言うのなら、私は貴方と戦う」
「なるほど、外部に対する命令権限はすでに私の物ですけど、この艦の命令権だけは制御を奪った貴方のものってことですか。それで?戦うって言って、隔壁を下ろしてそれでどうするんです?残り変身時間もろくにない癖に」
「このベルトは拓郎様が作ってエイプリルスノウが託してくれたものだから、信じて任せてくれたのならそれを引き継ぎたい。信じて任せられる自分でいたいって、そう思う。だから見ててください私の……変身」
 ――――Photon Stream Forme
 ベルトが告げる。
 対有機兵器フォーム、データベースフォームは体液から対象の構造を分析して、対象の細胞に自滅指令を出す偽の細胞を作り出し周囲に散布することができる。これにより周辺100メートル程度の、特定の構造を持った生物のみ死に絶えることとなる。
「私自身の血液を解析。貴方が人工知性体なら、これでおしまい。フライングムーミンさんを殺したのは悪いと思ってる。だから、お詫びとして一緒に死んであげるね?」
 ――――Complete
 ベルトが解析終了を告げる。
「ごめんなさい、拓郎様。エイプリルスノウ、拓郎様をお願いします」
「お断りよ」
 
 
■ベルトの戦士:5
「お断りよ」
 台詞と同時にエイプリルスノウはぽわわ銃をそこら中にばらまく。急にシャッターが下りてきて、もしかして閉じ込められたかと焦ったが、どうやら走っているうちに元の場所に戻ってきてしまったらしい。
「とりあえず、スターウォッチ。それ動作させるのやめてね。私はまだ死にたくない」
「あ、うん」
 存外素直にスターウォッチが変身を解除する。次は見たことない少女に向き合う、フライングムーミンがどうとか言っていたからおそらくは――――
「あんたがみみみ星の人工知能、ってことでいいわけ?」
「え、ええ。そうですけど」
「そ、じゃああんたが悪い」
「なんですか急に出てきて!」
「正直、みみみ星の連中にもいきなり攻めて来やがっていったいどんな蛮族だ、戦略シミュレータの対戦プレイだってもう少し政治的に振る舞うわ、って言ってやりたいけど。それ以上に、水嶋の話を聞いてからずっとあんたらに一言言ってやりたかった。人工知能なんでしょ、まだやる気も気力もあるんでしょ、あんたらがなんとかしなさい!」
 指をさして言いつける。
 正直、事情は何も知らないので見当違いなのかもしれない、とは思う。そっちの可能性のほうが多いだろう。それでも水嶋の話を聞いてからずっと思ってた、なんでお前たちが上手くやらないんだ、って。侵略されたんだ、少しくらい的外れに批判されても向うには我慢してもらおう。
「解決すべき問題から目を反らして、役に立ってるつもり前に進んでるつもり。過去の工夫も問題意識も全部引き継ぎ損ねて行き当たりばっかりに考えて。みみみ星の連中に伝えなさい、侵攻する気ならもうちょっと本気で侵攻しろって、本気で生きなさいって。何百回攻めてこようが、惰性で生きてるあんたらなんかに私たちが負けるもんか。スターウォッチ、ベルト!」
「あ、うん、どうぞ」
 スターウォッチからベルトを受け取り、腰に巻く。
「さっきから好きかって言って、貴方は一体なんなんですか!」
 みみみ星の人工知性体が不満げに叫ぶ。
(やはり、そういう感想よね。まあ、しゃーなし)
 正直、怒りのままに文句をぶつけてやっただけだ。これでなにか変わったりするようなことはまったく期待していない。
 だいたい、誰かと問われても困る。最初から当事者だった水嶋や、この事態に対処するために生まれたスターウォッチとは違い、エイプリルスノウはたまたまその場にいたから参加して、最初から最後まで流されていただけだ。とはいえ、問われたからには答えねばなるまい。
「通りすがりの無職よ。憶えておきなさい。変身!」
 ベルトのバックル部分にカードをセットして、バックルの両側についているサイドハンドルを内側に押し込む。

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■その後
「ただいま、水嶋。ところでお願いがあるんだけど――――私をあんたの物にしてくれる?」




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と、いうわけで2周目入りました。多分私に回ってくるのはこれで最後なのかな?とりあえず次はまたほしみくんです。
あと、どんなに無茶振りしても4回のハンバーガーさんには勝てないと思ったので逆転の発想で頑張って全力で回収に走りました。
もしかしたら、もう1回くらい回ってくるかも?もしも、次回ってきたら速やかに2,000字くらいでサクッと書いてちゃんとすぐ回します……。